◆どうせなら、その会社で働きたい

そこからまた大胆な行動に出るのが、ナオさんらしい。どうせなら、その自然食品会社で働きたいと思い、募集の出たタイミングで面接を受けたのだ。

ところがそこで、ナオさんの心を凍りつかせる言葉が次々と飛び出した。

採用面接における一般的なやりとりが終わると、フレンドリーなノリの面接官は、こんな話をはじめた。

「なるほど〜。林田さんは化学物質過敏症なんですね。でも、そのほうがいいんですよ! 添加物や農薬をとらなくてすむんですから!」

その瞬間、会社に対するナオさんの信頼が消滅した。

化学物質過敏症によって、いままでどれほど自分がつらい思いをしてきたか。

飲食店で使われる食材の添加物や農薬、すれ違う人の香料で不調が悪化するので、友だちと外食することもできない。頼れる家族はいないのに、病気で職を失った。不調をだましだまし和(やわ)らげ、必死に日常生活を取り戻そうとしている。

それを「よかった」とは、さすがに聞き流せない言葉である。しかしナオさんの心中を置き去りに、どんどんトークに拍車がかかっていく。

「この前なんかねぇ、うちの若手社員が風邪をひいて。彼、前から昼ごはんにコンビニおにぎり食べてたんですよねえ〜。そしたらもう、案の定! しかもそのうえ……風邪薬まで飲んじゃって! 3日も休んだんですよ!? 薬を飲まなければ、もっと早く回復したのに。薬や添加物って、本当に怖いです」

◆「うちの食品だけを食べていれば」

普通に健康な人であれば、コンビニおにぎりを食べてもいいのでは? そう思ったナオさんは、疑問を口にしてみた。

「えーと……。貴社ではコンビニおにぎりを食べていたら、叱られるのですか?」

面接官の答えは「イエス」である。ただし「時々ならOK」。自然食品会社のイメージというものがあるのはわからなくもないが、お高い自社商品を無理なく買えるくらいの給料をくれるのだろうか。

「一番理解できなかったのは、『うちの野菜だけを食べれば、病気にならない』という主張でした。化学物質過敏症はもちろんのこと、がんも、うつも、花粉症もアレルギーも、うちの自然食を食べていればかからない! と断言しだして、唖然(あぜん)。

ちなみにその会社では、自然栽培の野菜を食べていれば病気にならないという主張のもと、健康保険がありませんでした。必要な人は、個人で国民健康保険に加入するとの話です」

◆完治も改善もむずかしい疾患

素直な性格のナオさんの顔に「えーーーー」という気持ちが丸出しになっている光景が、目に浮かんでしまった。

面接は話が盛り上がることなく終わり、予想どおり採用されなかった。

その後、金銭面的にも自然食はやめ、いまでも不調は改善されないままだ。「電子レンジを使うときは、正面に立たない(電磁波対策)」「健康茶を飲む」などの工夫を、細々とつづけている。

ひとり暮らしで就労も外出もままならず、社会から切り離されがちな生活を送る毎日のなかで、ふとこう思うという。

「無農薬の野菜を食べてこなかったから、こうなってしまったのかな」

ナオさん自身、それが根拠のない呪いのようなものだという自覚はあるという。それでも、方々で言われたそうした言説が、いまでも頭を離れない。

化学物質過敏症の人にとって、自然であることが重要なのは当然だろうが、商業的に都合よく語られる「自然が一番」という主張の罪深さが、実感できるエピソードである。

<取材・文/山田ノジル>

【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru