■限られた人にしかできないのか

速読ができたらどんなにいいことか」――そう思った経験のある人は少なくないだろう。教科書や参考書を読むとき、3倍速くインプットできれば、これまでなら最初から最後まで1回読むのがせいぜいの時間でも、3回読むことで、より学習の定着を図れる。あるいは、余った時間を他の教科の勉強や習い事、遊びに充てることだって可能だ。試験でも、問題文の読み取り時間が速くなれば、その分考える時間を得られ、解答の精度が上がる。

一方、速読に対しては「本当にそんなうまい話があるの?」「ただ単に速くページをめくっているだけで、頭に何も残らないんじゃないの?」といぶかる向きもあるだろう。

「方法論を知って、それを実践し、『速く読めるようになった』と実感できるかどうかが、速読が身につくか否かの分かれ目。せっかく挑戦したいと思ったのなら、まずは信じてやってみてください」――そう語るのは、速読やマインドマップを取り入れた学習塾を運営している照井留美子さんだ。照井さんは「速読法に挑戦するなら、親子で一緒がいい」という。「子供に身につけさせたいと考えるなら、まず、親が実践してみること。親が半信半疑だと、子供にもそのことが伝わってしまい、身につきにくくなってしまいます」

安彦美穂さん・こゆきちゃん(小6)も、親子で一緒に照井さんの速読講座に参加した。

「わたし自身が家事などに追われ、読書の時間がとれなかったことから、速読には以前から興味があったのですが、受講の決め手になったのは、中学受験を控えた娘の、国語の成績が伸び悩んでいたこと。解答時間が足りなくなるらしく、解答用紙の後半部分は白紙も同然だったんです」(美穂さん)

そうした状況に対し美穂さんは、ただ単に「速く読めばいいのよ」と諭すくらいしか対応が思いつかなかったという。ところが美穂さんが実際に中学「速読ができたらどんなにいいことか」受験の入試問題を解いてみると、普通に努力するだけでは立ちゆかないことが身をもってわかったのだ。「最近の問題は想像以上に分量が多くて。50分で解くなんて絶対に無理でした」という。

照井さんの講座で速読の手法を学び始めてから1カ月ほどで効果が表れた。

「以前は模擬試験で時間が足りず、解答用紙も空欄が目立ったのですが、最後の設問まですべての答案を書けるようになったのが大きな進歩。最後まで解答欄が埋まることで、たとえ間違えても、何を克服すればいいかが明確になったんです。また、親子で一緒に始めましたが、娘はわたしに比べ文字に接する機会が多いせいか、ずいぶん速読になじんできていると実感しています。学年がかわって新しい教科書が配られたときも、一通り全ページを速読することで、“クラスの子に差をつけている”という自信が生まれているようです」と説明する。

では、照井さんに速読法のポイントを教えてもらおう。ここで紹介する速読法を意識するだけでも「1.5〜2倍は速くなる」そうだ。

速読の効果を知るために、まずは今の読書スピードを把握しておいてほしい。計測方法は、読みたい本を用意し、制限時間は5分でどれくらいの文章量が読めたか、読んだ文字数なり、ページ数なりをメモしておく。そして、この記事を読み終えた後に、同様の計測を行い、その結果を比べてみてほしい。

■「速読≠目を速く動かす」

さて、照井さんが挙げる速読を身につけるためのポイントは3つ。(1)本の種類別の読み方を知っているか、(2)速く見ることができるか、(3)見るべきポイントがわかっているか。「これが速読の3大スキルです」(照井さん)

1つめの本の種類は、大きく2つに分かれる。1つは、子供向けの参考書や学習ハウツー本(「作文の書き方」「読解力を上げる本」など)や、大人向けのビジネス書などの実用系の本である。もう1つは、小説だ。「まず、本によって読み方が違います。実用系の本であれば、何か目的があって読むわけですから、そこを明確にすること。これだけでも読むモチベーションが向上しますし、見るべきポイントも明確になり、読書スピードも向上します。読む前に、“なぜ、この本を読むのか”をノートなどに書きだすのもおススメ。小説の場合は登場人物を好きになることで、その人物の言動を追いやすくなります」

2つめの「速く見る」とはどういうことだろうか。これには「視野」が関わってくる。「文字を1文字ずつ、上から追っていく習慣がついてしまっている人が多いのですが、実は、視覚はもっと広い範囲の情報をとらえることができます」(照井さん)

ためしに、自分の視野を確認してみよう。両腕を前に伸ばし、指を立て、動かしながら広げていく。左右両方の指の動きが確認できる限界の位置はどうだろうか。「ご自身が思っているより、広く見えると実感できるでしょう。この広い視野を、うまく活用していただきたいのです」(照井さん)

視野を広げるとともに、文字は「読むもの」ではなく「見るもの」との意識付けが欠かせない。これには「盲視」なるキーワードが深く関わってくるという。

「『見ていると意識していなくても、脳に記憶されている』といった状態にすることを盲視と言います。速読に応用するには、文字を『視野に入れる』ことによって『頭に入れる』につなげるわけです。この盲視が速読の中でも非常に大事なプロセスになります。一度頭に入れてしまえば、読む際に定着の仕方や読むスピードが変わってきます。盲視をする際には、一文字一文字を追いかけるのではなく、段落やブロックごとのかたまりで“見る”ことにより、テンポよく素早くページをめくっていきます。最初から大きなブロックでとらえるのは難しいので、徐々に文字数を増やしていくのがいいでしょう」(照井さん)

