優秀であろうとしない、仕事はどんどん部下に任せる、いつも機嫌よくする……。100人以上のチームを動かすためのコツをIBMの元女性役員に聞く。

■30歳のときは出世願望がなかった

NPO法人J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)の副理事長として企業のダイバーシティ・マネジメント推進を支援する立場にいると、若い女性から「今後のキャリアについて、管理職を目指すべきか、スペシャリストを目指すべきか」という相談を受けることがよくあります。

一般的に女性は、出世欲がない人が多いように言われますが、管理職のおもしろさを知らないだけなのではないでしょうか。残念ながら、まわりに楽しそうに管理職をしている女性が少なく「優秀だけど、ああはなりたくない」「大変なことばかりで、いいことがなさそう」というイメージを抱いているようです。

実は私自身もそう考えていました。それにシステム・エンジニアとしては、管理職になるよりも現場で専門家として働くほうがお客様のためになる仕事ができると思っていたのです。30歳くらいのとき、女性管理職の方から「上にいけばいくほど楽になるし、仕事がおもしろくなるわよ」と言われましたが、そのときはまったく理解できませんでした。

ところが10年後、実際に管理職になってそれを実感しました。裁量の余地が増え、権限がありますから、お客様のビジネスに直接インパクトを与えられる仕事ができるようになります。課長クラスまでは権限がそれほどないわりに実務も多いのですが、それ以上のポジションになるとガラッと変わります。大変なこともありますが、楽しいこともたくさんあるということを、もっと多くの女性に知ってほしいと思っています。

■上がっていく人はどこが違うか

ここ数年で急激に企業のダイバーシティ・マネジメントへの取り組みが進み、管理職の女性も増えました。ところが、課長クラスに女性はたくさんいても、役員にはまだまだ女性が少ないのが現状です。その理由を私は、20人くらいまでのチームを動かす能力と、100人以上のチームを動かす能力はまったく別ものだからだと思っています。

10〜20人くらいのチームなら、リーダーが優秀であれば何とか動かせます。しかし、それ以上の規模、特に数百人レベルになると、個人の優秀さでカバーするのは限界があります。むしろ、能力の高い人は完璧主義で人に任せることが下手な人が多いので、マイナスになるかもしれません。

このことを、私は初めて管理職になった35歳のときに学びました。当時初めて20人の部下を持ち、「ボスは部下より優秀であるべき」と思い込んで、すべて自分でやらなくてはと仕事を抱え込んでしまったのです。結果、部下の信頼を得られず、チームには問題が続出し、1年も経たないうちに管理職を降りてスタッフに戻ることになりました。その後5年くらいは「私は管理職には向いていないのだ」と思い込んで落ち込みました。

課長クラス止まりの人と、組織の中でポジションがどんどん上がっていく人とはどこが違うかといえば、前者は「本人の努力や優秀さ」だけでもやっていけるのに対し、後者は「組織をつくって動かす力」が求められます。

課長クラスであれば、部下が多少動いてくれなくても、本人が優秀なら仕事は回っていきます。ところが、部下が100人を超えると本人の優秀さではカバーできなくなる。

自分ひとりが頑張るだけではいけない、本当に必要なのは人を動かす力だということを失敗から身をもって学びました。人を動かす力は、机上で学ぶことはできません。戦略を練って長期目標を示し、人事配置を考えてチームをつくり、予算取りをし、想定外のことに対応する。こういったことは実践しないと身につかないものです。

管理職に求められる資質に、男女差はまったくありません。女性は男性に比べて、こうしたトレーニングが足りないだけです。会社では、女性は大事にされがちで、プロジェクトなどを任されることが少ないのではないでしょうか。また、女性の側も遠慮して、自分から手を挙げて「やります」と言う人が少ない。

リーダーの補佐役は心地がよいかもしれませんが、甘んじていてはダメです。とにかく手を挙げ、責任者になりましょう。最初から思ったようにいかなくても、経験を重ねることで人を動かす力はつくものです。

