いよいよ東京地検特捜部が12月19日、自民党最大派閥の強制捜査に入った。政治資金パーティー券の販売ノルマを超えた分を所属議員にキックバック(還流)していた裏金疑惑で、特捜部は最大派閥「清和政策研究会」(安倍派)と志帥会(二階派)の関係先を家宅捜索するとともに疑惑議員や秘書らの聴取を重ねており、疑惑解明を急ぐ。捜査のメスが入ったことで岸田文雄首相が率いる自民党はどうなるのか。政界事情に詳しい経済アナリストの佐藤健太氏は「岸田政権は全てが後手。支持率は年明けにも一ケタに向かい、退陣不可避となるのではないか」と見る。

政府・自民党側の危機感はあまりに薄く、その後の対応も後手に回ってきた

 家宅捜索が入ったのは、安倍派と二階派の事務所だ。99人が所属する安倍派は議員の大半がキックバックを受け取っていたとみられ、その総額は最近の5年間だけで5億円超に上るとみられている。二階派は収入約1億円を記載していなかった疑いが持たれている。

 これまで特捜部は派閥の会計責任者や秘書から任意で聴取し、関連資料の提出を求めるなど捜査を進めてきたが、実態を解明するためには派閥事務所の家宅捜索が欠かせないと判断。押収した資料の分析を急ぎ、議員本人への聴取も並行して進める方針だ。

 自民党や岸田政権で中核を担ってきた議員が捜査対象となる中、特捜部は政界への影響を慎重に見極めてきた。ただ、政府・自民党側の危機感はあまりに薄く、その後の対応も後手に回ってきたと言える。

「細田氏主導論」にいたっては、まさに「死人に口なし」

「スタッフはきちんと処理していたはずだ。でも、派閥の会計責任者がしっかりとやっていなかった。何をやっているんだ、と怒っておいたよ」。特捜部の捜査が間近に迫る中、ある自民党の閣僚経験者はこのように漏らしていた。つまり、派閥に所属する議員たちは慣行に従っていただけであり、派閥側が「悪」と切り捨てていたのだ。実際、そのような「派閥側=悪玉論」の構図によるニュースが最終局面でしきりに流されてきた。

 安倍派にいたっては、11月に死去した細田博之前衆院議長が清和政策研究会を率いていた頃、キックバックの金額について所属議員に具体的な指示をしていたとの話まで報じられている。事実関係の詳細は捜査や裁判の行方に委ねられることになるが、特捜部によるメスが入る直前になって「会計責任者がー」「秘書がー」とアナウンスされることに辟易とした人は少なくないだろう。「細田氏主導論」にいたっては、まさに「死人に口なし」だ。ネット上には「また、このパターンで幕引きか」「誰が人身御供になるのか。いよいよロシアンルーレットが始まった」といった声も漏れる。

インボイス制度導入した人たちが法律を逸脱

 「安倍派と二階派へのガサ(家宅捜索)は12月14日に入る。事実関係を否認すれば、即逮捕もあり得る」。臨時国会が閉会する同13日の直前、政府・自民党内にはこうした情報が駆け巡った。11月半ばには政府・自民党の一部に「強制捜査やむなし」との捜査当局の意向が伝えられていたとされるが、この時点で危機感はほとんど見られなかった。「議員が身柄をとられることはない。そんなことをすれば検察によるクーデターだよ」といった声もあったほどだ。

 特捜部による強制捜査が入ったのは国会閉会から週をまたいで火曜日だったが、その間に少なくない議員がキックバックの不記載を認めた。事実関係を自ら認めれば立件されることはないとの見方が広がり、特捜部出身の元検事も「議員本人をあげる(立件)にはハードルがある」と見る。

 ただ、正確な所得を把握するためのマイナンバーやインボイスが導入され、国民は1円単位での管理・提出が求められている。そうした中で法律をつくる側の国会議員が法を逸脱していたにもかかわらず、政治資金収支報告書を訂正すれば何ら問題ないと判断されるのであれば、もう国民はやっていられない気持ちになるのではないか。

政治資金規正法が「ザル法」であるのは間違いない

 岸田首相は政治資金規正法の改正も含め、今後の対応を検討していく考えを見せている。自民党の茂木敏充幹事長も「法改正を含め、透明性が確保できるような素地を早急に検討しなければいけない」と語り、パーティー券代の銀行振込などによる透明化を念頭に入れる。政治資金規正法が「ザル法」であるのは間違いないが、現在の法律であっても逸脱せずに収入と支出を適正に記載すれば透明性はあるはずだ。それをしないことが問題なのであって、法改正すれば必ず解決できるものでもない。論点がずらされることがないよう国民は今後の対応を注視する必要があるだろう。