盲視が終わったら、次は本の真ん中あたりの位置で指を走らせ、それを目線で追いかけるようにして読んでいく。「目線が自然と上から下に文字を追っていく癖を直すことができます」(照井さん)。目線が指先に固定されるから安定して“見る”ことができるようになり、ついつい前に戻ってしまう2度読みを防ぐことにもつながる。「読んでいてわからない部分があっても、それが重要なことであれば、後ろに出てくる話によって理解できることが多いものです。速読を身につけたければ、どんどん前に読み進めていくことを心がけてください」(照井さん)

3つめの「見るべきポイント」とは、「見出し」「最初と最後の段落」「接続語」「文末」である。重要度の優先順位をつけることにもなるので、重要ポイントをすぐに読み取れる力がつく。入試などの読解問題に対処する能力にも直結する。

「見出し」は、後に続く文章を端的に表したものだ。そして、その見出しについて筆者が最も言いたいことは「最初の段落」か「最後の段落」に書かれていることが多い。

「接続語」には、5つのパターンがあると知っておくことが重要だ。

(A)「だから」「したがって」など……前の内容が原因・理由となり、その結果が次にくる。
(B)「しかし」「けれども」など……前の内容とは逆の結果が次にくる。
(C)「一方」など……前の内容について後の内容が対比・比較をする。
(D)「すなわち」「つまり」など……前の内容についての要約が次にくる。
(E)「たとえば」など……前の内容についての例示・説明が次にくる。

「重要な接続語は段落の最初にある点にも着目しましょう」(照井さん)

「文末」が重要であることは、日本語の特性上当然だ。ここを見なければ、イエスに転ぶのか、ノーに展開するのかなど、結論がわからないのだから。

■情報は本文以外からも拾う

速読の3大スキルを踏まえたら、5つのステップを実践していくこととなる。ここでは、本の種類としてビジネス本や子供向けの学習ハウツー本などのケースを主に説明していこう。

ステップ1は、「なぜ、読もうと思ったのかを考える」。読もうと思った動機や、その本から得たい知識などを明確にすること。試験問題なら設問文を先に読むことで、“この情報が必要だ”と意識して読むことにつながる。

ステップ2は、「概要を押さえる」。書籍であれば、目次、帯、裏表紙(カバー)に注目する。これらの部分には、本の内容のまとめが書かれていることが多い。

「事前に全体像を把握しておくと、重要な箇所が明確になるので、読むスピードを上げることができます。試験問題の場合は盲視を利用して、とにかく最後のページまですべてに一度目を通すようにします。試験の全体像を把握しておけば、『時間が足りず解ききれなかった』というようなミスも防げますし、じっくり考えることに時間を割く問題なのか、素早くテキパキこなしていく問題なのか、などの作戦も立てやすくなります」(照井さん)

ステップ3は、「読む期間を決める」。いつまでに読み終えるか、1日どれくらいのペースで読むかを設定する。試験問題の場合は、問題ごとの時間配分を設定する。

ステップ4は、「実際に見る(読む)」。これは、盲視のスキルをフルに駆使することとなる。最初は、1つの見開きを見るのに「1、2、3、4」というくらいのスピードでページをめくるようにするが、慣れてきたら見開きを「1、2」のスピードで見てページをめくるようにする。そして全ページに目を通すのだ。

照井さんの教科学習では、たとえば分厚い社会科のテキストを1ページにつき0.5秒のペースで最後までめくるのを2回繰り返し、次に、それよりは遅いものの、通常よりはるかに速いペースで最初から見て(読んで)いくという方法をとることもある。

「パラパラッと、本の最初から最後まで、2往復するだけでもかなりの情報が得られます。その情報をベースに速読すれば、かなり速く読めます」(照井さん)

■難解な本をも速読するには

読み飛ばしてしまったのか、ちゃんと速読できているのかを確認するには、親子で「○○はどこで出てきましたか?」など、あるページにしか出てこないような人物名や言葉などを探す問題を出し合うといい。速く探せれば探せるほど、しっかり「読めている」というわけだ。

ステップ5は、「メモをとりながら読む」。つまり、何か知識を得ようという目的があって、その本を読んだのだから、そこから得られた知識をアウトプットするということだ。重要と思った部分に線を引くだけでもいい。試験問題の場合は、これによってすぐに要点に戻ることができ、2回目を読む際に無駄が少ない。

当然のことながら、速読だけで試験問題が乗り越えられるわけではない。

「普通の速度で読んで理解できないものを速読することはできません。並行して専門用語や語彙(ごい)を補充することも必要になってきます」

速読をするには、集中力も欠かせない。ただし、集中しすぎるとかえって肩に力が入ってしまうそうだ。

「リラックスすることが重要です。水を軽く口に含んで飲んだり、数回の深呼吸をするのも効果があります。疲れがたまってきたなと感じたら、軽い体操をしましょう。集中力の妨げになるので、読む際には本のカバーと帯は外したほうがはかどります」(照井さん)

美穂さん・こゆきちゃん親子は、「速読を通して集中する力がつき、勉強のオン・オフの切り替えが上手にできるようになった」と実感している。

いまでは速読を教える側の照井さんだが、最初はなかなか速読が身につかなかったという。「毎日実践したからこそ、できるようになったのです。みなさんもぜひ、継続してください」(照井さん)

(小澤啓司=文 遠藤素子=撮影)