[画像] 大河原克行のNewsInsight 第280回 2024年は「AI PC」元年、日本HPは「パソコンの定義」から変える - 日本HP 岡戸社長に訊く(前編)

日本HPが、国内PC市場におけるブランド別シェアにおいて、2年連続で首位の座を獲得した。その同社が、2024年に注力するのが「AI PC」である。日本HPの岡戸伸樹社長は、「2024年はAI PC元年になる。この市場において、HPブランドをしっかりと定着させたい」と意気込む。一方、重点領域として、「革新的な製品とサービス」、「信頼のサプライチェーン」、「サステナビリティ」の3点をあげ、今後需要拡大が見込まれる日本のPC市場での成長戦略を加速させる姿勢をみせる。日本HPの岡戸伸樹社長に、2024年度の取り組みについて聞いた。前編では、日本HPのPC事業戦略にフォーカスした。

日本HPの岡戸伸樹社長

―― 日本HPのPC事業が好調ですね。

岡戸:IDC Japanの調査によると、日本HPは、2022年に続き、2023年も、国内PC市場のブランド別シェアにおいて、トップとなりました。四半期別では、9四半期連続でのトップシェアとなっています。法人向けPCの市況は徐々に回復し、Windows 11へのマイグレーション需要の顕在化や、根強いテレワーク需要もあります。今後、次期GIGAスクール構想によって、さらに市場は活性化するでしょう。また、個人向けPCは、コロナ禍の特需の反動や、外向け需要への支出の増加によって、想定よりも厳しい状況が長引いていますが、AI PCの登場などにより、今後、市況は上向くと予想しています。そのなかで、日本HPが市場をけん引する役割を引き続け担いたいと考えています。

―― 日本HPでは、PCの定義を「パーソナルコンピュータ」から「パーソナルコンパニオン」に変えました。改めて「パーソナルコンパニオン」の意味を教えてください。

PCの定義を「パーソナルコンピュータ」から「パーソナルコンパニオン」へ

岡戸:これまでのPCは情報処理が中心でしたが、AI PCの登場によって、より創造することに利用するシーンが増えてくると見ています。いままで以上に自分の付加価値を高めることをサポートしてくれるようになるわけで、まさに「コンパニオン(伴走者)」としての役割を果たすことになります。これまでのPCは、とっつきにくいところがあったり、後ろに隠れていたり、バックオフィスの生産性を高めるといった役割でしたが、AIの出現によって、テクノロジーが一気に身近になり、PCが私たちの横に来て、伴走者となりながら、創造性の高い仕事をアシストしてくれるようになる。これが、日本HPが打ち出しているパーソナルコンパニオンということになります。

―― 日本HPが投入するPCは、すべてパーソナルコンパニオンとなるのですか。

岡戸:パーソナルコンパニオンは、AI PCを前提としたメッセージとなります。ですから、すべてのPCがパーソナルコンパニオンというわけではありません。しばらくは従来型のパーソナルコンピュータも残ります。

―― つまり、パーソナルコンパニオンは、イコールAI PCであるということですね。

岡戸:そうなります。また、逆の言い方をしますと、日本HPが語るAI PCはなにかといえば、それはパーソナルコンパニオンであるといっていいと思います。そして、コンパニオン(伴走者)ですから、家やオフィスで利用するだけでなく、常時一緒にいる存在になります。日本では労働者人口が減少し、働き方改革が進むなかで、生産性の向上は避けては通れません。そうした課題に対しても、日本HPのパーソナルコンパニオンであれば、日本が抱える課題を解決する際の伴走者としての役目を果たせると考えています。ただ、現時点で市場投入しているPCや発表しているPCは、「AI PC」の前段階となる「AIテクノロジー内蔵PC」ということになります。ですからパーソナルコンパニオンも、AI PCが登場する今年後半以降に市場投入されることになります。

今年は「AI PC」元年となる公算

―― AI PCはインテルやマイクロソフトのメッセージが先行し、それぞれに明確な定義があります。日本HPのAI PCの定義はなんですか。

岡戸:インテルと同様に、NPUを搭載したものがAI PCとなりますが、日本HPの立場からすれば、インテルのCPUやNPUを搭載したものに限らないといえます。また、日本HPのAI PCでは、HPならではのデザイン性があり、同時に安全性を実現している点も特徴となります。AI PCが進展すれば、クライアントには、よりパーソナルな情報が蓄積されるわけですから、これまで以上にセキュリティは重要になります。安心、安全に使ってもらえる環境を提供することがより大切になります。つまり、AI PCは、利便性を高めるのと同時に、安心、安全を担保できるものでなくてはなりません。たとえば、HP Protect and Trace with Wolf Connectは、PCを紛失した場合に、電源が入っていなくても、PCの探索ができ、ロックしたり、データを消去したりできます。AI PCの価値を高めることができ、ここに日本HPならではAI PCを提供できるといえます。