 もちろん、特捜部が強制捜査に入ったからといって「即有罪」ではない。あくまでも現在は事件化した段階であり、捜査や裁判の行方を見守ることが重要だ。だが、岸田首相は疑惑報道がなされた段階で「安倍派切り」に踏み切った。官房長官を務めていた松野博一氏や経済産業相だった西村康稔氏を事実上更迭し、鈴木淳司総務相と宮下一郎農林水産相も交代させた。5人の副大臣や政務官らも辞任を余儀なくされている。

いよいよ「支持率一ケタ」が現実味

 「一体、岸田は何を考えているんだ!」。清和政策研究会で最高幹部を経験した人物は、最近まで首相が率いていた「宏池会」(岸田派)の閣僚経験者に電話し、岸田氏への不満をぶちまけている。安倍派には、岸田首相を最大派閥が支えてきたからこそ支持率が低空飛行を続けていても政権運営ができてきたとの強い自負がある。だが、疑惑段階でハシゴを外されるのであれば、今後は岸田政権と距離を置かなければならないといった怨嗟の声が噴出する。

 「もう安倍派は『解体』してもらうしかない。それができなければ岸田氏は退陣するしかなくなるよ」。岸田派のベテラン議員は「安倍派切り」のみならず、事実上の派閥解体に持ち込まなければ岸田政権の退陣は不可避と見る。

主を失った安倍派は漂流し、崩壊寸前の危機

 「数を誇ってはいけない。これだけ数があればなんでもできると思ったところから崩壊が始まる」。かつて最大派閥を率い、今も隠然たる影響力を持つとされる森喜朗元首相は2022年5月、安倍派の政治資金パーティーでこのように語っている。同派は2000年以降、森喜朗・小泉純一郎・安倍晋三・福田康夫という4人の首相を輩出。今年には所属議員が一時100人にまで膨らみ、「清和にあらずんば、自民党にあらず」との強い自負がはびこっていたように映る。

 だが、旧田中派や旧竹下派も100人以上になると分裂した。2022年7月の安倍氏死去後、「5人衆」を中心とする集団指導体制で運営してきたのは、後継会長を選ぶ段階になると一枚岩になれず派閥分裂につながる恐れがあったからだ。森元首相の言葉は現在の安倍派の苦境を予言していたようでもある。

 政界でモノを言う「数は力」で主要閣僚や党の政策責任者、国会対策責任者、参院幹事長という重要ポストを獲得してきた最大派閥。「100人のジンクス」を克服できず、主を失った安倍派は漂流し、崩壊寸前の危機にあると言える。

 不支持率が7割に上る中、安倍派議員を閣僚や党幹部から事実上更迭するという決断を下した岸田首相。疑惑が浮上していない安倍派の政務官は更迭せず、「安倍派一掃」は見送ったものの、自らの求心力低下に拍車がかかることへの焦りは隠せない。

すでに退陣カウントダウンが始まっている

 毎日新聞が12月16、17日に実施した調査によれば、支持率は11月調査時から5ポイント減の16%となり、内閣発足以来最低を2カ月連続で更新。不支持率は79%にも達した。同じ時期の朝日新聞による調査では支持率23%、共同通信は22.3%でそれぞれ最低を更新している。朝日新聞の調査では自民党の政党支持率も23%に下落し、2012年12月の政権復帰後最低となった。ただでさえ、不人気が続いてきた岸田政権の支持率は直近の世論調査で底が抜けた状態にあり、いよいよ「支持率一ケタ」は現実味を帯びる。

 来年夏の自民党総裁選を見据え、自らの障害となりそうな安倍派を切ることにはスピード判断を下すものの、すべての派閥解体や規正法への「連座制」適用などには踏み込む気配を見せない岸田首相。マスコミ各社が毎週のように世論調査を展開するようになった今、岸田政権とは距離を置く閣僚経験者の1人はこうつぶやいた。

 「すでに退陣カウントダウンが始まっていることを岸田首相は知るべきだ」

 岸田氏は辞任に追い込まれるのか、それとも一か八かの衆院解散に打って出るのか。今年の漢字一文字を「克」とあらわした首相が窮地をしのぐ手は極めて限られている。