[画像] 新NISAで人気の「NTT株」が5月から急落した深層


6月20日にグランドプリンスホテル新高輪で開かれた株主総会には、昨年の倍以上となる株主が参加した(写真:NTT)

「現在の株価水準について、皆様の期待に応えられていない点をたいへん厳粛に受け止めている」

6月20日に「グランドプリンスホテル新高輪」(東京都港区)で開かれたNTTの株主総会。同社のCFO(最高財務責任者)を務める廣井孝史副社長は、このように語った。

NTTの株価が目下、大きく下落している。年初に約170円で始まった株価は新NISAブームを追い風に急上昇し、1月下旬に年初来高値の192.9円を記録。その後も3月までは180円程度の高水準を維持していた。

ところが5月10日に2024年度の業績予想を発表して以降、下落傾向に拍車がかかり、足元では150円前後で推移する。6月18日には一時144円をつけ、2年2カ月ぶりの安値水準となった。

1月から新NISAが始まり、株式投資に対する社会的関心が高まる中、初心者向け銘柄の代表格とされるNTT。株価急落の背景に何があるのか。

株式25分割で株主は急増

NTTは2023年7月に1株を25株に分割した。2024年から始まる新NISAを前に、投資単位当たりの金額を引き下げ、個人投資家がNTT株に投資しやすくする狙いがあった。

分割直前の株価だと、1単元(100株)当たりの最低投資金額は40万円ほどだったが、分割後の現在の株価水準だと、1.5万円ほどから購入できる。


NTTの期待どおり、2023年度末の株主は186万人と、前年度末の92万人から倍増した。6月20日の株主総会の出席者も1277人に上り、昨年(502人)の倍以上に増加した。

株式分割を機に株主となり、総会に訪れたという東京都北区の男子大学生(21)は、「株に興味があったが、一口何十万円の株が多く学生だと手が出なかった。そんな時期に安くなったと聞いて買ってみた」と話す。

NTT株は市場で「ディフェンシブな高配当利回り株」(楽天証券経済研究所の窪田真之氏)と評価されている。

社会に不可欠な通信インフラを担う企業であるため、業績が景気動向に左右されにくい。配当利回りも平均より高水準で、プライム市場の単純平均利回りが2.12%(2024年5月現在、東京証券取引所調べ)なのに対し、NTTの利回りは3.44%(6月25日現在)だ。

価格が安く、誰もが知る安定した会社で、配当利回りもよい――。NTT株は、初心者にとって「手を出しやすい」条件がそろった銘柄だといえる。

それだけに、株価の突然の落ち込みに動揺した個人投資家も多かったようだ。総会の質疑では、株主の男性が「株価が下落してどうしたらいいか、株主は困っていると思う」と訴える場面も。この男性が株主に対する携帯料金半額といった還元策を提案すると、会場からは拍手が湧き起こった。

株価急落を招いた減益予想の中身

株価下落の主因とされる、5月10日に発表された2024年度の通期業績予想は、営業収益が13兆4600億円(前期比0.6%増)、営業利益が1兆8100億円(同5.9%減)、純利益が1兆1000億円(同14%減)と、微増収を確保するものの大幅減益の内容だった。5期ぶりの減益見通しとなる。一方、年間の配当予想は5.2円(前期5.1円)と増配を維持した。

楽天証券経済研究所の窪田氏は「NTT株は株式分割もあり、高配当利回り株として売買されていたが、(年初から株価が上がったことで一時)予想配当利回りがNTTとしては相当低い約2.6%まで下がった。それに加えて減益予想を出したことから株が売られ、株価が下がり始めると売りが売りを呼んで下げが続いた」と分析する。

減益予想は一見するとインパクトが大きいが、これは前期の反動要因が大きく、見かけの数字ほど悪い内容ではない。前期は局舎や土地などの不良資産の売却を一気に進めたことに伴い、約1000億円の営業利益を計上していた。2025年3月期はこれらが抜け落ちることになる。純利益の減益幅がさらに大きいのは、前期のインターネットイニシアティブ株の売却益がなくなるためだ。