HP Protect and Trace with Wolf Connectの概要

AI PCの登場によって、クライアントでAIの処理が実行できるようになることは、私たちに、大きな変化をもたらすことになります。PCが、いままで以上に生産性を高めることができ、付加価値が高いアウトプットを出せるようになり、よりパーソナライズした使い方を通じて、「伴走者」や「相棒」にならなくてはなりません。そこに、PCメーカーである日本HPならではのAI PCの差別化点があります。

―― ここ数年、日本HPが市場投入するPCに、日本市場からの要求が反映されているものが増えていますね。その背景にはなにがあるのですか。

岡戸:2024年4月に発表したEliteBook 635 Aero G11は、日本市場からのニーズを反映して開発したもので、世界に先駆けて日本で発売されるPCです。ご指摘のように、日本からの要求を反映した製品が増えているのは確かです。その理由はいくつかありますが、そのひとつが、日本における長期的なプランづくりが、モノづくりにも反映されているという点です。中長期プランでは、今後、日本のPC市場がどうなるのか、そこにおいて日本HPはどう事業を進めていくのかということを、製品戦略やGo To Market戦略などの観点から明確化し、その上で、日本の市場ニーズを本社に伝えています。

日本で先行発売するEliteBook 635 Aero G11

また、日本から提案が行われる製品は、グローバルに見ても成長の可能性がある領域の製品であることが認識されていたり、本社にとって、日本市場は積極的に投資を行う市場であると位置づけられていたりといったことも、日本の市場ニーズに合致したモノづくりが進められている理由のひとつです。また、日本は競争が激しい市場であり、その市場に対して差別化した製品を投入することに、本社がしっかりとサポートをしてくれるという状況が生まれています。

―― HP eSIM Connectのように、日本HP独自の製品展開も始まっていますね。

岡戸:HP eSIM Connectは、KDDIとの連携により、au回線を使用してノートPCの常時接続を実現するとともに、5年間の無制限データ通信を可能にした法人向けPCソリューションです。ハイブリッドワークが進展するなかで、シームレスにネットワークにつながり、しかも安全なネットワーク環境で利用することができます。また、この仕組みは、利用するユーザーだけでなく、IT部門においてもメリットが生まれる点も評価されています。物理SIMではないため、SIMの管理が不要になること、ネットワーク管理の負荷が下がるというメリットがあるからです。たとえば、新たに事業所を開設する際に、eSIMで接続することを前提として、機動的に拠点を立ち上げるといったことにも活用できます。日本のなかでコンセプトを作り、グローバルを巻き込みなから、日本でサービスインした事例のひとつです。

グローバル企業のHPにあって、日本HP独自の展開でもある「HP eSIM Connect」

日本の市場では、軽量、モバイルに対して、高いニーズがあります。軽量という点では、Dragonflyや今回のAeroによる提案を行い、モバイルではeSIM Connectによる提案を行っています。これらが、日本市場にどう受けられるのかといったことは、グローバルからも高い関心が寄せられています。日本のお客様のニーズは先進的であり、HPの製品開発に強い影響を与えています。今後、HPは、どう差別化していくか。その方向性のひとつを示す役割も担っています。

日本独自のソリューションとしてHP eSIM Connectを投入した

―― 日本HPは、ハイブリッドワークを、日本における成長機会のひとつに位置づけています。自らも柔軟な働き方を実践していますが、この分野ではどんな強みを発揮できますか。

岡戸:ハイブリッドワークが日本の社会に定着しはじめ、都内では約5割の企業がハイブリッドワークを行うことができ、全国でも約3割の企業がハイブリッドワークを実施できるようになっています。日本HPでも、週1日はオフィスに出社する「フレックスワークプレイス制度」を採用していますが、2023年12月〜2024年2月の社内調査によると、リモートワークを週3日以上行っている社員は38%、週2日〜3日が28%、週1日程度が34%となっています。リモートワークは、業務内容にあわせて、個人の自由裁量で選択できるようになっており、ほぼすべての社員が、週1回以上のリモートワークを活用しています。いわば、社員は働く場所の選択権を持って仕事をしており、「オフィスの民主化」といえる状況が生まれています。こうした動きが広まってくると、これまで以上に、ハイブリッドワークの体験向上が重要になります。具体的には、カメラや音声に対する品質がより求められてくるわけです。HPは、2022年9月にPolyを統合しましたが、製品同士の組み合わせだけでなく、PCのなかにもPolyのテクノロジーを取り込み、PC本体の音質や画質を強化しています。これもハイブリッドワークへのニーズに対応したものだといえます。

