■ローカルニーズに迎合せず、自社の強みを貫く

私は現在人事コンサルタントとして企業の国際展開を支援している。メーン業務はエグゼクティブコーチングである。最近は海外赴任者の任地に赴いてのコーチングの機会も増えている。そこで出てくる課題は、

・現地市場の生の声を吸い上げること、現地スタッフの主体性・やる気を心の底から引き出すことが難しい。
・本社が求めるものと、目の前の市場で勝つために必要なものとのギャップに悩む。
・日本では完成度を上げることで結果を残したが、異文化環境では負ける。やり方を変えるべきとわかってはいるが……。

など多岐にわたる。それら課題に相対するとき、北欧社会や北欧企業のあり方を参考にすることが多い。

1000年前に活躍したバイキングを祖に持つ北欧の人々は、グローバル化のプロフェッショナルではないかと私は思っている。実際イケア、H&M、エリクソン、レゴ、ボルボなど特徴あるグローバル企業を輩出しており、国家としても国際競争力調査(2013年スイス・IMD)で軒並み上位にランクされている(スウェーデン4位、ノルウェー6位、デンマーク12位。日本は24位)。どの国も日本の県レベルの人口の小国であり、それに起因する危機感がバネとなっている。本稿ではそんな北欧流のグローバル化から日本人が学べる点をいくつかピックアップしてみたい。

代表的北欧企業の1つであるイケアの店舗を私が初めて訪れたのは1996年(香港店)である。北欧デザインの斬新な家具が置かれた各コーナーを、グローバルで統一されたイケア流「一方通行の順路」に従い進んでいった。よく覚えているのは一緒に行った同僚(香港人)の一言。「香港伝統の商品は中華鍋と箸くらいしか売られていない。だけど北欧流の暮らしが体験できて歩いているだけでワクワクするし、何より値段が安いのが嬉しい」とのこと。それは、イケアという企業にはローカル適応・グローバル統合に関する独特の塩梅が強い意志とともに実行されていると感じた機会であった。

その後に帰任してから行ったイケア神戸店で「こたつが売られていない」(地域ユニーク商品を扱わない)事実に再度「なるほど」と思ったことを思い出す。ローカル密着視点からはこたつなどの各国伝統アイテムを扱いたくなるが、さりとて大量発注による納入価格ダウンのメカニズムは働かない。それは、国ごとでのローカル適応と横串で貫くグローバル統合とのさじ加減の問題であり、その塩梅は十社十色で、決められた答えがあるわけではない。

イケアの場合、グローバル大量発注ができる共通アイテムを揃えることで実現した手頃な価格をもってローカルニーズに応え、加えて「北欧の暮らし方」体験というユニークなコアコンピタンスの提供を行う考えのようである。そこにはローカルニーズに迎合せず、自社の強みを愚直に全世界で再現する巧みな経営がある。再現の仕組みは、イケアの場合、創業者カンプラード氏によって明文化された「コスト意識を強くもつこと」「(その地域の)伝統的な商品の取り扱いはスカンジナビア以外では限定的であること」(「ある家具商人の書」から)という行動規範で規定されている。創業70年を経過してもなお、現場で理念が貫徹されていることに驚く。

私の知るスウェーデン人は一見内気でシャイな人物であるが、一皮剥くと強烈な個人主義者である。一般的にも「自立した強い個人」というのは北欧の人々の本質的な特徴と言える。彼ら彼女らは、厳しい冬・自然環境でのサバイバルを想定して、子供の頃から自分のことは自分でやるように躾けられるそうである。それゆえか自己責任意識・自己管理能力は極めて高い。これは異文化の中で空気に流されず、自社の強みにこだわり、自身の感情・考え・反応をコントロールするうえで役に立つ資質である。イケアの徹底的な創業者行動規範の再現はここにつながるのであろう。

逆に、日本企業がグローバル化する際、ローカルニーズ適応・異文化適応に汲々とするあまり、また「あうんの呼吸」や会議でも空気を読みながら落としどころを狙う習慣により、自社のDNAや理念の伝承力・ローカル再現力が落ちていないだろうか。筆者の経験として、面倒がらずに自社理念・方針を説明すれば、現地法人の外国人スタッフは日本人よりも真摯な姿勢で聞き入ってくれる。「自分たちは何者か? 我々はどうやって社会に貢献するつもりか?」という根元的な問いを胸の内に持っているからだ。「伝えよう」とするこちらの意識次第で状況は一変するはずである。

■部下が上司に反論するのは当たり前

顧客とは極めてローカルな存在である。グローバル市民などはおらず、タイ国籍、オランダ国籍などを持ったリアルな目の前の顧客に価値をどう提供するかが勝負である。

コーチングをしていると、「現地スタッフが主体的に動いておらず市場変化がうまく読み取れない。ライバルの価格対応にいつも二歩三歩遅れる」といった課題を持つ方がいるが、ここでも「オープンでフラットな組織運営」を重視する北欧流が参考になる。

「スウェーデンの組織には2つのモードが走っている。ひとつはオフィシャルな指揮命令系統。もうひとつは『人間同士』の関係性です。そして、後者に大きな比重があることが特徴です」とスウェーデン大使館員は話す。

また社会学者のG・ホフステードによると「スウェーデンの人々は平等を尊び、分権化された階層の少ないフラットな組織を好む」とのこと。社長をファーストネームで呼び、カンパニーカーは社長も一般社員も同じグレード、市民が国務大臣に提案の電話をする風土。それらは階層構造による上から下への指揮命令とは異なる、フラットで柔軟な関係性をパラレルに走らせる合理的な工夫である。そうして生み出される風通しの良さは、全員参加意識につながり、本質的に重要な情報流通を活性化させる。

