[画像] 排便後「お尻の拭き方」で差!膀胱炎の"新常識"


尿路感染症を防ぐための「お尻の拭き方」とは(写真:Yoshi/PIXTA)

なんらかの病原体が尿道から入り込み、膀胱や腎臓で炎症を起こして、痛みや不快感を引き起こす「尿路感染症」。多くの女性が一度は経験する可能性のある病気だ。

その尿路感染症にどうやら(というか、やっぱりというべきか)トイレ後のお尻の拭き方が影響するらしい――。この件についてまじめに調査研究を行ったのが、宮城中央病院内科部長で総合内科専門医の赤石哲也さんだ。

尿路感染症は圧倒的に女性に多い。

その要因の1つとして、女性の尿道が男性に比べて短く、また肛門に近いため、便に含まれる大腸菌などの病原体が、尿道を経て膀胱に入り込みやすいことが考えられる。

女性の尿道は陰部とも近接しているため、性交渉や月経期間中の衛生管理が不十分な場合にも、病原体が尿道に入り込みやすい。

子どものおむつ替えがきっかけ

「日頃のお尻の拭き方が尿路感染症のリスクになるかもしれない」と赤石さんが気づいたのは、日常のささいな出来事がきっかけだったという。

子どものおむつ替えの際に、お尻の下(肛門)から上(尿道)に向けて拭いていたところ、「お尻は上から下に向けて拭いたほうがいいよ」と妻に指摘された。その理由は「お尻の菌が尿道に入りやすいから」だった。

「この拭き方は、医療現場では寝た状態の患者さんの体を拭く際に実践されている方法なので、知っている看護師さんは多いようでしたが、僕は知りませんでした」

この指摘は理にかなっていると思った赤石さん。そのエビデンス(科学的根拠)を確認しようと調べてみると、そのような研究はまだ存在していないことがわかった。

「そこで、トイレ後の拭き方と尿路感染症リスクの関係を科学的に明らかにするために調査してみようと思いました」(赤石さん)

赤石さんは早速、トイレ(大便)後のお尻の拭き方と尿路感染症の発症リスクの関連を検討する研究として、2020年4月から2023年3月まで、東北大学病院と気仙沼市立本吉病院(宮城県)を受診した男女に対し、アンケート調査による横断観察研究を実施した。

参加者には、年齢や性別、「トイレ後にどのように拭くか」「過去に尿路感染症で通院歴が何度あるか」のほか、感染リスクを高める「糖尿病の有無」などの質問に回答してもらった。

結果として、30〜60代を中心に男性141人(年齢中央値47歳)、女性153人(同48歳)の計294人が回答した。

なぜ拭き方が尿路感染症のリスクに?

調査の結果、女性の68人(44%)、つまり女性の半数近くがトイレ後に、「前から⼿を⼊れて」拭いていることがわかった。残りの84人(55%)は、「背中側から手をまわして」拭いていた。このほか「拭かない」という人が1人いた。


一方、男性で前から手を入れる拭き方をしていた人は32人(23%)で、多くは手を背中側からまわす方法をとっていた。

「前から手を入れる拭き方」が女性に多いことについて、「女性は生理時に陰部を拭くことが多いので、そういう習慣がつきやすいのかもしれません」と赤石さんは分析する。

では、この拭き方のなにが問題なのか。

実は、前から手を入れると、指の動きの関係で後ろから前(肛門から尿道方向)に拭くことになるため、大腸菌などが尿道に入り込みやすいと想像される。

女性の場合、帯下(おりもの)などにも病原体が混ざっていることもあるので、この拭き方が日常的に繰り返されれば、尿路感染症を引き起こすリスクは高まる恐れがある。

実際、特に40〜59歳の女性で、この「前から手を入れる拭き方」と尿路感染症との間に、“偶然ではない有意な関連性”が示唆されたという。

ちなみに、この年代の女性に尿路感染症が多いのは、ほかにも理由が考えられると、赤石さん。

一般的に、尿路感染症はトイレを我慢しすぎたり、脱水があったりすることでも発症リスクが上がる。40歳を過ぎると体内の水分量が少なくなるため、水分摂取が足りていないと脱水になりやすく、さらに、若い頃より尿の勢いが弱くなることで、尿道内に侵入した病原体を排出する能力も低下して、リスクが高まる。

では、尿路感染症を防ぐためには、トイレの後、どう拭いたらいいのだろうか。

「前から後ろに向けて拭くのがベスト。背中側から手をまわせば、そのように拭きやすいです」(赤石さん)

一度身に付いた動作を直すのは大変かもしれない。ただし、これまでたびたび尿路感染症を経験している女性や、発症リスクの上昇が懸念される中年期女性は、この拭き方に改めることで、感染リスクを軽減できる可能性がある。

温水洗浄便座の使い方と感染リスク

近年、多くの家庭のトイレで温水洗浄便座が使われている。そのため、拭き方だけでなく、温水洗浄便座によるお尻の洗い方も尿路感染症に影響を与えているかもしれない。

赤石さんは今回の研究終了後、温水洗浄便座の使い方についても追加調査を実施したという。

その結果、人によってさまざまな使い方をしていることがわかった。「拭かずにいきなり洗浄し、そのあとに拭く人」や、「一度拭いてから洗浄する人」、「トイレットペーパーは一切使わず、洗浄と温風乾燥だけする人」などだ。

温水洗浄便座を使う際、トイレ空間の質の向上に取り組む一般社団法人「日本レストルーム工業会」は、以下のように注意喚起している。

■温水洗浄便座のご使用方法について

○おしり洗浄は排便後の局部周辺に付着した汚れを洗い流す機能です。
○ビデ洗浄は生理時など局部周辺に付着した汚れを洗い流す機能です。
○水勢は「弱」から試し、慣れたら徐々にお好みの水勢でご使用ください。
○温水温度は季節に応じてお好みの温度でご使用ください。
○おしり・ビデとも洗浄時間は10秒〜20秒を目安にご使用ください。

【ご注意】
●長時間の洗浄や洗いすぎに注意してください。また、局部内は洗わないでください。
※常在菌を洗い流してしまい、体内の菌バランスが崩れる可能性があります。
●習慣的に便意を促すためには使用しないでください。また、洗浄しながら故意に排便しないでください。
●局部に痛みや炎症などがあるときは、使用しないでください。
●局部の治療・医療行為を受けている方のご使用については、医師の指示を守ってください。

【警告】
化学療法を受けておられる方、免疫不全症の方など、極度に免疫力が低下して医師の治療を受けておられる方は、ご使用に際し医師にご相談ください。
身体への著しい障害をまねくおそれがあります。
(出典:日本レストルーム工業会HP「温水洗浄便座の使用上のご注意について」

温水洗浄便座の使用は関連なし

同工業会ではまた、温水洗浄便座の使用と尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)の関係についての研究も実施している。

この研究では、膀胱炎・腎盂腎炎の新規発症と、温水洗浄便座の使用に関連は認められなかったという(出典:日本レストルーム工業会HP「公衆衛生の専門研究者による研究成果の説明」)。

とはいえ、先に述べたように、温水洗浄便座の使い方は人によってさまざまだ。使い方による尿路感染症の影響については、赤石さんもまだ調査ができていない。

そのため、「あくまでも仮説」と前置きしたうえで、発症リスクを減らせる可能性の高い温水洗浄便座の使い方を教えてもらった。


温水洗浄便座を使う際に、これらのポイントを実践することで、尿路感染症のリスクを減らせるかもしれないという。

男性の場合はどうかというと、女性に比べて尿路感染症のリスクがそもそも低いこともあり、今回の研究では拭く方向と尿路感染症の間に有意な関連性は見られなかった。

ただ、男性もトイレ後には肛門の周りの清潔をこころがけ、性交後も尿道口を中心にしっかり洗うことが大事だと赤石さん。水分をしっかり摂って、尿で洗い流すのも有効とのことだ。

セルフケアで予防ができる病気

赤石さんは今回の研究を振り返って、65歳以上の高齢女性では十分に検討できなかったこと、女性の温水洗浄便座でのビデ洗浄後に拭く方向の質問をしなかったことを悔やむ。


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女性のビデの使用方法、生理期間中の衛生管理などが尿路感染症に与える影響については、今後の研究が必要だという。

「多くの人が日常生活で実践できる簡単な方法で、疾患リスクを減らせる手助けとなるかもしれない。尿路感染症についても、今後もさらに詳細な研究が進められ、新たな知見が得られれば、女性の健康や福祉向上に寄与することになるでしょう」(赤石さん)

たかだか、お尻の拭き方かもしれない。だが、尿路感染症を繰り返している人からしたら、セルフケアで予防ができるのであれば、試して損はないだろう。

(取材・文/石川美香子)


宮城中央病院内科部長(東北大学非常勤講師)
赤石哲也医師

2010年東北大学医学部卒業後、東北大学大学院医学系研究科、東北大学病院総合地域医療教育支援部助教等を経て、2024年より宮城中央病院内科部長。東北大学非常勤講師併任。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本神経学会専門医・指導医、医学博士。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)