逮捕され、「幽霊ビル」に

コロナ禍が治まって東京・銀座に客が戻ってきたとはいえ、バブル期の“狂乱”とでも言うべき喧噪とは比べるべくもない。当時は、「夜の蝶」と呼ばれたホステスが華やかさを競い、土地や株で財を成したバブル紳士が札びらを切っていた。その頃、接待交際の舞台を提供していたのが、「源」を丸で囲んだ丸源ビルだった。

クラブやスナックが密集する社交ビル。オーナーは最盛期に銀座を中心に、赤坂、熱海、博多などに約60棟の丸源ビルを持ち、総資産2000億円といわれた川本源司郎氏である。1932年3月、九州・小倉(現北九州市)に生まれ、慶応大学卒業後、家業の呉服屋を継ぐが、収益を不動産に注ぎ込み、それが功を奏し、高度経済成長の波に乗って資産は膨らみバブル期にピークを迎えた。ただ、不動産の取得原価が安く銀行借り入れもしなかったためバブル崩壊には連座しなかった。

バブル紳士とは一線を画した川本氏だったが、趣味のように繰り返していた節税を国税当局が脱税と認定して摘発。2013年に逮捕起訴され21年1月、4年の懲役刑が確定した。以降、「銀座の大家」の動静はまったく伝わらなくなった。もともと独身を謳歌、丸源、丸源興産、丸源ビルなど幾つもの会社を設立していたものの、いずれも節税のためのペーパーカンパニー。社員はいないに等しく、刑務所に入る前にテナントを追い出し、丸源ビルは「幽霊ビル」の様相を呈していた。

死後、全物件の所有権が移転

その川本氏が、今年2月12日、91歳で亡くなっていたことが判明した。川本氏は個人資産として、銀座8丁目の「丸源25ビル」を所有していたのだが、4月26日、都内や福岡の6名の親族が、2月12日に発生した相続で取得。6月10日に東京・渋谷の不動産業者に共有者持分全部を移転し、同社が東京・港区の不動産業者に即日転売した。

川本氏が最後に残した銀座の物件は、「丸源25ビル」など8物件で、銀座の不動産事情に詳しい業者が、建ぺい率や容積率、路線価などを参考に弾き出した価格が7物件(1物件は未調査)で約370億円だった。8物件なら概算約400億円である。

8物件は、いずれも「川本不在」を映して廃墟化が進んでいた。「丸源15ビル」では外壁に取り付けられた看板の一部が落下して通行人がケガをする事故も発生、くすんだ外観と合わせ、メンテナンスの必要性が指摘されていた。

筆者が「丸源25ビル」の所有権移転に合わせ、全物件を調べたところ、今年3月から6月にかけて所有権が移転していることが判明した。登記申請中で不動産登記簿謄本を確認できない物件もあったが、全物件がいったん「丸源25ビル」で登場した渋谷の不動産会社の手に渡り、ほぼ同日転売の形で、上場不動産会社、不動産ファンド、あるいは豊富な資産で知られる企業グループへと売却されているのだった。

清算人に話を聞くと

興味深いのは、個人名義だった「丸源25ビル」以外の物件である。節税のために川本氏は、幾つもの法人を持ち、所在地を変えるなどして複雑な操作を繰り返していたが、昨年9月29日、川本氏は物件所有者である昭和観光(本社北九州市)と東京商事(本社北九州市)の清算人を辞任。同日、熱海に住む川本氏の知人の土木工事・設備会社代表が清算人に就任している。

清算が結了した法人でも復活登記をして結了前の清算法人に戻ることはできるが、亡くなる約4カ月半前に川本氏は何を清算人に託したのか。

「私が川本さんから頼まれ、弁護士が入り、契約を交わしてから売却しました。相続人もいるし、今は私の手を離れています。それ以上、話すことはありません」(清算人)

廃墟化した銀座の8物件は、今後、新所有者の元で再開発されることになる。いずれも築50年以上経過して老朽化しており、今はネットなどで防護している状態だが、解体して新築されるのだろう。

丸源ビル再開発案件に関し、関わった企業の口は重い。全物件売買に関わり、いったん所有権を取得して即日転売した渋谷の不動産会社は、ビル管理も委託され、その旨をビルに表示しているのだが、「取材に応じることはできない」とのこと。2物件を所有した資産家グループ企業も答えなかった。

400億円近い金額で売却

物件名は隠しながらも、公表した土地面積や延床面積から銀座8丁目の「丸源54ビル」を取得したことが明らかなのが、LAホールディングス(東証グロース)である。同社は、今年4月1日、「子会社による販売用不動産の取得に関するお知らせ」と題してIR(投資家向け広報)した。

公表したのは、<当社の直前連結会計年度(23年12月期)における純資産(152億1200万円)の30%に相当する額以上となります>という理由からだ。30%で約46億円である。前述の業者は「55億円」と弾いており、「銀座の大家」として一世を風靡した川本源司郎氏の最後の資産が、今年3月から6月にかけて400億円にそれほど遠くない数字で売却されたことになる。

ただLAホールディングスも口が堅いのは同じで、「どの案件を購入し、その使途が何であるかも含めてお答えできません」とのことだった。

20世紀の接待交際文化を体現した丸源ビルは、川本氏の死とともに消え去ったのである。

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