異色の狂言師がいる。河田全休さん、44歳だ。
 西の名門・灘中学校、高校を経て、京都大学農学部に入学し、狂言に魅せられた異才だ。

 古典狂言をベースにしながら、「婚活狂言」「タピオカミルクティと働き方改革」など、現代風にアレンジした創作狂言を次々に発表し、各種施設はもちろん、こども食堂や結婚式の余興などでも披露している。2019年には、日本とポーランドの国交樹立100年を記念する文化交流事業の文化大使として、日本演劇祭に出演。また今年には、ドバイで行われた「日本・京都展」(京都府などが共同主催する初の企業展示会)に招かれて演じるなど、幅広く活躍する。

 古典芸能の世界に現れた風雲児かと思えば、河田さんは「全然違います、もっとダメなやつなんです」と苦笑いをする。類まれな頭脳を持つ彼が虜になった、狂言の魅力とはどのようなところか。

◆灘中高時代は囲碁部や新聞部に所属

――京都大学で狂言に出会ったとのことですが、灘中高時代から「演じる」ことに興味があったのでしょうか?

河田全休(以下、河田):いえ、どちらかといえば人前で何かを発表したりするのは苦手な学生でした。灘中高時代も、囲碁部や新聞部、地理歴史研究会などに所属していましたが、目立つ活躍をしたわけではありません。囲碁部は全国的にも強豪であり、同級生や先輩には日本一に輝いた人もいたものの、私はそういうスター選手でもありませんでした。

◆狂言に興味を持った「京大の新歓」

河田:京大農学部に入学したときは、「将来は研究者になりたい」と漠然と思っていました。しかし、狂言サークルの新入生歓迎会に参加したときに、雰囲気が良かったことと、狂言が決まった型の組み合わせによって表現されていることを知って、それが肌に合ったんですよね。決まった型の組み合わせでバリエーションが広がるというのは、私が昔習っていた空手に近い感覚があって、親しみを覚えました。

 また狂言は、日常の何気ない所作をオーバーに見せるのですが、そうすることで新しい見え方があるのが面白いんです。そうしたことに気づいたとき、一気に狂言というものを演じたいと思ったんです。

◆社会人としては落第生だと思っている

――河田さんは大学卒業後、しばらく働きながら狂言を披露する活動をされていますよね。いわゆるエリートでありながら、まさに狂言に捧げた人生のようにもみえます。そこまで魅せられたのはなぜだったのでしょう?

河田:誤解があるとまずいので伝えておきたいのですが、私は別にエリートではないんです。むしろ、かなり不器用な方でして……。40歳手前までアルバイトで食いつないだりしながら狂言をやってきましたが、むしろ社会人としては落第生だと思っています。人間関係の面では悩むことも多かったし、恥ずかしい話、遅刻も結構しました。自分に期待されているタスクをこなすことができず、億劫になって逃げ出したくなってしまうんです。会社に行けなくなって、迷惑をかけたこともあります。どちらかというと、ダメな人間です。 

 ただ、狂言の魅力については、そんな自分と通じるところがあるんです。狂言をはじめとする古典芸能は概ねそうだと思うのですが、人間の弱い部分、ダメなところをありのまま肯定して受け入れてくれる寛容さがあります。「こうあらねばならない」という社会規範から外れても、どこかに救いがある。つまるところ、狂言の魅力はその懐の深さにあるのかもしれません。

◆狂言は「意外と身近」だと知った時の聴衆は…

――これまで、「サラリーマン狂言」シリーズをはじめとしてさまざまな創作狂言を行っていますよね。古典芸能であっても、現代に通じる考え方や感性があるのですね。