スウェーデンと日本の合弁会社勤務を経験した日本人は言う。「ミーティングで若い人が上司に堂々と反論をする様には最初驚きました。そして上司も普通に反論に対応しているのです」。フラットでオープンな社会・組織風土は、スタッフ1人ひとりが組織の一員と自らを認め主体的に発言し行動する土台であり、激しさを増す環境変化を俊敏に組織内部に取り込む有効な手法となりうる。

また北欧では情報の透明性・公開性が徹底されている。スウェーデンでは、1776年に出版自由法が制定され出版物の検閲が禁止されている。透明性の徹底が先にあって、民主主義成立につながっていく順番が興味深い。ビジネスにおいても、情報・意見の抱え込みをなくすために透明性は必要であり、それによって組織への信頼感と自己開示への安心感が醸成されていく。

では日本の組織運営はどうだろう。気になるデータとしてパワハラがこの10年で8倍に激増している(厚労省調べ)。その背景には、ポジションパワーに過度に依存した風通しが悪い組織風土が存在すると思われる。そういう職場環境ではタイムリーな情報共有、創造的な発言意欲が萎縮してしまう。

ここで気になるのは、日本でならまだしも、それを海外の異文化環境でも行っていないか、ということである。パワハラの輸出である。「まさに今共有されるべき情報」を現地スタッフや若手がグッと飲み込んでいることはないだろうか? ただでさえも、本社−現地法人といった階層構造がある中、現地法人の一人ひとりが自分も組織の一員だという“誇り”を持ちうるようしつらえることが重要である。飲み会なども大切だが、音頭を取っている駐在員が帰任したら終わってしまうような一過性では駄目で、重要情報も皆と共有しあえるオープンでフラットな組織風土を定着させることが大切である。

■スピードが求められる時代の「レゴ型」仕事術

北欧の企業・社会から学ぶに値する最大の特徴は、合理的な試行錯誤をねばり強くやり通す点であろう。例えば、イケア創業者であるカンプラード氏語録に次のような一節がある。「寝ている人は決して間違いをしない。何か間違いをするというのは行動力ある人の特権であり、間違いは後から修正し改善できるものだ」と。世界企業イケアの経営理念であり、官僚化を廃する強い意志がそこにある。また、あるスウェーデン企業勤務者も「日本企業より、明らかに『挑戦』が重要視されていると感じる」とコメントしている。商品品質基準に対する考え方は、日本のように初期から完璧を求めるのでなく、80〜90%くらいからスタートして迅速な修正に力を注いでいる。

政策分野でも、地球環境のために北欧諸国が炭素税導入にチャレンジしたのが20年前であり、日本が現在議論している雇用の流動化、企業の新陳代謝を進める施策の法制化などは60年前の1951年(スウェーデン)がスタートである。そして、「あれ、上手くいかないかな?」と不具合が見つかればどんどん合理的な修正を加えている。北欧における試行錯誤の習慣は社会風土になっているように映る。

ビジネスの現場(特に社会構造が安定していない新興国)において、トラブル発生や外部環境激変への感度・対応スピードが企業の生死を決するわけで、「まずやる」「どんどん修正する」ことが重要なのは言うまでもない。イメージするなら、北欧(デンマーク)生まれのレゴのようなものである。一旦完成させた後もレゴブロックを組み替えることで、違った造形にどんどん変化させていける。インターフェースが共通化されたブロック構造であることがそれを可能にする。

一方日本においては、学校教育が「正解主義」「詰め込み主義」に偏りすぎているためか、カッチリした正解を求める傾向が強い。結果として、行動を正当化する事前の理屈づけに力を掛けすぎて意思決定のタイミングを逸しがちである。正解幻想という点では本社のほうが強く、海外の現場が機敏に動こうとしても本社サイドとのやりとりにスピード感を奪い取られている事例も多く見られる。

しかしアウェーな環境で、異文化・異言語の人たちと対話を繰り返しながら納得解を見つけていくのだから、失敗するのは自然なことである。ここは、北欧の人たちに見られる「常に次のステージへの変化過程にいる」というメンタリティーを大胆に取り入れてみてはどうだろうか?

■目標設定のために上司は部下と数時間対話する

北欧の人々はプロセスを合理的・実利的に組み上げることを大切にする。

「火事が発生したら、日本人はどうやって消火するかに意識が向き、北欧の人々は将来発生しないためのプロセスづくりを考え始める」とも言われている。視点が、 “現在の延長上(フォーキャスト)”ではなく“描く未来像からの逆算(バックキャスト)”に立脚している点が特徴である。

北欧は実験国家とも呼ばれるが日本のような「せっかち」の趣はない。「急がば回れ」の時間感覚を有し、「対話−納得−合意」のプロセスを回していく。それが結果的にいい成果につながるのである。企業における個人業績目標設定においても、上司と部下は数時間の対話時間を持つ企業が多いようである。十分な対話を行うことで「相互理解」「目標共有」「アクションと結果へのコミットメント」が深まる。こういう合意形成プロセスを北欧企業は各国でキッチリ実行している。異文化・多国籍環境でビジネスを回している人にほど勧めたいお作法である。

今回のインタビューを通じて「北欧の人は日本が好きだしリスペクトしている」と多く耳にした。「対立の多いアメリカスタイルはストレスだ」というスウェーデン人の社長もいた。北欧はとても親日度の高い地域なのである。

折しも7年後の東京オリンピックが決定した。国内においても異文化コミュニケーションの必要度は高まる一方であろう。これまでアメリカの影響を強く受けてきた我々にとって、グローバル化の参考事例をより多く持つこと自体に意味がある。北欧は十分にその任を果たすだろう。

(ポラリス&パートナーズ代表 留岡一美=文)