◆怒声と怒号を込める岡田将生

 いや、やっぱりここは審議である。この怒声問題を精査するためにはうってつけの演技をひとつ、岡田の過去作から引っ張りだしてみたいと思う。それはまさに『半沢直樹』と同じ日曜劇場ドラマ作品であり、出演俳優たちが『半沢直樹』テイストの顔芸的怒号をスタンダード化するきっかけともいえそうな『小さな巨人』(TBS、2017年)である。

 長谷川博己演じる主人公の刑事・香坂真一郎が警察組織の隠蔽を暴こうとする同作では、香坂の部下である山田春彦(岡田将生)が、隠蔽に関わる内閣官房副長官の父・山田勲(高橋英樹)と対決する場面がクライマックスへの重要な場面として描かれる。

 濡れ衣を着せられ、追われる身となった春彦が実家に潜入し、勲の罪を叱責する。半沢直樹顔負けの剣幕で、目元いっぱい力ませ、半ば硬直したかのような顔の下半分で怒りの言葉を浴びせる。

 息子に背中を向けていた勲がふと振り返る。もう済んだのかい?という表情で「お前、こんなことがしたくて、警察官になったのか?」。さすが昭和の大スターの佇まい。びくともしない。赤子の手をひねり、たしなめ、相手の過剰な演技に対して冷静になれと諭すようにさえ見える。

 演技は顔芸ではないぞ。これは高橋英樹から岡田将生へのアドバイスではなかったか。たとえ、感情が高ぶる場面でも、いたって冷静沈着にエモーションを抑制するんだよ、と。

◆人生初の道化役

 振り返った勲からたしなめられた春彦は、放心状態ではありながら、どこかつきものがとれたかのように、スッと落ち着く。さっきまでの怒声や怒号より、落ち着きを取り戻した演技の方が絶対にいい。岡田将生とは、何より静謐(せいひつ)な瞬間でこそ、最良の演技を発揮する俳優だからだ。

『虎に翼』の航一役は、それこそ静謐そのものを極めた最良の実践例だった。第24週時点ですでに還暦を過ぎているのに、全然老けて見えず、まるで春の空気に漂う霞を食べて生きているような繊細さの極地にまで到達している。それをわざわざ半沢直樹的な顔芸で破壊する必要があるのだろうか?

 すると週が明けた最終週第126回で、寅子を励まそうとする航一が、これまた人生初の道化役を買ってでようとする。いつものようにウイスキー片手にしっぽり飲んでいたかと思ったら、寅子の前に立ち、右腕を前方へあげて「チチンプイプイ」。

 こりゃなんだ。道化というか、桂場に怒声を浴びせて以降の航一は、完全に壊れてしまっている。ミステリアスな「なるほど」が安定させていた存在感を脱構築するというのか、この最終週では、徹底的に破壊していこうという方向性なのだろうか?

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu