新たなフォーマットとなる“ACLエリート”へ、川崎の鬼木達監督が抱える想いとは。今季は昨季以上にリーグ戦での苦戦が続き、降格圏にも近づいているなかで、指揮官はどうチームを導き、どんな志を持っているのか。自身7度目のACL挑戦を前に語ってもらったインタビューの第3弾だ。
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三笘薫、守田英正、田中碧、旗手怜央、谷口彰悟ら川崎から海外へ羽ばたき、森保ジャパンで活躍するタレントは数多く、さらに今季の開幕前には山根視来、登里享平、山村和也らチームの根幹を担った選手たちが新たな挑戦として移籍。
加えて鬼木達監督の右腕であった寺田周平コーチがJ3の福島の監督に就任するなど、コーチングスタッフも大幅に入れ替えて2024年の川崎は船出を切った。そのなかで鬼木監督はどうアプローチをしてきたのか。
「今年難しかったのは、新しい戦力をできるだけ早くフィットさせようというところで、本人たちの良さを出しやすいように、戦い方に幅を持たせて、彼らの個性をどんどん出せるような環境作りを意識していた部分はありました。
ただ、そうするなかでも、自分たち、川崎のサッカーはこういうものだ、というこだわりの部分が薄れる恐れもあったので、悩みながらのチャレンジでした。
そのなかで、じゃあフロンターレの技術の基準と姿勢の基準を示せる人数がどれほどいるかというと、オフにベテラン3人の移籍もあって、例えばヤス(脇坂泰斗)やアキ(家長昭博)やユウ(小林悠)はキャンプにいましたが、(大島)僚太や(車屋)紳太郎は怪我をしてしまい、ベテランというか、新しい選手たちにアドバイスできる選手が限られてしまった。もちろん僕は言葉では伝えられますが、一緒にプレーすることで伝えられるものは全然違うので。
その辺りで中途半端とまではいかないですけど、少し色んな人の良さを出そうと意識し過ぎて、そのまま勝ちながら修正できれば一番良かったですけど、そこでちょっと勝てなかった時に、やっぱり立ち返る場所をもっときちんと持たなきゃいけなかったという想いはあります」
個性を活かしながらチームのベースも改めて築いていく。なかなか難易度の高いアプローチだったのだろう。
「そこが一番難しかったのかもしれないですね。個性だけを見れば良い面はすごく多いのですが、チームとしてのつながりとなると、少しテンポの部分だとか、見るタイミングなどが、ちょっとしたズレと言いますか、そういうところはあったのかなと感じています。
ただ、個性を出せる状況のほうが、多くのことを気持ち良く学べるとも思っていましたし、学ぶほうが強すぎて個性を抑えすぎると、皆悩むケースが多いということはここまでの経験としてありました。
でも結局、最後にチームとして、こういうことをやろうとした時に、技術、頭、思考をしっかり持っていないと上手くいかないわけで、自分自身がよりアプローチするべきだったのかなっていう気持ちです。
多少、窮屈になっても、少し導いてあげるというか、そういうのがもうちょっとあっても良かったのかなと。それこそ僕が監督をやり始めた時は、多少窮屈と思われても、1年目の阿部(浩之)ちゃんやアキ(家長昭博)も、これがフロンターレのサッカーだよと、そこを窮屈に思われても伝えていった部分があった。
一方で今年は選手の幅を持たせようとしすぎて、基準が分からない選手もいたのだと思います。そこは自分の反省です」
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その点は顔ぶれが変わったコーチングスタッフへの意識付けにも共通する部分があったのだろう。
「今年は選手もコーチも多く変わったので、個性を活かすことからスタートし、その分、基準が分かりづらくなってしまった気がします。コーチに対しても、もっと自分の考えていること、頭のなかを見せて要求を深めたほうがみんなにとって分かりやすかったのかもしれません。
そういう意味ではコーチも大変だったと思います。例えば僕も、ツトさん(高畠勉)、相馬(直樹)さん、風間(八宏)さんらの下で、監督の目指す基準みたいなものを早く把握しようと努めていました。そこを理解しないと、自分が選手を褒めようと思っても、もしかしたら、そのプレーは監督にとっては目指すものではないのかもしれない、と考えて声をかけられないからです。
だから今回も新しいスタッフらと、初日の練習の何日か前に集まって、これが止める・蹴るの基準で、これが外すの基準で、などと、確認し合いました。実際にトレーニングが始まると、スピード感が違ったりするので、難しさはあったかもしれないです。ただ、最近はそこの基準を、みんなで共有できるようになっています。そういう意味でもチームが変わっていく時には選手、スタッフにも時間が必要で、時間の重要性を感じています」
選手、コーチ陣とともに成長していく日々。そう考えると、共通認識が高まってきたこのタイミングでACLに挑めるのも大きいのかもしれない。
もっとも、ひとつずつ積み重ねていく作業とはいえ、試合に勝てないとブレてしまいそうなものだ。それでも決して折れない心を持っているのが鬼木達という男なのだろう。
「行き着くところまで行きついたのであれば、もしかしたら、多少なりともここからどうしようという考えになったかもしれません。でも今は全然そこまで到達してないですし、選手も新しくなり、スタッフも新しくなり、怪我人も出ていた。そんな時にまだ何も植え付けられてないのに、勝ってないからっていうだけで、変えることは自分の中には選択肢としてまったくありませんでした。
