[画像] テレビ局特派員は「トランプ圧勝」をなぜ予測できなかったのか 「高級レストランで取材」「家も車も会社持ち」では“リアルなアメリカ”はわからない

 アメリカ大統領選挙を前に、各テレビ局では外信畑の解説委員たちが張り切っていた。「今回は大接戦です」「僅差の場合どちらが負けても法廷闘争に持ち込み、アリゾナ州では再集計を行うことになります。その場合には決着に1週間はかかるでしょう」「郵便投票という仕組みがあり、大接戦なのですべて開票されるまで今回は当確を打てないでしょう」と様々なシミュレーションを解説していた。

 トランプ初当選の際に「トランプだけは無い」と言い続け失敗した反省から、今回は「ハリスが全米では得票数が高いが、激戦州がカギを握り選挙人の数としては大混戦」「世論調査はトランプに弱く出るから今回はもつれ込む」というのが大方の予測だった。しかし蓋を開ければ開票当日のうちに激戦州でも次々とトランプ勝利の結果が打たれた。最激戦で数百票の差もありえると盛り上がっていたペンシルベニア州でも当確が早々に打たれる結果だった。さらに全米でみてもトランプの得票数の方が多いと見られる。なぜかくも外すのか。これは特権的な立場にいる「特派員」の実態を見ると読み解ける。

4年越しの復権

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特派員の優雅な取材

 大統領選挙で解説中継をしている特派員たちはその局精鋭のエリートたちだ。刻々と変わる大統領選挙の状況を伝え、さぞや大変な取材をしているのだろうと読者諸氏は思うことだろう。しかし現実にはわずかな人数で政治のキーマンたちを日本国内同様にくまなく取材することは難しい。そのため特派員たちは現地メディアの情報を引用して伝えていることが大半だ。提携する放送局や通信社がある局はその情報はさらに簡便に使える仕組みになっている。つまり取材をしなくても事実関係や映像が入ってくる仕組みになっている。大統領選挙の州ごとの「当確」も現地メディア情報の引用である。

 それでは特派員は何をするのかといえば、解説中継と番組企画に重点を置いた取材活動を行う。いわばテレビ番組として「見せる」ことに注力をするのだ。解説のための取材源も日本に関係のある組織や人が多いのが実情だ。日本大使館関係者にはエリート官僚が多く、帰国してからの取材源にもなるため熱心に関係を築く。さらに日系商社や金融機関も情報を多く持つ。

 アメリカ人の取材先ではシンクタンクや大学の研究者、外務省にあたる国務省の関係者が多い。国務省や研究者は日本と向き合う部門も多く、特派員にとっては関係を築きやすい。このように知識水準が高く、日本のことをよく理解しているエリートを取材しているのが大半だ。さらに国務省は民主党に立場が近いとされ、大学も同様に民主党に近いリベラルな考えの立場や研究者が多い。東海岸か西海岸に特派員は住み、知的水準の高い民主党支持層のエリートを、高級なレストランやオフィスで取材している。こうしたフィルターを通してアメリカを解説している。トランプを熱烈に支持する人の真逆の取材源である。

日本人が知らないアメリカをどう取材しているのか

 筆者はかつてアメリカで生活をした経験がある。アメリカ郊外を車で走るとスペイン語、
アラビア語、中国語など英語ではない看板が目立ち、古びた住宅が並ぶ地区を通ることがある。鉄格子が設置された質屋や雑貨屋も多く、車はヒョンデ(韓国・現代自動車)の比率が高くなる印象を受けた。

 このような「治安が悪い」とされる地区には特派員はなかなか足を運ばない。今回の大統領選取材でも、前回トランプが当選した際の教訓から、現地コーディネーターとこうした地区を訪問し、短時間の住民インタビューと町の撮影を行う程度だったという。それが「分断のアメリカ」として放送される企画になる。英語を十分に読んだり話したりすることも出来ない人たちも多く、彼らから本音を引き出すことは凄腕の特派員とはいえ短時間では容易ではない。

 こうしたアメリカは20年前から存在していた。パンドラの箱がトランプにより開けられたにすぎない。それでも移民は希望をアメリカに感じるから命を懸けて入国をしてくる。そうして居住権を得た移民、とりわけヒスパニックたちは今回、トランプ支持に流れたという調査も出ている。既得権側になったという見方や、強いリーダーを志向する文化観が影響したという見方がある。そして、旧来アメリカに住む、低学歴の白人労働者たちは、こうした移民たちに不安を感じている。移民国家としての複雑な要素が入り混じり投票行動に繋がっていることを体感していなければ表面的な描き方になる。

支局長が熱心に書いていたのは「稟議書」

 取材には時間とお金がかかる。大統領選挙では2月の予備選挙から夏の党大会、そして9月からの本選挙と全米のあらゆる場所を1年がかりで取材する。しかし特派員はインフレ、円安の二重苦だという。ある局の幹部は「配下の支局長が年をまたぐ前から“インフレで取材費が高騰していて、とてもこの支局予算では大統領選挙の取材はできない。予算の緊急増額措置が不可避だ”として特別予算の必要性を繰り返し要求してきて大変だった」と愚痴交じりに話す。別の特派員は「うちの支局長は書いた原稿の枚数よりも稟議書の枚数の方が多い。金勘定ばかりして何のために支局にいるのかと現場特派員たちは不満たらたらだった」と打ち明ける。本来であれば取材活動に邁進するはずの特派員が、内向きな会社業務に時間を割く組織構造になっている。

 ある局の支局長会議では「アメリカのホテルは高い、規定額ではとても宿泊できない」
と悲鳴があがったという。しかし大都市を少し離れた郊外には日本では知られていないモーテルチェーンが多数展開している。モーテルとは日本でいえば車で入るビジネスホテルだ。いかがわしいものではない。広めの部屋と大きなベッド、そしてシャワー、トイレ、小さな机が備えられている。取材で夜寝る分には何も困らない。家族経営のモーテルもあり、話好きなオーナーから取材もできる。1泊100ドルもしないし、ハンバーガー店やコインランドリーが併設されているケースも多かった。庶民のアメリカを体感できる場所だ。大都市の高級ホテルを渡り歩く取材ではなく、ハイウェイを走り庶民目線でインフレをしのげる取材こそ必要なのだ。

特派員の特権的な生活とは?

 特派員とはどこの局も給与とは別に「特派員手当」と称したドル建ての手当てが現地の銀行口座に入金される。局によって異なるが、結構な額になることが多い。「特派員手当」で生活し、日本の口座に入る本給はそのまま手つかず。単身者の場合には現地口座にドルを多く蓄えて帰国をした者も少なくない。かつては「特派員になれば家が買える」と言われたのはこのような理由だ。

 現在は歴史的な円安水準ということで「特派員が好待遇というのは昔の話だ。いまや貯金を取り崩して生活している」とよく耳にする。ある特派員経験者も「このままでは特派員は生活ができないので、手当の増額を本社に陳情した」という。しかしニューヨークやワシントンDC中心部の数十万円はする住居はもちろん会社負担である。アメリカでは運転手が付くか、付かない場合には自ら運転することにはなるものの、車は支局の経費で維持されている。特にアメリカ駐在の場合には子弟を帯同させているケースが多く、平日は現地校に入れて、バイリンガルに育成しようとする特派員も多い。これに対しては会社都合の転勤であるという理由から「教育手当」として学校の授業料が払われる局も多い。教育熱心な特派員たちは、日本に戻ってから困らないように日本語学校や受験の予備校とのいわゆるダブルスクールを選ぶこともある。円安で生活に困窮しているというより、高い水準の教育にお金をかけられる恵まれた生活にみえる。加えてある局では妻子の一時帰国や、特派員自身の健康診断のための一時帰国の費用なども会社負担であるという。特派員はやはり恵まれていると言えるのは間違いない。

エリート特派員のその後

 日本に帰国してからはデスクや解説委員といったポジションを得て、部長への道を走ろうとする。もちろんその先の役員を目指す者もいる。これを見越して一時帰国のたびにお土産を山のように運び、幹部に配り歩いて、帰国後のポストの陳情をしている特派員も少なくないという。本社から海外出張に来た幹部を自宅に招き、家族ぐるみで歓待することに熱心な特派員もいるそうだ。「会社員」としての特派員である限り、アメリカの草の根が見える取材はできず、予測は当たらない。

 テレビ局が「トランプ圧勝」を見誤ったのは、必然と言えるのだ。

多角一丸(たかく・いちまる)
元テレビ局プロデューサー、ジャーナリスト

デイリー新潮編集部