■トライアウトに参加したMLSのスカウト

きっかけは、昨年12月13日にフクダ電子アリーナで行われたJPFAトライアウト(戦力外通告を受けた選手の移籍機会を創出するため、日本プロサッカー選手会が主催)だった。

トライアウトの2試合目、左サイドハーフで出場した山田晃平(ザスパ草津)のプレーに、アメリカ・MLSのスカウトとして訪れた中村武彦が目を留める。中村は日本を中心にアジア地域を担当し、このときはMLSの選手契約部門責任者、D.C.ユナイテッドのオーナーと強化担当者、レアル・ソルトレイクのゼネラルマネージャーを引き連れていた。

トライアウト終了後、中村はすぐさま山田と接触し、1月に行われるMLSコンバインへの参加をオファーする。コンバインとは、ドラフト対象選手を集めた見本市のような場だ。なお、アメリカへの渡航・滞在費はすべてMLSが負担する。

■山田にターゲットを絞った理由

「トライアウトに参加したときは、J2のクラブからオファーがあればと考えていました。MLSの関係者が来場しているのは聞いていたけれど、まさか自分に声がかかるとは。迷いはなかったですね。中村さんから話を聞き、チャレンジしたいと思った」
と語る山田は滋賀県の野洲高校出身で、06年の全国高校サッカー選手権の優勝メンバーだ。当時、1学年上に楠神順平(川崎フロンターレ)、青木孝太(ヴァンフォーレ甲府)が、同期に乾貴士(ドイツ・ボーフム)、田中雄大(川崎F)らがいる。野洲高から大阪経済大学を経て草津に加入し、2シーズンで34試合に出場した。

トライアウトに集った77名のうち、なぜ中村は山田にターゲットを絞ったのだろうか。
「条件は将来性が高く、報酬が高額ではない選手。MLSのドラフトは23歳以下であれば、プロ経験があっても新人扱いです。なおかつフィジカルの強さが求められるMLSにおいて、アメリカ人にはない特長を持つ選手であること。Jリーグでの評価は重要ではありません。アメリカではまた違った評価基準がありますから。山田選手のプレーを見た瞬間、『あっ、いた!』と思いましたね」

目を引いたのは、間隙を突いてスルスル抜いていくドリブル突破だった。171センチと小柄だが、相手の逆を取る巧さがあり、狭い局面を打開できるのは確かな技術の証明だった。トライアウトという限られた時間で自分の特長を発揮するのは簡単ではない。そこに山田の勝負強さも見た気がした。

■MLSコンバインで実力を評価される

MLSコンバインは1週間に渡り、その間に3試合をこなすハードな日程だった。
「基本的にMLSでは選手の個人技が戦術のベースになっており、分かり易い一発芸が必要なんです。山田選手の場合は緩急をつけたドリブルがそれ。特に2日目の出来がよく、これならドラフトで指名されるだろうという手応えを得ました」(中村)
「アメリカ人の身体の強さ、スピードは予想以上でしたが、ファーストタッチに注意を払い、ボールを受ける前に周りを見ておくといったことに気を付ければ、その差は埋められた。次第に慣れ、自分のプレーを出せるようになっていきました」(山田)

そうして実力が評価され、1月17日、コロラド・ラビッツのドラフト3巡目指名を受ける。MLSの日本人プレーヤーではC・ラビッツに所属する木村光佑という先駆者がいるが、彼はアメリカの大学を経てドラフト指名に至った選手。Jリーグを経験した選手がドラフトにかかるのは初の例である。

■新たな活躍の場所、アメリカ

MLSがリーグ主導のスカウト網を世界に張り出したのは2年前のこと。それ以前から中村は日本人選手とMLSをつなぐルートを作ろうと関係各所に働きかけ、今回の結果を出すまでおよそ7年の歳月を要したという。