例えば手堅く戦うことを考えてみても、『いやこれは勝つ確率が上がるわけではないな』とか『これで何が積み上がるんだろう』という考えになるんです。それにこれは言い訳としてではなく、今年は少し時間をかけないと先に進められないと覚悟を決めてやってきました。僕らの仕事はもちろん時間との戦いの部分もありますが、そこをしっかりとやれば巻き返す力はあると。
それにやっぱり今やっていることが一番勝つ確率が高いと思っていますし、あとは、選手にもよく言いますが、順位で志は変わらないということ。勝負事なので負けてしまうこともありますが、それで自分たちが目指しているものが変わるわけではない。下の順位にいても、一番上にいてもそこは変わるべきではない。一番上にいるからって、じゃあそこをキープするために違うことをするかって言ったら違いますよね。順位的に上でなくとも、志で言えば上はいくらでもある。だからこそ選手には、やるべきこと、目指すものは変わらないと言い続けています」
人々を魅了するサッカーを追い求め、自分たちにしか決められないようなゴールを目指す。勝負に徹するのは当たり前として、志を持たなくてどうするんだ、志を手放した先に何が残るんだ。指揮官のメッセージは心の底からの叫びにも聞こえる。
一方で「順位は気にしていない」とこれまで公の場で気丈に振る舞ってきたが、指揮官として勝てないことに悩みがないわけがない。誰よりも川崎のことを考えている男である。勝敗の責任を一身に背負い、その身体には、心には、数えきれない傷があるはずだ。それこそ私たちには想像がつかない葛藤も抱えているに違いない。それでも自問自答し、意志を貫いてきた。
「正直なところ、順位を気にしないって言ったら、そりゃ嘘にはなりますよ。ただ自分のなかで、そこを見たり、そこを気にしたら、もうそっちに行くだろうなという考えがある。自分自身がそこを気にしたらもうチームは絶対そこが基準になってしまう。だから、引っ張られたくない思いはすごく強い。現場でいったら僕が監督で、そのトップの人間が、上を見なくなった瞬間にクラブ、チームって、衰退していくと思うんです。
それに僕が上を見なかったら選手も上を目指さなくなってしまう。チームの舵を取らなきゃいけない人間として、目指すところを絶対に下げたくないですし、そういう意味で言うと、何より自分に言い聞かせているところも強いのかもしれないですね。『お前がそこ見てどうすんだ?』と。そうやって常に自問自答しています」。
降格しては元も子もない。そんな賛否両論の声はあるだろう。さらに現代サッカーでは、気持ちや志などより、ドラスティックに戦術や相手の対策などに力を割く傾向も強まっているように映る。時代の潮流に適応することは、勝つために大事な要素である。
だが、サッカーは当たり前だが人間がやるスポーツである。細かい戦い方などは、チームとしての方向性、志というベースがあってこそ成り立つものである。だからこそ川崎は、「もっと効率的な戦い方がある」と周囲から揶揄されても、必要なものを取り入れながら独自の道を突き進み、これだけの成功体験を得てきた。
実を言えば、市立船橋高、鹿島とキャリアを積んできた鬼木監督は当初、現実路線を歩む指導者でもあった。それでも「指導者としてのやりがいって結局なんなのかずっと考えていて、選手を育てる、そして勝負に徹することが一番にありますが、チームって個性が見えた方が面白くて、強くなる。それをヤヒさん(風間八宏)との出会いで知ったんです。だからヤヒさんの影響力は凄いんです」と笑顔を浮かべる。
技術力を磨き続け、魅せるサッカーを追い求める。その意味では個人的にも見てみたい。リーグ、そしてACLで鬼木監督の覚悟が実を結ぶことを。
パート4に続く
■プロフィール
おにき・とおる/74年4月20日生まれ、千葉県出身。現役時代は鹿島や川崎でボランチとして活躍。17年に川崎の監督に就任すると悲願のリーグ制覇を達成。その後も数々のタイトルをもたらした。“オニさん”の愛称で親しまれる。
取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)
※ACLの新フォーマット
2024−25シーズンからAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)、AFCチャンピオンズリーグ2(ACL2)、AFCチャレンジリーグ(ACGL)の3つのレベルの大会に再編。
ACLEはこれまでより少ない24クラブの出場で、グループステージは東地区、西地区それぞれ12チームに分かれ、8クラブと1試合ずつ対戦(ホーム4試合、アウェー4試合)。各地区上位8クラブがラウンド16に進出(東地区の1位対8位など各地区内の順位によって対戦相手が決定)し、ホーム&アウェーの2試合合計スコアで勝利したクラブが準々決勝へ。準々決勝から決勝は東地区と西地区が合わさったトーナメント戦で、2025年4月25日から5月4日までサウジアラビアで集中開催される予定。
優勝クラブは賞金1000万ドル(約14億6000万円)に加え、4年に1回開催されるFIFAクラブワールドカップ(2029年大会)の出場権を獲得する。
川崎はグループステージで蔚山(韓国/アウェー)、光州(韓国/ホーム)、上海申花(中国/アウェー)、上海海港(中国/ホーム)、ブリーラム(タイ/アウェー)、山東(中国/ホーム)、浦項(韓国/アウェー)、セントラルコースト(オーストラリア/ホーム)と対戦する。
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