PCのなかにも「Poly」のテクノロジーを取り込む

また、どこからつないでも、安心安全にデバイスを使える環境の実現も重要になります。先に触れたeSIM Connectは、公衆Wi-Fiにつながなくて済みますから、セキュリティリスクを下げることができます。また、持ち運びが増加することで紛失の危険性が高まりますが、HP Protect and Trace with Wolf Connectでは、電源がオフになっていても、位置を特定したり、データを消去したりといったMDMが実現でき、安心、安全に大きく貢献します。さらに、プライバシースクリーンソリューションであるHP Sure Viewでは、キーをひとつ押すだけで、独自の反射テクノロジーによって、他人から画面をのぞき見されることがなくなり、プライバシーを守ることができます。

ハイブリッドワークでは、生産性の実現とともに、安心、安全を担保することは、柔軟な働き方の実現において欠かせないものです。ユーザーにとっても、IT管理者にとっても、ITを「攻め」のツールとして活用する際に、しっかりと「守る」という観点でのソリューションを提供できます。

写真は、岡戸社長の実際の自宅ハイブリッドワーク環境。意外にもキーボードとマウスまでゲーミング仕様なのが目を引く。大容量インクタンクモデルのプリンタは今年から新たに導入したそうだ

―― HP Endpoint Security Controller(ESC)の新たな発表では、量子コンピュータによるファームウェアの改ざんから守ることができる世界初の法人向けPCを実現したと宣言しました。まだ、量子コンピュータが一般化していないこの時期に、ESCを発表した狙いはなんですか。

岡戸:刷新したHP Endpoint Security Controller(ESC)チップを搭載したPCでは、機密データと規制対象データの管理性と保護を実現する最先端のセキュリティを提供することができます。調査によると、専門家の27%が、50%の確率で、2033年までに暗号解読可能量子コンピュータ(CRQC)が実現する可能性があると指摘しています。もちろん、量子コンピュータは、現時点では多くの人が自由に使えるものではありませんし、それが実現するのは、はるか先の話との予測もあります。しかし、PCのライフサイクルを考えた場合、将来の脅威への対応は、いまから必要です。日本企業におけるPCの買い替えサイクルは、4〜5年であり、その時点における脅威を、いまから想定しなくてはなりません。つまり、いま、日本HPのPCを購入してもらえれば、4〜5年後に量子時代が少し早く訪れたとしても、安心して使ってもらえることができます。このように、日本HPは、5年後の脅威を想定したPCを市場投入しているわけです。セキュリティ事故の多くは、クライアントで発生しています。専用セキュリティマイクロプロセッサによって、5年後の脅威にも対応することは、ハードウェアメーカーとしてやらなくてはならない責務だといえます。量子コンピューティングによる攻撃の脅威が年々現実味を増してくるにつれて、この機能は、ますます重要になってくると予測しています。

「量子コンピュータによるハック」は将来の脅威と思われるが、先んじて対策の手を打った

―― 2022年8月名に買収したPolyは、日本HPの事業成長を下支えする役割を果たしていますか。

岡戸:Polyは、昨年、HPのオペレーションのなかに完全に統合され、ハイブリッドワークを支えるプロダクトとしての準備が完了しました。日本HP全体として、提案の幅が広がり、リーチができる層も広がったという効果があります。また、ハイブリッドワークの観点でも、会議室のオンライン化にはまだ課題が多く、そこにビジネスチャンスがあります。会議ソリューションであればPolyというイメージを日本で定着させることにも注力します。さらに、PCと組み合わせて利用することでのメリットも、より積極的に提案していきます。パーソナルコンパニオンとして、AIが活用されるようになると、映像や音声などの性能向上に向けて、Polyの周辺機器をより効果的に使いたいといったニーズが生まれると考えています。2024年は、Polyのビジネスも、さらに大きな飛躍を目指すことになります。

現在展開しているPolyブランドの周辺機器群

―― ゲーミングPCについては、日本では、どんな取り組みをしていきますか。

岡戸:ゲーミングPCは、これからの市場成長が期待され、日本HPにとって重要な戦略テーマです。引き続き、力を入れていきます。また、ハイブリッドライフは、日本HPが力を注ぐ領域であり、そこにゲームミングPCによる提案を行っていきます。たとえば、ひとつのPCを利用しながら、ゲームを楽しんだり、クリエイティブな仕事に使ったりといったように、PCを利用する範囲が、生活や仕事、創作活動といったような区切りがなくなっていますから、ゲーミングPCも、ゲームだけに使うという提案だけでなく、もっと広い用途での活用も提案していくことが大切だと思っています。そのひとつが、軽量ゲーミングPCを持ち出して仕事にも利用するという提案です。CES 2024で発表し、話題を集めたOMEN Transcend 14 Gaming Laptop PCは、14型ゲーミングノートPCとしては最軽量となる1637gを達成し、スリム化も実現しました。ビジネスPCに比べると、軽量、スリムとはいえないのですが(笑)、これであれば、高い性能のまま持ち出すことが可能です。

14型ゲーミングノートPCとしては最軽量となるOMEN Transcend 14 Gaming Laptop PC

HPの成長をけん引する「ハイブリッド」の大きな軸として、ゲーミングPCが位置付けられている

また、HyperXによる周辺機器にも力を注いでいます。ゲームは、総合体験が重要ですから、音声や映像のほか、マウスなどの操作性でも優れたものを提供し、HyperXとともにゲーミングライフを楽しんでもらえるような製品戦略を進めていきます。2024年1月のCESでは、超軽量でコンパクトなマウスや、カスタマイズ可能なキーボード、さらにはHyperXブランドでは初めてとなるバッグなど、ゲームを楽しむ人々のニーズに対応したアクセサリやグッズの拡充を発表しています。日本でも、4月後半から順次投入していきますので、ぜひ楽しみにしていてください。

新たに発表されたHyperXの製品群

―― 日本のゲーミングPC市場の拡大に向けては、どんな仕掛けをしていきますか。

岡戸:OMENによるコアゲーマーに対する訴求に加えて、VICTUSによるゲーム市場の裾野拡大に加えて、HyperXでは、利用提案の深堀りと裾野の拡大を目指します。また、ゲームをコミュニケーションの入口として活用するケースもありますから、それにあわせた提案も行っていきます。さらに、タッチ&トライの場を作ることも重要であり、量販店と連携しながら、お客様へのリーチを広げていくことも考えています。現在、ゲームタイトルとのコラボレーションを進めおり、PCオンラインゲームの「リーグ・オブ・レジェンド(LoL Esports)」、「VALORANT(VCT)」、「チームファイト タクティクス(TFT Esports)」を発売するライアットゲームズとは、広範なグローバルパートナーシップを締結し、日本でもプロモーションを開始しています。2024年は、ゲーミングPCの裾野拡大に向けて、様々な取り組みを進めていきます。

OMEN、HyperXで、ライアットゲームズとグローバルパートナーシップを締結

―― 2024年7月には、「東京生産」(MADE IN TOKYO)がスタートしてから25周年の節目を迎えます。ここでは新たな取り組みは予定していますか。

岡戸:実は、これまでは、5営業日でPCをお届けしていたのですが、最短で翌日発送するというサービスを、2024年2月から開始しました。25年間で初めての取り組みです。対象となるのは、公式オンラインストア であるHP Directplusで販売している個人向けPCや一部周辺機器で、午後4時30分までに注文をいただければ、翌日に発送します。早く欲しいというお客様のニーズに応えたものになります。

HPの「MADE IN TOKYO」は25周年の節目を迎える

今後、国内PC市場は、Windows11へのマイグレーションやNext GIGAスクール構想などにより、需要が急拡大することが見込まれいます。東京・日野の東京生産の拠点を活用して、旺盛な重要に対しても、メーカーとしての供給責任を果たせるように体制強化を進めていきます。

HPのPC、東京生産の強みとは?

現在、MADE IN TOKYOでは、デスクトップPCやノートPC、ワークステーションのすべてを受注生産しており、約30種類の製品において、数10万通りの組み合わせに対応することができています。また、生産ラインでの自動化による生産性向上も進めています。日本HPでは、サプライチェーンの強みを発揮しながら、需要が集中したときにも、カスタマイズをしながら、安定供給できる体制づくりを目指していますが、これは、東京に拠点があるからこそ実現できるメリットであり、大きな差別化になると考えています。

(後編へ続く)