間違いなく大器だ......。

 昨夏の甲子園、初出場だった宮崎学園の2年生左腕・河野伸一朗(かわの・しんいちろう)を見て胸が躍った。

 資料を見ると、身長189センチ、体重72キロという長身痩躯。最高球速は140キロと驚く数字ではないものの、投手としての資質の高さは明らかだった。

 長身投手ながらバランスのよいアクションで、リリースポイントが高い投球フォーム。右打者の内角低めにストレートが角度よく突き刺さると、えも言われぬ爽快感があった。

 突如制球を乱すシーンがあるなど、未完成ゆえ気になる点も多々あった。それでも、1年後には立派なドラフト候補になっているはず。そんな確信に近い予感を覚えた。


昨年夏、チームを初の甲子園へと導いた宮崎学園の河野伸一朗 photo by Sankei Visual

【バッティングのほうが自信あり】

 あれから半年あまりが経った2月、宮崎県宮崎市にある宮崎学園野球部グラウンドを訪れる機会に恵まれた。同校の崎田忠寛監督は投手育成に定評がある指導者だ。自身も投手で、長崎日大のエースだった1999年夏の甲子園では日大三から完封勝利を挙げている。指導者としても横山楓(現・オリックス)を育成した実績がある。

 まず河野の現状を聞くと、崎田監督は意外なことを口にした。

「ボールの質もコントロールも前よりよくなっているのはたしかです。ただ、私としては体づくりのためのトレーニングを重視してほしいんですけど、私の意図するところまではまだいっていない感じです」

 といっても、練習に対して不真面目というわけではない。その「方向性」で本人と監督の間にギャップがあるようだ。河野は時間を見つけてはバットを握り、打撃練習に精を出しているという。

 筆者が訪れた日は試験前の軽い練習だったが、河野は喜々とした様子でティーバッティングを披露してくれた。「楽しそうですね」と声をかけると、河野ははにかみながら「バッティングのほうが好きです」と答えた。単純に「打撃好きの投手」なのかと思ったが、河野は「バッティングのほうが自信はあります」と大真面目に言った。

 そういえば......と思い返す光景があった。昨夏の甲子園、左打席に入った河野はマウンドでの落ち着いた佇まいとはうって変わって、体を小刻みに揺らして構えに入った。まるで甲子園のバッターボックスが待ちきれないかのようだった。その後、ショート前にゴロを放つと、スピーディーな全力疾走で内野安打を勝ち取っている。

「昔から人よりもバッティングが得意で、ボールを飛ばすことに楽しみを覚えていました。甲子園で打てたのは楽しかったですね。小さい頃から運動が得意で、走ることにも結構自信があるんです」

 バッティングについて語る河野は、終始あどけない笑顔を浮かべていた。運動能力の高さを裏づけるように、崎田監督も「体育の授業では『そんなこともできるの?』と驚くことばかりで、バレーボールをさせてもすごいです」と証言する。

【昨夏の大会前に起きた事件】

 一方、ピッチングについて語る河野は、表情がキリッと引き締まる。

「自分がやらかしてしまうとチーム全体に迷惑がかかるので。だから常に集中しないといけないし、緊張感や責任感をすごく感じますね」

 自分の投球に自信がないわけではないが、チームの勝敗に直結する重責から野手ほどの解放感はないようだ。

 昨夏の大会前には、ちょっとした事件があった。練習試合でふがいない投球を続ける河野に、崎田監督から「もっと責任感を持て!」とカミナリが落ちた。それでも「大丈夫です」と返す河野に、崎田監督は「だったら結果を出せ!」と言い放った。

 当時の心境を河野はこう振り返る。

「あの時はたしかに練習試合で打たれていたんですけど、なぜか宮崎県内のチームであれば打たれない自信があったんです。監督にそこまで言われたら、夏に結果を残してやろう......と火がついたところはありました」

 そして、河野は夏の宮崎大会で5試合42イニングを投げ、チームを初の甲子園出場に導く。崎田監督は「6月頃のウチを知っている人なら、誰も甲子園に行くとは思っていなかったはずですよ」と苦笑する。

 文星芸大付と対戦した夏の甲子園は、手応えと課題の両面が残った。立ち上がりは「今日はいけるな」と思うほど好調だったが、中盤以降に制球を乱し、痛打を浴びた。守備陣の乱れもあって逆転を許し、7対9で初戦敗退。河野は被安打15と打ち込まれ、「キャッチャーの構えどおりいっても長打にされて、きついなと感じました」と明かす。

 あれから半年あまりが過ぎ、河野の身長は2センチ伸びて191センチに。崎田監督には苦言を呈されながらも、体重は75〜76キロに達している。温暖な宮崎の地でボールを握るたびに、河野は手応えを感じ始めている。

「フォームを改善しようと取り組んできて、球速が安定して出るようになりました。去年は体が早めに開いて、腕が遅れて手投げに近い感じになる悪いクセがあったんです。ボールの伸びもいい感じになってきて、最近スピードガンで141キロが出ました。春の大会では145キロを目標にしています」

 本人はそう語るものの、球速は河野という左腕の本質を評価するのにそぐわない指標かもしれない。軽い力感の腕の振りでも、ホームベースに向かって加速するような生きたボールが投げられる。現時点の河野を見る限り、その資質だけでも十分に思える。

 崎田監督はこんな期待を口にする。

「上の世界で体に力がついてくれば、すごいボールを投げるんじゃないかと思います。宮崎の子はおおらかでフワッとした子が多いんですけど、河野も細かいことは気にしないタイプ。もう少し気にしてほしいけど(笑)、プロになる人はそういう人が多いですよね。河野は大舞台でも物怖じしないですから」

【上の舞台で二刀流に挑みたい】

 気になる進路は熟考中だが、当然ながらプロ志望届の提出も視野に入れている。そして、河野は「できればですが」と前置きして、こんな希望を口にした。

「上でもピッチングをしながら、バッティングをしたい思いもあります」

 高校通算本塁打数は5本ながら、昨夏の宮崎大会では打率.471をマーク。新チームに入ってからの打率も4割台をキープしているという。

 はたして宮崎の鷹揚な大器は今春にどんな評価を手にするのか──。そんな期待をふくらませていたところで、残念なニュースが届いた。河野が体育のバレーボールの授業中に着地に失敗し、足首に重度の捻挫を負ったという。

 当然ながら、今春の宮崎大会は登板を回避してチームも早々に敗れている。現在は松葉杖を使わずに歩けるようになり、徐々にリハビリの強度を高めている。

 崎田監督はこんな希望を口にした。

「将来がある選手なので無理はさせないようにしていますが、夏には万全の状態でマウンドに戻ってきてくれないと困ります」

 まずは回復に全力を注ぎ、夏の大舞台に戻ってくることを祈りたい。