『虎に翼』(NHK総合)で、最高裁判所第5代長官・桂場等一郎を演じる松山ケンイチの動作がどうも気になる。

 長官室にひとりいる桂場は、とにかく細かな微動を繰り返すのである。長官に就任する以前、他の役職のときから考えると、彼の微細な動作がどんどん細やかに極められている。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の松山ケンイチの動作に注目しながら、それが完全に封じ込められる瞬間を読み解く。

◆室内で対峙するふたりのパターン

「純度の低い正論は響きません」

『虎に翼』第25週第122回、長官室内。ドアを入ってすぐのところに立つ主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、最高裁判所第5代長官である桂場等一郎めがけて、そう言いはなった。寅子の声が少し震えているようにも聞こえる。

 寅子のほうへ、ギロッと鋭い視線をゆっくり向けた桂場が「なに」と低めの声で語気を強める。いたって冷静だが、強い怒りの声色が伝わる。寅子は桂場のほうへ進み出る。室内で対峙するふたりは、いつもこうだ。

 最初は必ず一定の距離を置き、この距離に妙な緊張感が漂う。次に席に固定されたように座る桂場に対して、ほとんど脊髄反射的に寅子がすたすた近づくのが、お決まりのパターン。

◆完全にひとりになった桂場の動作

 室内にひとりでいる桂場にも、ある種のパターンといえる一連の動作がある。大きく3つの段階にわけられる。1つ目は、第20週第97回で新潟から東京へ戻ってきた寅子が、東京地方裁判所所長室にやってくる場面でのこと。

 新たな異動先を命じた桂場が「早く行け」と言いながら、右手の甲を突き付けて、しっしとやるジェスチャー。一定のリズムを刻むその動作に合わせ、カメラが下手から上手へムーヴ。寅子が退室する寸前での動きだが、ほぼ室内にひとりの状態でいる桂場のこの動作とカメラワークとの連動が実に見事。

 2つ目は、第22週第108回。寅子が女性法曹の労働環境に関する意見書を読んだか、所長室に確認にくる。取り合おうとしない桂場に対して、寅子が激しく反論。突き返そうとした意見書を右手に持って静止させている桂場が、元あった位置に手をそろりと戻す。所長室で完全にひとりになった桂場の動作が、そろりで極まる。

◆最高純度の孤独として結実

 どうやら桂場は誰かが退室したあと(あるいは退室と同時)で、こうした微細な動きをする傾向にある。3つ目は、最高裁判所長官室での動作。第24週第120回、今度は寅子ではなく、ライアンこと、東京家庭裁判所所長・久藤頼安(沢村一樹)がやってくる。

 久藤は、亡くなった裁判官・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が書いた少年法改正についての意見書を持ってくる。「じっくり読んで」と言って、書類を桂場の机にそっと置き、久藤は、静かに退室する。桂場は押し黙った状態で、口元にあてていた左手を下ろす。そして少し目をつむったあと、書類が置かれているほうへ視線を遣る。

 怒りや悔しさが同時に押し寄せ、まぜこぜになった恐ろしげな表情。やや顎を引いて、顔を固定させ、ただ一点を見つめる。画面上ではしばらく無音状態が続く。まるで1920年代の(特にドイツあたりの)サイレント映画に登場する強面のように写っているなと思った。

 桂場は、書類を手に取り、ページを開く。ちくしょう。何が何でも中身を読んでやるぞという激しい情念を感じる。ひとり長官室で孤独にうちひしがれる桂場の動作は、冒頭で引用した寅子の言葉とは裏腹に、所長室での2つの動作を経て、動作そのものが最高純度の孤独として結実している。

◆長官室のドアをノックする航一

 こうやって桂場の細かい動作に注目し、さっきの場面で最高純度のものを目撃しては、長官室で次にどんな動作が繰り出されるのか、まったく想像がつかない。長官室の桂場がひとり、想像上の多岐川から非難され、激昂する場面があったりするが、第25週第125回、思わぬ人物が場外からするりと入り込んだ。