もっとも、一過性の要因を除いても営業利益の予想は前期比で横ばい圏にとどまる。とくに事業環境が厳しく、足を引っ張ると見込まれるのが、固定電話を手がけるNTT東日本とNTT西日本だ。東西を含む「地域通信事業」の2025年3月期の営業利益は2900億円(前期比33.7%減)と大幅減益を予想する。

NTTは、東西向けの老朽化設備への対応や「コスト削減のためのコスト」などでの投資も計画していると説明する。決算発表時に、島田明社長は「東西は2024年度で計画する利益水準がボトムだ。いったんしゃがんで、ジャンプしたい」と語っていた。

しかし足元の株価動向をみる限り、市場からは、今期の減益計画が来期以降の跳躍を見据えたものとしては理解されていないようだ。

個人が買い、海外投資家が売り続ける

松井証券の窪田朋一郎シニアマーケットアナリストによれば、減益予想に失望して株を手放したのは海外機関投資家が中心で、個人投資家は株価の反発狙いで買い続けていたとみられるという。


株式総会に臨んだ島田明社長は「しっかり業績を高めて株価を上げるように一生懸命努力したい」と決意を語った(写真:NTT)

NTT株の足元の「買い残高」(信用取引で買われて決済が完了していない株式)は約2億9648万株(6月21日申し込み現在、東京証券取引所調べ)と、5月の決算発表時の約1.43倍に膨らみ、株価が下がる局面でも大きく増加している。

NTTは今期も増配の計画で、株価が落ち込んだ分、1月に約2.6%に下がった予想配当利回りは回復し、足元で3.5%程度まで上昇。株価の反転上昇を期待しつつ、高水準の利回りを好感してNTT株を買っている個人投資家は多いとみられる。

一方、海外投資家がNTT株を売り続ける理由について松井証券の窪田氏は、「海外投資家が日本株を買う理由に、日本にインフレが定着し、多くの会社で名目の業績が伸びるとの期待があった。だが、実態が『減益』となれば『全然話が違う』ことになり、失望売りが出ている。通信セクターは『脱デフレ』になっておらず、世間から取り残されている」と指摘する。

「デフレ」の象徴が、稼ぎ頭であるNTTドコモだ。

通信業界では菅前政権下で政府主導の携帯電話料金の値下げが進み、大手各社が低廉な料金プランを導入した経緯がある。「携帯料金は安くて当然」という意識が広く浸透し、インフレ下であっても値上げに踏み切るのは難しい情勢が続く。とりわけドコモは値下げの影響から抜け出せず、1ユーザー当たりの平均売上(ARPU)は今年度も減少が見込まれている。

島田社長も5月の決算説明会で、「価格転嫁については必要なタイミングで視野に入れたいが、今の段階ではあまり考えていない」と述べた。海外の機関投資家の視点からすれば、インフレ影響を価格転嫁で吸収しにくい事業環境が嫌気されている可能性がある。

具体的な成長戦略が見えづらい

NTTは2023年に発表した中期経営戦略において、成長分野に5年で約8兆円を投資し、2027年度にEBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)を4兆円(2022年度は3.3兆円)に拡大する目標を掲げた。

注力する次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」を着実に前進させつつ、金融など非通信事業の強化や、データセンターの拡張を成長の軸に据える。ただ、こうした中長期的な成長戦略が「具体的に競争力がある形になるかが見えない」(松井証券の窪田氏)部分もある。

株主総会で島田社長は、数週間前にグループ約950社による社長会を開催したことに触れ、「各社の社長も気合いを入れて、中期経営戦略を着実に進めることにベクトルを合わせてきた。しっかり業績を高めて株価を上げるように一生懸命努力したい」と決意を示した。

新NISAを代表する株式銘柄となり、個人株主を含め多くの投資家から期待を背負うことになったNTT。今後、成長戦略をより具体化させ、株価を反転回復させていけるかどうかが問われることになりそうだ。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)