女性は勉強ができて優秀な人が多く、失敗を怖がり、失敗しそうなことを回避する傾向があるように思います。しかし、積極的にプロジェクトやチームを動かす経験を積み、手ひどい失敗もどんどんすべきです。自分自身が優秀であろうとすることを早く捨てましょう。

課長レベルまでの失敗なら、会社が潰れるほどのことは起こりえません。失敗を重ねて自分の強みと弱みをよく学んでください。

■出世するのは「お父さん」タイプ

管理職には、お母さんタイプとお父さんタイプの2通りの人がいます。お母さんタイプは、いつも部下の様子を観察し、うまくいっていない様子だと「大丈夫?一緒にやりましょう」と手助けします。初めて管理職になったとき、私が思い描いていたリーダー像がまさにこのタイプでした。

一方お父さんタイプは、大きな方向性を示すだけで普段は放任し、「何か困ったことがあったら言ってこい」と、どっしり構えています。これは性差ではなく、リーダーシップのタイプです。男性でもお母さんタイプの人は多くいます。課長としては頼られるかもしれませんが、課長止まり。役員にはなれません。大きなチームを動かすことができるのはお父さんタイプのほうです。

私は新しいチームに管理職として配属されると、前任者からの引き継ぎはほとんど受けません。仕事は、現場の部下のほうがよく知っているからです。2週間から1カ月くらいかけて、チームの一人ひとりからじっくり話を聞きます。すると、チームの強みや弱み、抱える課題などが見えてきます。そして、チームが持っている潜在的な力を引き出して、弱いところを埋める方法を考えます。

考えた結果をもとにミッションや課題、今後の戦略などを取りまとめて発表すると、あとはチームのキーパーソン2、3人に任せてしまい、私はひたすらお客様訪問をします。

部下の仕事がうまくいっているときは、リーダーの出番はありません。リーダーの仕事は、チームの力を最大化することであり、自分が仕事をすることではないのです。

何か起こったときにこそ対応する、お父さんタイプのリーダーであるには、トラブルなどを報告しやすい雰囲気を持っておくことが重要です。それにはとにかく、いつも機嫌よくしていなくてはいけません。余裕がない雰囲気をつくっていると、部下は問題が起きたときに相談できず、抱え込んでしまいます。

これから管理職を目指す女性に、将来のためにやっておいてほしいことは3つあります。

まずは積極的に手を挙げて、チームを動かす経験をすること。

2点目は、ダメな上司から学ぶことです。いい上司の下にいると仕事はうまくいきますが、なぜうまくいっているのかがわかりにくいものです。それが上司の手腕なのか、あなたの力かもはっきりしません。

ダメな上司の下にいると、なぜうまくいかないか、自分だったらどうするかを考えて分析できます。ダメな上司のほうが学びは大きいのです。精神的にはきついかもしれませんが、おつき合いをしているわけではありませんし、適度な距離を保ち、学びのステップにしましょう。

3点目は、叱ってくれる人を持つことです。女性をストレートに叱りにくいと感じている男性は多く、女性の側も、職場で叱られ慣れている人は少ないものです。男性の場合は若いときから、お酒の場などで、職場やお客様先でのマナー、服装や身だしなみについてストレートに指摘されますが、女性の場合はそういった機会が少ないのです。

仕事ができても、声や話し方、服装や化粧などがプロフェッショナルらしくなかったり、仕事ができなそうに見えて損をしている人をよく見かけます。女性の場合は特に、言いにくいことも指摘してくれる存在を持っておくことが大切でしょう。

せっかく会社という組織に入ったのですから、自分ひとりではできない、数百人、数千人規模でこそできることをやってみないのはもったいない。ぜひ、女性にもどんどん管理職にチャレンジしていただきたいと思っています。

(大井明子=構成 尾関裕士=撮影 Getty Images=写真)