ワシントン・ポスト(以下、WaPo)が3月に公表したデジタル・パートナー・プログラム。パートナーになった米地方紙の読者にWaPoの記事やビデオなどデジタルコンテンツへのアクセスを無料で認めるというもので、5月のスタート時は6社だとされていました。

ところが、先月末のWashPost PRブログの記事によると、このプログラムへの参加にサインした新聞は100近くになったとのことです。誇らしげにフラッグを立てた地図を載せています。(鮮明なインタラクティブ版はこちら

このプログラムを紹介した3月の当ブログ記事では「ベゾス流”全国紙”への道」と見出しをつけましたが、この地図を一見すると、なんだか一挙に実現しかかってる感じがしないでもありません。しかし、その6紙から100紙近くへと短期間に劇的に増えたのは、特殊事情があったようです。

WaPoのPRブログは「100近くもサインされたということは、このプログラムがいかに素晴らしいアイディアかということの証明だ」というWaPoの社長コメントを引用して自画自賛していますが、実は、その大部分が大手新聞グループのひとつ、デジタル・ファースト・メディア(DFM)傘下の新聞なのです。PRブログが明かしています。

そのDFM、2ヶ月前の4月2日に、業界内でも注目されていたサンダードーム(Thunderdome)というプロジェクトの中止を発表していました。

DFMは日刊紙75紙のほか、非日刊紙やサイトなどあわせて800に及ぶチャンネルを有し、18州で6700万人にリーチしているとのことです。この各媒体に対し、国際ニュース、全国ニュースはじめテクノロジー、ヘルス、トラベル、フード、ペット、スポーツなどを記事やビデオを含む特集などを配信しようという、いわば社内通信社の試みがサンダードームでした。

本拠はニューヨークにあり、スタッフは最終的に100人規模。編集主幹にWaPoのデジタル部門で編集主幹だったJim Brady氏を招いての華々しいスタートでした。しかも、それを主導したのが、紙の新聞の経営変革を唱えて、業界のエバンジュリスト的存在だったDFMのCEO、John Paton氏だったので、尚更でした。

これを機能させることで、各ローカル媒体は大手通信社からの配信を受けずに、質の高い記事を入手して評価を高め、一方でフィーチャー記事作成の手間を省いて、ローカル記事の充実に注力出来る、という狙いだったようです。それが3年ほど前のこと。

Paton CEOは、全米で新聞サイトの有料化がブームになりかかっていた2012年初めの講演で、ニューヨーク・タイムズの有料化について、「幾ばくかの収入にはなっているかもしれないが、所詮は、満潮に対抗して砂袋を積み上げている程度のことに過ぎない」と酷評、有料化に真っ向から反対していました。

質の高い記事や動画、特集を効率的に傘下の新聞に配信し、一方でローカル記事を充実させて読者を維持し、サイトの課金もしないというのがPaton氏の新聞生き残り策の一部だったのかも知れませんが、およそ3年の試みで思うような成果が上がらなかったのでしょう。6千万ドル(60億円)の年間経費削減のために、サンダードームは廃止となり、100人はレイオフという残念な結果になりました。もちろん、Brady氏も去りました。

そして、間を置かず、WaPoパートナープログラムへのグループあげての参加。ビジネスウィーク誌のプロフィール紹介によるとPaton氏は新聞社のコピーボーイから身を起こし、様々な新聞グループで最高幹部を27年に亘って経験しているとのことです。米国の新聞協会の理事長も務めました。

その経営者としての豊富な経験から、サンダードームでの失地回復の場をパートナープログラムに見出したのかも知れません。なにしろ、WaPoの紙の読者でなければ年間79ドルかかるデジタルコンテンツに、全く無料でアクセスできますよと宣伝し、読者拡大が図れるかもしれないのですから。

そして、WaPoにしてみれば、サイトへのアクセスが増えることでデジタル広告の単価が上がり、ジリ貧の紙の新聞の広告料収入をカバーしてくれるかも知れないので、相手の事情がどうであれ、歓迎なわけです。

ここに「win win」の構図が描けるわけですが、果たして、どれほどの成果があがるのかはまだ不透明です。しかし、全米1300ほどの新聞のうち、すでに8%近くの新聞が加わったことは無視できないかも知れません。アマゾンのベゾズ氏によるWaPo買収、パートナー拡大戦略は”僥倖”にも恵まれ、順調な滑り出しのようにも見えます。

以前にも引用しましたが、ハーバード大のニーマンジャーナリズムラボの記事はこう指摘していました。「うまくいけば、このモデルは、殆どゼロコストで、何ダース、数百に拡大されよう」と。しかし、その「何ダース」のレベルは特殊事情とはいえ、とっくに越えてしまいました。

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