「子どもが仕事や自分の家族を犠牲にして介護を優先する姿を見て、親は幸せだと思えるでしょうか」

働きながら親の介護をする「ビジネスケアラー」が増えている。「親はまだ元気だから大丈夫」と思っていたら、ある日突然、仕事か介護かの選択を迫られることも。 

“仕事との両立可能な介護”の実現に向けて、ビジネスケアラーがやるべきこととは――。 

両立できずに離職を決めた西崎愛奈さん(仮名・49歳)の体験を一つの事例に、前編、後編の2回にわたって考察。企業の介護支援コンサルティングを行うNPO法人「となりのかいご」代表の川内潤さんへの取材を中心に後編をお届けする。 

早急な課題は「介護=親孝行」というマインドのリセット

介護は親孝行になる、だから自分の手でやり遂げたい――

ビジネスケアラーには、こうした思いで介護を頑張る人が少なくない。

しかし、NPO法人「となりのかいご」代表の川内潤さんは、『介護=親のそばにいる=親孝行』とするこのマインドが、仕事と介護の両立に悩むビジネスケアラーの最大の問題だと指摘する。

「気持ちは素晴らしいし共感もします。ですが、私は間違いだと思っています。 

親孝行になるから、親の望みはできるだけ叶えてあげたい。そう思って頑張るほど、疲れて余裕がなくなり、優しく接することができなくなります。 

親の寝顔を見て『もう目覚めなければいい』と思うほど苦しい状況に追い込まれるかもしれない。仕事を辞めてそこまで頑張る介護が果たしていい介護でしょうか。また、子どもが仕事や自分の家族を犠牲にして介護を優先する姿を見て、親は幸せだと思えるでしょうか」

例えば、『安心できる介護サービスがないから、私が仕事を辞めてそばにいる』『デイサービスから帰宅した親を一人きりにはしておけないから時短勤務を利用する』といったビジネスケアラーがいる。

だが――。 

「要介護者は、一日中誰かに見守られることを望んではいませんし、介護保険制度の“自立支援”という点で見ても本人のためになりません。また、デイサービスに行ける人が、家に帰ってから一人でいられないはずもない。『自分がそばいなければ』という思いは、親のためではなく、自分の不安を解消するためのものになっていないでしょうか」

前編では、ヘルパーを拒否した母親のために離職を決意し、約一年間、自宅と実家を行き来しながらの介護生活を続けた西崎愛奈さん(仮名・49歳)のケースを紹介した。西崎さんは、川内さんの指摘通り、介護優先の生活を送るうちに余裕がなくなり、母親に優しく接することができなかったことを悔いていると語った。

そして今、少しだけわかったことがあると教えてくれた。

「当時は私なりに母親が望むことをしたつもりなので、なぜ母は私に不満ばかり言うのかがわかりませんでした。でも私がしていたことは母が望んでいたことではなかったのかもしれません。 

例えば、こんなことがありました。亡くなる数ヵ月前の母は、家の中で度々転んでいたようで、ある朝実家に行くと、蛇口から水が出っぱなしのままキッチンの床に座り込んでいて。そんな母を見て、ますますそばにいるのが正しい介護だと思ってしまった。

『危ないからキッチンに立たないで』と怒りながら翌朝の朝食の支度をして帰る私に『朝食まで作る必要はない』と激怒する母の言葉の意味を、私は考えようとはしませんでした。 

今思えば、母はきっと転倒を未然に防ぐことより、転倒しようが自分の家で自由に動くこと、そして、娘の怒った顔ではなく笑っている顔を望んでいたのかな、と。 

でも、近くにいればどうしても気になってしまいます。だから離れて暮らす姉のように、物理的な距離を置くか、または何があっても気にしない覚悟、動じない覚悟を私自身が持つべきだったのかなと思うのです」 

子どもがやるべきことは直接の介護ではなく「プロのアシスト」

介護が難しいのは、要介護者一人一人に必要な介護があり、それぞれで違うこと。自分のためになる介護、自分らしく生きるための介護は本人にも見えていない。だからこそ、専門性のあるプロの客観的視点が必要だと、私たち子どもも理解するべきなのだろう。

もっとも要介護者とプロとのマッチングは運次第。経験不足や配慮不足のケアマネージャーやヘルパーに当たる可能性は十分にある。

そのため、子どもが親が気に入るまでケアマネージャーを探したり、デイサービスの数が少ない地域だからと都会への引っ越しを決断したりするケースもあるという。川内さんは言う。

「私はそこに子どもが責任を負うべきではないと思っています。その地域に住み、サポートを受けるのは要介護者自身。本人がどう受け入れるか、子どもは黙って見守るしかないと思うのです。 

“その人らしく生きるための介護”は、プロだとしてもトライ&エラーを繰り返さなければ見えてきません。私も経験しましたが、実に難しい。最初から心を開いてくれるわけではないので、最適なアプローチ法がわかるまで、手探りで試してみるしかない。 

その過程で重要になるのがご家族のアシストです。要介護者の性格、生活習慣、どういう生き方をしてきたのか、介護する側にはわかりません。そういった情報をご家族から伺い、これまでの人生とこれからの人生を想像する中で、生活維持のためのモチベーションが見え、本当に必要なケアに辿り着けるのだと思いますし、辿り着くまでのプロセスもまた、要介護者のためのケアなのです。そう考えると、やはり子どもがやり遂げること=いい介護とは言えないのではないでしょうか」

子どもがやるべきことは直接の介護ではなく、あくまでプロのアシスト。親が自分らしく生きられるよう適切な情報を提供し、介護体制を整えることにある。

会社の介護休業制度は、介護をするためではなく、こうした体制を整えるために活用するべきだという。

「多くのビジネスケアラーは、親の介護が必要になったとき、まず有給を使って介護に当たり、『もっと休まないと介護ができない』と慌てて初めて介護休業制度の申請をします。つまり、直接介護のために制度を活用している。それでは仕事を休む=介護を続ける手段になり、離職につながってしまいます。ですから、介護休業制度は、直接介護のためではなく、プロの方々と万全の介護体制を整えるために活用してほしいのです」

介護はある日、突然始まるケースも多い。親が元気なうちから、『介護=親孝行』というマインドをリセットし、介護が必要になったときに相談する“地域包括支援センター”の場所と、何をどうサポートしてくれるのか、その内容を確認しておきたい。

「電話1本でも構いません。親が暮らす地域には、どういうサポートがあるのかを尋ねてみてください。これだけでもしておくと、いざというときに相談しやすいと思います。また、勤務先に相談窓口がある場合は、まずはそこに相談するのがいいでしょう」

川内 潤 NPO法人「となりのかいご」代表理事。1980年生まれ上智大学文学部社会福祉学科卒業。 老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、’08年に市民団体「となりのかいご」設立、 ’14年にNPO法人化。

取材・文:辻啓子