日本の農業の先行きが懸念されるなか、食用農水産物が最終市場に至るまでに製造、流通の各部門にどれだけの取り分を生み出し、それが意味することは何か――。統計資料から筆者が解き明かす。

わが国農業の先行きが危ぶまれている今日、わが国の農業と農政がどのような課題を抱えているのか。それについて専門家の意見を聞く機会があった。私は、農業・農政に関してはまるで素人だが、それに関係して専門の流通業に関わる興味深い資料があった。それは、わが国で生産されたあるいは外国から輸入された食用農水産物(ないしは加工品)が、最終市場に至るまでに、各部門にどれだけの取り分を生み出しているかを算定した資料である。今回は、この資料を紹介し、その意味するところを少し考えてみたい。

わが国で消費される飲食料は、「生鮮品」「加工品」、そして「外食」の形で消費される。資料は、2005年と少し古いが、今のところその資料しか手に入らないので、それを使おう。

ざっと大枠の数字を示しておこう。05年において、私たちが消費する最終飲食料消費総額は約73兆円。国民1人当たりにすると56万円。その消費形態の内訳は、生鮮品で13兆円、加工品で39兆円、そして外食で20兆円。割合で言うと、最終食品消費のうち、生鮮品が18%、加工品で53%、そして外食で28%になる。ただ、旅館、ホテル、病院等での食事は、「外食」ではなく、使用された食材費を最終消費額として、それぞれ「生鮮品」と「加工品」に分類されているので、実際の外食費割合の数字はもう少し大きい。

こうした最終消費に至るまでに、製造と流通の過程がある。興味深い資料というのは、最終消費に至る製造部門と流通部門それぞれの帰属割合が経年にわたって計算されていることである。その表から、各部門の帰属割合を取り出してみよう(資料:『食料・農業・農村白書参考統計表(平成22年版)』による。原データは総務省ほか「産業連関表」から農林水産省試算による)。

図1のベースとなるデータを簡単に紹介しておこう。まず、食用農水産物の生産段階において、(1)国内での農林水産業が供給する食用農水産物は約9兆4000億円。(2)輸入食用農水産物が1兆2000億円。合わせて10兆6000億円が05年時点のわが国民の食の原材料分(輸入分が意外と少ない印象だが、ここでは食用のみで畜産用飼料は含まれていないせいだ)。この農水産物が、加工・流通されて、先ほどの最終飲食料消費額73兆円に膨れ上がる。その最終消費額から割り返すと、最終消費総額に占める原材料分の割合は、図に示すように15%ということになる。

続いて、食品加工製造業帰属額は19兆2000億円。消費総額に占める割合は、図に示されるが26%。同じく、輸入加工品は5兆2000億円で7%。外食産業は13兆2000億円で18%。各部門の中で意外に大きいのは、食品流通業帰属分。合計で、25兆3000億円、消費総額に占める割合は34%にもなる。

なお、図にないが、この流通部門は、いわば最終消費者に向かう小売り部門と、その間で迂回する卸部門とに分かれる。小売り部門とは、(1)第一次産業の農水産部門から生鮮物の形で直接、消費者に届く流通と、(2)製造部門から消費者に届く流通とがある。(1)の流通において、2兆6000億円の流通業の取り分が発生する。(2)の流通において、17兆3000億円の流通業取り分が発生する。計19兆9000億円が、小売り流通部門に帰属する。流通部門帰属額のそれ以外が、いわば卸売り流通部門になる。細かく言うと、(1)農水産物原材料から製造部門への流通で1兆4000億円、そして(2)製造部門内流通で1兆5000億円、(3)外食部門に向かう分2兆5000億円の、計5兆4000億円。

結局、小売り流通分は、流通帰属分総額の79%、消費全体では27%を占める。流通業ないし小売り流通業の取り分は大きい。しかも、その数字は25年前に比べて大きく伸びている。その資料は図2に示される。

この図を見ると、1980年代に、農水産物業と流通業の立場が入れ替わり、年ごとにその差が広がっていることがわかる。80年には、最終消費の総額は47兆9000億円。そのうち流通業への帰属額は13兆円。割合にして27.2%であった。その割合は、85年、90年、95年と伸び、それ以降34%前後の値をとっている。他方、農水産業の取り分は低下傾向にある。80年には29%だったが、年ごとに落ち、05年では15%でしかない。この25年のあいだに、帰属割合はほぼ半分に下がる。加工製造業や外食業の活動は一見華やかだが、全体の割合としては増えていない。

■「費用」と見るか「価値」と見るか

農水産省の計算にしたがえば、流通部門の帰属額および帰属割合は、農水産物原材料部門を大きく上回る。そして、その差はここ25年間、着実に拡大する。モノづくり志向の人には、この数字は不本意な数字に見えるかもしれない。そもそも食品の価値をつくるうえで一番大事な農水産物一次産業の取り分が少ないうえに、その比重も減っているからだ。加えて、製造・二次産業部門の割合も伸びていない。原材料生産も加工品製造もせず、商品を流通させるだけ(と思われている)流通業に大きい取り分がまわっている。強力な小売り業者が出てきて取り分を増やしているとか、流通が複雑になって介在する業者が少なくないとか、何か合理的でないやり方で取り分を増やしているという解釈もありうる。取り分を「費用」と見ると、そう見えるかもしれない。

だが、物流を含めた流通業において、価値は拡大していると見ることもできる。生産・採取された原材料・産品を余すところなく消費として価値実現する流通業、その努力の表れと見ることもできる。実際、そうしたサービスが、小売業においても生まれている。たとえば……。

大根1本、サンマ1匹をそのまま店頭に並べて終わりという小売り店は少ない。店舗内バックヤードあるいは加工センターで、小家族用に細かく小分けしパック化する。生鮮品を刺し身や切り身に加工する。1匹のサンマから30種類のメニューを提案販売する小売り業がある。大根も、さまざまに味付けされて各種惣菜になる。寿司やサンドイッチなど、すぐに食べることができる食品づくりも盛んだ。しかも、店頭で売れた分だけバックヤードで加工する、いわば在庫レスの体制も広がっている。お客さんに、作り立ての食品を持って帰ってもらおうというわけだ。店頭陳列物の機動的な出し入れに加え、朝昼夕夜と4回、店に商品を配送する体制を整えた小売り店もある。いずれも、私たちの、1日十数時間の生活時間の中で異なる食事に対する要望に応えるものだ。

こうした流通小売り業の努力は、目に見えない。だが、それらサービス面でのイノベーションは、生活者の期待に応えるものであると同時に、食品消費の効率性も高めている。いわば、無駄なく、余すところなく、原材料・産品を生活者の食卓に届ける工夫でもある。流通業は、その取り分に見合った付加価値を供給している。これは、費用とは別の視点だ。

各部門の取り分を費用と見るか価値と見るかで、現実への処方箋はまったく違ったものとなる。それだけに、無理に割り切って理解を急ぐことはない。慎重な検討が必要だ。

(流通科学大学学長 石井淳蔵=文)