[画像] "悪口"が大問題に発展「キャリア喪失」の「まさか」


愚痴や冗談のつもりで発した言葉が、その人のキャリアを失わせる原因となることもあります(写真:buritora / PIXTA)

組織をより良くするための“黒子”として暗躍している、企業の人事担当にフォーカスする連載『「人事の裏側、明かします」人事担当マル秘ノート』。現役の人事部長である筆者が実体験をもとに、知られざる苦労や人間模様をお伝えしています。

連載7回目は、ついつい軽い気持ちで言った他者への悪口が、キャリアを失うほどの大問題に発展したケースを紹介します。

社内チャットに悪口を書きたい放題

「萬屋さん、折り入ってご相談がありまして……」

秘書課のY課長(41歳・女性)から、深刻そうな表情で相談を持ちかけられたのは、私がとある総合商社の人事部に勤務していたときだった。

Y課長によれば、「部下である秘書課のK係長(36歳・女性)が、社内チャットの中に個別のグループをつくり、ほかの社員の悪口を言いたい放題、書き込んでいる」という。

それだけなら、K係長への厳重注意で済みそうだが、人事として看過できなかったのは、その行為によって、「課の業務にも支障が出てきている」という点だ。

「K係長の問題行動への対処について、萬屋さんと相談しながら進めていけたらと思い、お話しさせていただいた次第です」

恐縮しながら、小声で話すY課長。私は、「わかりました。一緒に対処していきましょう」と言いつつも、内心では「厄介な問題が浮上した……」と逃げ腰になりそうだった。

そもそもなぜ、K係長の問題行動は明るみに出たのか? 

それは、Y課長が秘書課の部下一人ひとりと、定期的な「1on1ミーティング」をしたときのことだった。

入社4年目の部下Mさん(26歳・女性)とのミーティングで、「最近、何か困っていることはない?」と尋ねると、今にも泣き出しそうな顔をする。そして「なんだか告げ口みたいになっちゃいそうで、嫌なんですけど……」と、ポツリポツリ語り出したという。

やまぬ悪口チャットにメンタルダウン

Mさんの話をまとめると、こうだ。

2カ月前に、K係長から業務を頼まれた、Mさんと派遣社員の女性は、業務上のやり取りのため、この3人で個別にチャットをするようになった。

そこまではよかったのだが、突然、K係長から「ここだけの話なんだけどさ……」と、ほかの社員の悪口が書き込まれるようになったのだという。

「〇〇って、ホントうざいよね。仕事できないのに態度デカい。顔もデカい」

「△△、クソだわ〜。頭悪いのに、なんで役員になれたんだか」

あまりのひどい言い草に、Mさんも派遣社員の女性も面食らったが、直属の上司からのチャットだけに無下にもできない。

「そうかもですね」と、はぐらかすように受け答えしていると、それに"共感している"と思われたのか、ますます悪口はエスカレート。

同僚のみならず、自分たち秘書が支えるべき役員に対しても、蔑みの言葉を書き連ねていることに、Mさんと派遣社員はさすがに「ヤバい」と思ったらしい。悪口への返信は書かずに、時折リアクションの顔マークを入れるまでにとどめるようになった。

それでもK係長の悪口攻撃はやまなかったという。

「これがいつまで続くかと思うと気が滅入ってしまって、よく眠れないんです。それにチャットが次から次へと来るので、気が散って、業務も滞りがちになってしまいました」

そう嘆くMさんの言葉に、危機感を抱いたY課長。Mさんの承諾を取り、チャットの中身を見せてもらうと、書き込みの多くはK係長に消されていて、証拠となる文面はほとんど残っていなかった。

「そこで萬屋さんにご相談なんですけど、システム担当にお願いして、削除されたチャット内容を復元できないでしょうか。私としては事実を突き止めて、しっかりと対処したいです」

Y課長の並々ならぬ決意に賛同した私は、すぐさまシステム担当に依頼。復元してもらうと、そこにはおびただしい数の書き込みが記されていた。

社長にも揶揄するようなあだ名を命名

K係長からの悪口チャットの数は、およそ2000通。A4用紙にプリントアウトすると、数百枚にのぼった。

驚いたのはそれだけではない。悪口の対象者一人ひとりに「あだ名」を付けていたのだ。そのあだ名の数々は、不謹慎だが、クリエイティビティに富んでいた。

「しゃくれメガネ」に「付け鼻おじさん」、社長に至っては、古代に絶滅している化石になぞらえて、「アンモナイト(略してアンモ)」と呼んでいた。ちなみに、私に付けられていたあだ名は、「ミスター凡人」。悪口までは書かれていなかったが、複雑な心境になった。

これらのプリントはとてもじゃないが、当事者たちに見せられない。極秘中の極秘扱いにし、秘書課と人事の上層部、そして法務部のごく一部の社員で、K係長の問題行動への対応を協議した。

K係長が引き起こした問題は、主にこの3つ。

ー卞皀船礇奪箸魘般外奮阿里海箸僕靈僂靴燭海

△修海蚤昭圓鯢鄂するような悪質な書き込みを行ったこと

それらの行為によって部下にストレスを与え、業務の滞りを招いたこと

加えて、ほかの社員や上層部に関する情報をさらす行為は、秘書の職務に著しく反するとして、厳重注意および、部署異動を決定した。異動先は、東京郊外にある事務センターだ。

K係長本人に証拠となる書き込みのプリントを突きつけると同時に、厳重注意を行うと、納得いかない様子。謝罪の言葉を述べるも、心からのものでないことは明白だった。すると、事務センターへの着任を前に、自ら退職。職場を去っていった。

実は、この行動は我々の読み通りでもあった。プライドの高いK係長なら、本社からの異動を不服に感じて、すぐに辞めると踏んでいたからだ。懲戒処分にしなかったのは、会社側からの、せめてもの温情であった。

人を見下す常務が起こした失態

一般社員のみならず、経営層の中にも、"悪口"がきっかけで職を追われた人もいる。

これは、私がとあるベンチャーに勤めていた際に勃発した、常務取締役のTさん(50歳・男性)のケースだ。

Tさんは超難関大学の出身であり、数々の大手企業で実績をあげた華麗なる経歴の持ち主。キレ者で頭の回転が速く、経営層の中でも発言力が大きい印象があった。

だが、Tさんには一つ、問題があった。それは自分が優秀であるがゆえに、人を見下す癖があることだった。

部下との飲み会や少人数のミーティングで、他者への見下し発言がちらほら。副社長のことを、「あいつ使えねぇよな」と漏らしたかと思えば、執行役員の面々を「あいつら頭、悪いんだよ」と悪態をつくことも多かった。

そんなある日、事件は起きた。Tさんと営業部の部下2名、そして大口取引先の役員、計4人で飲み会が開かれたときだった。お酒が入って気が緩んだTさんは、ついついいつものように、近しい役員たちへの悪態をつき始めた。

部下たちが一斉に凍りついたのは、Tさんがいよいよ社長の悪口を言い出したときだ。

「うちの社長、ボンクラで決断力がないんですよ。彼は一刻も早く辞任したほうがいい。来期は社長交代じゃないですか(笑)」

取引先の役員は「まぁまぁ」と言いつつも、明らかに引いている様子。「これはまずい」と慌てた部下たちは、「T常務の発言は、先方に経営が盤石でない印象を与えてしまったのではないか」と、人事に報告(密告)。Tさんの所業が白日の下にさらされることとなった。

この事態を重く見た人事担当役員は、役員会議にかけ、Tさんの処分が決定。1カ月後の人事発令のタイミングで、「常務の役職を解く」旨を言い渡した。

「単なる飲みの場の言動で、なんでこんな目に遭うんだ! だからこの会社はダメなんだ」と憤慨したTさんは、人事発令が出る前に退職。最後まで悪態を披露しながら去っていった。

悪口に乗っかった側も同罪に

まさか"悪口"がきっかけで、職を追われることになるとは、誰しも思いも寄らないだろう。

もちろん、内輪の集まりで会社の愚痴を漏らしたり、他者への批判を口にしたりすることは誰にでもあるし、それは大した問題にはならない。

だが、キャリアを失うほどの大問題に発展するのは、その言動が会社や社員に"損害"を与えたときだ。K係長やT常務が、そのいい例だろう。

もう一つ、気をつけたいのは、相手の悪口に一緒になって盛り上がってしまうことだ。

もし仮に、K係長やT常務の部下たちが、社内チャットや飲みの場で一緒になって、悪口を言い合っていた場合……。それが万が一、表沙汰になれば、悪口に乗っかった部下の側も"同罪"になる可能性がある。

たかが悪口、されど悪口――。口は災いの元と言うが、不用意な発言で自身のキャリアを棒に振るようなことがないようにしたい。


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(萬屋 たくみ : 会社員(人事部長))