虫たちの愛の営みを、繊細な絵とユニークな解説を交えて紹介した『昆虫交尾図鑑』(飛鳥新社)が12月7日(一部書店では6日)に発売された。作者は東京藝術大学デザイン科3年の長谷川笙子さん。それぞれの絵には、交尾を四十八手風に表した名前が添えてある。例えば『虹の架け橋』(トンボ)、『問答無用』(カマキリ)、『死にもの狂い』(ミナミアオカメムシ)等。虫たちの交尾を描こうと思ったきっかけは何だったのか?長谷川さんにお話を伺った。

――虫が交尾をしている絵は、繊細なタッチで実に綺麗に描かれていますね!
「虫の絵は2年以上前から描いていました。でも、色々と描いていくうちに、もっと完成度を高めようと思って、何回も描き直した絵もあります」
――『昆虫交尾図鑑』をつくろうと思ったきっかけは?
「授業で本をつくる課題が出ていて、テーマを何にするかを考えていた時に、目に飛び込んできたのが昆虫図鑑だったんです。図鑑って、真面目に書いてあるところが面白いし、繁殖、つまり「交尾」をテーマにした図鑑をつくったら、面白いんじゃないかと思いまして…」

虫というと、「気持ち悪い」「触りたくない」という感想を抱くかもしれない。しかし、たとえ違う種類だとしても、人類と同じ生き物には変わりないし、もっと敬意と愛情を持って接せられるのではないか。虫と人との共通点である『交尾』に、虫を理解できるカギがあるのではないか…と長谷川さんは考えたという。

――交尾の方法に『渡し込み』(オドリバエ)、『忍び寄り沿い』(カブトムシ)、『問答無用』(カマキリ)のように、四十八手風の名前がついていますね。そこもまた面白いです。
「元々、四十八手は江戸時代に作られたものですが、昆虫の交尾の方法も、種類によって多種多様です。そこで、四十八手風の名前をつけて紹介していくことにしました」

この、四十八手風の名前を付けるのに、かなり苦戦したそうだ。
「なかなか思いつかなくて、絶望しながら考えました。『天王洲アイル』みたいに、カッコいい名前を見つけてはメモしたりしながら(笑)」

では、ここで長谷川さんがとりわけユニークだと思う交尾法を、2種類だけ簡単に紹介。

●女王様のスピード婚 『乱れ牡丹』 
 ※ミツバチの交尾(関連写真参照)

――そういえば、ミツバチの交尾の方法って考えたこともなかったですね。
「ミツバチの場合、女王が飛びながら、たくさんのオスのハチと交尾します。これを『結婚飛行』といいます。女王が飛ぶと、フェロモンに誘引されたオスのハチが100頭ほど群がって、その中で、女王は10頭ぐらいのオスと次々に交尾するんです」
――ということは、1回の交尾がものすごく短いということですか?
「およそ2〜3秒です」

なんというシステムだろうか!

「しかも…オスは交尾中に腹部を破壊されるため、そのまま死んでしまうんです」

悲しすぎる!
ホント、人間に生まれてよかった!
これ以外の感想が見つかりません!

続いて…

●お外はバイ菌だらけだから…『巣篭もり』
※ミノムシの交尾(関連写真参照)

「ミノムシは別名『オオミノガ』っていうんですけど、オスは羽化しますが、メスはミノの中で成虫になるんです。オスがメスのいるミノの中に、どんなメスがいるのかわからないまま、腹部をつっこんで交尾します」

しかも、メスは産卵すると、死んでミノの中から落ちてしまうそうだ。
「オオミノガにとっては、これが普通なんです」

なんだか、しんみりする話が続いたが、もちろん明るい交尾の話もあるので(←どんな交尾だ)、詳しくは図鑑にて。

●ど緊張! 『昆虫交尾図鑑』が出版されることを、親に報告した時の反応…

ところで、この本をつくった長谷川さんはどんな人なのかというと…
福島県いわき市出身。東京藝術大学に入学する前は、油絵を中心に描いていたという。大学ではデザイン科に所属。現在は墨を使った絵も描いている。

――どうやったら、絵がうまくなりますか?
「よ〜〜く見て描いたら、描けますよ」

ひょえ〜。
女性を描いても男性に見えるような絵しか描けない私には、あまり参考にならず。
昔、長嶋茂雄さんがバッティングのアドバイスを求められて「来た球を打て!」と言ったのと、同じニオイを感じる。
長谷川さんは、それだけ天才肌なのだ。

――ちなみに、本の発売が決まったことを、ご両親には報告されました?
「それが、なかなか言い出せなくて…(苦笑)。実は、昨日になってやっと報告したんです。親には“良い子”だと思われたくて育ってきたような感じだったんです。まさか、“昆虫が交尾している絵”を描くような娘だと思われていない節がありまして、言ってしまうと娘のイメージが壊れると思って黙ってたんです」

でも、さすがに言わないとヤバイと思った長谷川さん。
覚悟を決めて、おもいきって報告することに。

「でも、反応が直に伝わってくることに抵抗があって、電話はしたくないと思ったんです。だから、メールで報告しました」
――返事のほうは?
「しばらく返事がこなかったんです。『ヤバイ!怒られるかな…』と思ってたら、ある日『了解!』っていうメールがきて(笑)」
――それって…どういう心境なんでしょうねぇ?
「『まだ状況を掴めていないのかもしれません。『この子は何を言ってるんだろう?』という感じなのかもれません。その後、しばらく連絡がきてませんから」
――絵の力が凄いので、絵を観れば『凄い』って言ってもらえそうですが…。
「いずれにせよ、喜んでもらえたら嬉しいです!」

この本は、まさに昆虫の見方が変わる1冊なのであるが、長谷川さんのご両親にとっては娘の見方が変わる1冊なのかもしれない。一家に一冊、非常に勉強になる図鑑なのでぜひ!
(取材・文/やきそばかおる)

●『昆虫交尾図鑑』(飛鳥新社) 2013年 12月7日発売
絵と文:長谷川笙子(東京藝術大学デザイン科3年)
これが究極の愛。時に美しく、時に狂気、時に滑稽で、時に哀しい。現役美大生が描く、そんな虫たちの愛の営み25態。

●長谷川笙子さんのサイト(tumblr)