[画像] 【坪井 貴司】なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる「腹痛」の正体

「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

「ストレスでお腹が痛くなる」ときに起きていること

私たちがストレスを感じると、喉が渇き、手には汗をかき、手足が震えはじめ、心拍が速くなります。この反応もホルモンによって調節されています。

具体的には、たとえば「満員電車に揺られて職場に行くことを考えるとお腹が痛くなる」といった状況では、この副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンが私たちの視床下部から分泌されます。

そのしくみを順に説明しましょう。

ストレスによって分泌されるこの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンは、ちょうど家の扉の鍵のような役割をします。そして、その扉の鍵穴として1型と2型の2種類の受容体があります。

鍵穴に鍵を挿入して、扉を開けて家に入るように、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンがその受容体に結合すると、ニューロンの機能が調節されます。

たとえば、胃や十二指腸の運動を支配している迷走神経には、2型の受容体が発現していて、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを感受すると胃や十二指腸の運動を抑制します。

一方、1型の受容体は、結腸や大腸の蠕動運動を支配する副交感神経に発現しています。そして、この副交感神経を活性化して結腸や大腸の蠕動運動を促進します(図1─8)。

では、ストレスでお腹が痛くなり、緩くなる場合を考えてみましょう。

ストレスによって分泌された副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンは、1型の受容体を発現している副交感神経に作用し、その結果、結腸や大腸の蠕動運動がさかんになります。そのため、お腹が痛く、緩くなってトイレに駆け込みたくなるのです。

「ストレスで胃が痛む」ときに起きていること

次に、大事なプレゼンテーションや試験の直前になると、胃に石が入っているかのように重く感じ、胃が痛む、といったケースを考えてみましょう。

体の中では何が起こっているかというと、ストレスによって分泌された副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンが胃や十二指腸を支配している迷走神経の2型の受容体に結合して胃の運動を抑制してしまいます。そのため、消化不良が起こり、胃が痛むのです。

なお、人によって1型と2型の受容体の発現量やその機能に違いがあるため、胃が重く感じるだけの人もいれば、逆にお腹が緩くなるだけの人もいます。中には、胃も重たくなり、お腹も緩くなる人もいます。

視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌は、通常は私たちの睡眠・覚醒リズムと同じように、体内時計による約1日の分泌リズムがあります。

具体的には、体内の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌量は、朝に高く、夜になるにつれ低くなるという変動をしています。そこにストレスが加わると、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌量がさらに増加します。

つまり、もともと体内の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン濃度の高い朝に、ストレスによって副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンがさらに追加されると、体内の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン濃度はさらに高くなります。

そのため、朝にストレスを感じると腹痛や下痢といった症状が起こりやすくなるのです。

さらに悪いことに、満員電車の中で突然腹痛が起き、途中で下車してトイレに駆け込んだ、というエピソードがトラウマになってしまうと、「今日も満員電車に乗ると、また突然腹痛が起きるのではないか」と不安を強く感じます。

すると、脳の中では副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌がこれまで以上に増加してしまい、さらに下痢がひどくなってしまうのです。

駅のトイレが朝に限っていつも混んでいるのは、このような理由が考えられます。

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さらに続きとなる記事<腸内に潜む「隠れた臓器」…「腸」と「脳」をつなぐマイクロバイオータが「体」と「心」に及ぼす驚きの影響>では、「脳腸相関」について詳しく解説しています。

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