それから2週間後、後藤さんは元いた職場に復帰した。以前と一つも変わらない職場だが、唯一違うのは職場に彼女の祖父がいることだった。鳶職人として定年を迎えた初老の男性は、孫娘のために飲食店という慣れない足場に立つことを選んだ。

「恥ずかしかったけど、すごく安心感があって。私が号泣した翌日、祖父が店に電話をしたんです。それで店長に自分を雇ってほしいと伝えて、働くことになりました。笑っちゃいますよね」

◆男性客が口を開こうとした瞬間、祖父が…

 彼女の夢を祖父は知っていた。孫娘が自分の店を持ち、そこでコーヒーを飲むことが彼の夢でもあったという。

 職場に復帰したその日、待っていたかのように例の男性客が現れた。後藤さんは男性を見ると心臓が締め付けられるような苦しさを覚えたが、隣に祖父がいることで勇気づけられた。男性客は氷無しのアイスコーヒーを頼み、後藤さんはマニュアル通りの規定量で提供する。

 提供されたコーヒーを見て、男性客が後藤さんに向かって何か言おうとする。しかし、名札に初心者マークを付けた彼女の祖父が遮り、こう言った。

「決まりなんですよ。ご理解いただけないならお帰りください。お客様」

 そのセリフはサービス業として相応しくないものだろう。大手の飲食店であれば尚更だ。しかし俊正さんにとっては孫と孫の夢を守ることの方が大切だった。男性客は名札に書いてる名前を見て、何かを悟ったのか、それ以上は何も言ってこなかったという。

「それがきっかけになったのかわかりませんが、その日から例のお客様からの圧はなくなりました。他のお客様からクレームやお叱りを受けることはありますが、メンタルをやられたりはないですね。いざとなったら祖父が助けてくれると思うと、不思議と辛くないんです。まあ、さすがに頼れませんが」

 その後、後藤さんは本社に転勤になりその店舗を離れたが、祖父俊正さんは今でもアルバイトを続けているようだ。

<TEXT/山田ぱんつ>

―[話の通じないおっさんの末路]―