[画像] なぜ?日本代表、2024年に一度も呼ばれなかった5名

7日に最新メンバーを発表した日本代表。

今年はこの11月が最後の代表活動となり、ケガ人などによる追加招集がない限りは新たにメンバーが呼ばれることはない。

そこで今回は、以前は日本代表に継続的に呼ばれていたものの2024年には一度も呼ばれなかった選手たちをご紹介しよう。

町野修斗(ホルシュタイン・キール)

年齢:25歳

日本代表:5試合3得点(2022-2023)

最後の招集:2023年3月

2022年ワールドカップに滑り込みでメンバー入りした町野修斗だが、大会以降はあまり評価されていない。

昨夏、世界で戦う力を身につけるべくドイツ2部のホルシュタイン・キールへ移籍。加入当初は苦しんだが、後半にはフィットしてクラブ史上初のブンデスリーガ1部昇格に大きく貢献した。

今季チームは18チーム中17位に沈んでいるものの、町野個人はブンデスリーガ8試合4ゴールと世界有数のリーグで目に見えた結果を残している。

日本代表は現在、浅野拓磨、上田綺世が負傷で離脱中。1トップに最も適した人材として復帰の声が高まったが、2023年3月以来の招集とはならなかった。

シュミット・ダニエル(ヘント)

年齢:32歳

日本代表:14試合0得点(2018-2023)

最後の招集:2023年9月

近年、彼ほど不運に見舞われた選手もいないかもしれない。

2022年ワールドカップで大会直前まで権田修一と正GK争いをしたシュミット。大会後、権田が年齢やJ2所属であることを理由に外れ、必然的に守護神へと昇格した。

しかし昨夏、フランス1部メスへ移籍するはずがトラブルにより直前で破談。所属していたシント=トロイデンはすでに後釜として鈴木彩艶を獲得していたため文字通り居場所を失った。

その後ヘントへの移籍が決まったものの起用された試合で失点を重ねてベンチへ降格。こうして日本代表からもフェードアウトしていった。

現在は、ミッチェル・ランゲラクが退団した名古屋グランパスへの移籍が噂されている。

川辺駿(サンフレッチェ広島)

年齢:29歳

日本代表:6試合0得点(2021-2023)

最後の招集:2023年10月

川辺駿は、なぜ日本代表に定着できなかったのだろうか。

森保一監督のサンフレッチェ広島でデビューし、ジュビロ磐田では現代表コーチである名波浩氏のもとでプレー。ヨーロッパ移籍後はスイス、ベルギーで確かな結果を残してきた。

トップ下とボランチが可能で、技術が高く決定力もある。デュエルの面でさほど評価されなかったのかもしれないが、それでももうちょっと試されてもよかったはずだ。

現在は地元の広島に戻り、J1リーグでヴィッセル神戸と優勝争いをするチームを引っ張っている。

大迫勇也(ヴィッセル神戸)

年齢:34歳

日本代表:57試合25得点(2010-2022)

最後の招集:2022年2月

今年どころか2年半以上全く呼ばれていないのがかつてのエース大迫勇也だ。

2021年に日本へ戻ってきたFWは、ドイツでの激しい戦いからかコンディションはボロボロ。低調なプレーにより日本代表からも外れたが、ワールドカップ本番を見据えて体調を整える意味もあった。

しかし本番ではまさかの落選。指揮官との確執も伝えられるなかで傷ついたエースは昨季ヴィッセル神戸をリーグ初優勝へ導き、自身も圧巻のパフォーマンスで得点王とMVPに輝いた。

今季も神戸は3試合を残して首位に立っている。いまだ衰えを見せない34歳の代表復帰はもうないのだろうか。

中村航輔(ポルティモネンセ)

年齢:29歳

日本代表:8試合0得点(2017-2023)

最後の招集:2023年9月

一時期、待望論が溢れていた中村航輔だが、2024年現在誰もその名前を挙げる者はいない。

柏レイソル時代に頭角を現し、若くして日本代表入り。その後、度重なる脳震盪で一度は消えかかったが、ポルトガルで復活を遂げた。

シュートに対するダイナミックな反応、髭をたくわえた風貌はいずれも日本人離れしており大きな話題に。その活躍があり、2022年ワールドカップ後に日本代表へと復帰した。

復帰後は守護神争いに名を連ねていたが、昨年9月に行われたトルコ代表との親善試合で相手選手と交錯して右肩を負傷することに。これが長引いて彼のキャリアに大きな影を落としている。

日本代表、2022年にピークを迎えていなければならなかった10名

ポルティモネンセは昨季2部へ降格。中村はチームに残留しているが、今季わずか3試合の出場にとどまっている。