日本では貧困層と富裕層の格差が拡大し、過去20年間「賃金」が下落し続けています。このような状況に陥ってしまったのは、一体なぜなのでしょうか。経済アナリスト・神樹兵輔氏の著書『世界一役に立つ 図解 経済の本』(三笠書房)から、一部抜粋してお伝えします。

日本の「親ガチャ」の実態…「貧しさ」が連鎖する

♦「格差社会」「貧困連鎖」とは?

「親ガチャ」の言葉が象徴するように、日本では「格差社会」の広がりが深刻です。親が貧困なら子どもは満足な教育機会にも恵まれず、子どもも貧困になる「貧困の連鎖」が続きます。

実際、東大生の親の6割以上が年収950万円以上です。日本の平均世帯年収が564万円(中央値440万円)程度であることを考えれば、東大生の親の所得水準は相当な高さです([図表1]参照)。

[図表1]「格差社会」「貧困連鎖」とは?

かつて1970年代の日本は「一億総中流社会」といわれ、終身雇用の安定社会でした。1991年4月に訪日した旧ソ連(同年12月に崩壊)の指導者ゴルバチョフ大統領をして、「日本は世界で一番成功した社会主義国」といわしめるほどでした。

では、いつ頃から格差や貧困が広がり始めたのでしょうか。それは、1990年にバブルが崩壊し、1997年の金融危機(山一證券などが破綻)から、恒常的デフレに陥るとともに、「グローバル化」が拍車をかけた過程にあったといわれます。

転機となったのは、86年に「労働者派遣法」が制定されたことです。当初は表向き専門性の高い業務のみ労働者派遣事業が認められていたはずが、法改正によって、さまざまな業務にまで広がったのです。

派遣先にすれば、「交通費ナシ」「賞与ナシ」「退職金ナシ」「福利厚生ナシ」で人件費の圧縮に寄与し、不況時の雇用調整も正社員よりしやすいことから、年々増えていったのです。

労働者にとって、短時間勤務など、本人の事情に応じた柔軟な働き方ができる点は利点ですが、望まないのに「非正規」を強いられる人もいます。

◆「日本全体が貧困」になるシステム

派遣業界はスタートから「禁止業種への派遣」「無許可・無届派遣」「偽装請負」「二重派遣」など、多くの問題点を抱えていました。

今では非正規雇用(パート、アルバイトなど)が全雇用者の4割近くを占め、うち派遣労働者は約6%(140万人)に及びます(2021年・総務省の労働力調査より)。

そして、非正規雇用の大きな課題として「給与の低さ」が挙げられます。非正規社員の給与は正社員の6割強にすぎないからです。これが格差の拡大につながっていきます。親が貧困だと子どもも貧困になる⇒子どもが貧困だとその子も貧困になる⇒その子どもの子が貧困だとさらにその子も貧困になる、という、貧困の連鎖が生じるのです([図表2]参照)。

[図表2]「親ガチャ」貧しさが連鎖する国・日本

日本の労働環境には、改善しなければならない問題が多く残っているのが現状です。

このままでは富裕層と貧困層の差は広がるばかりです。賃金を減らすばかりでは、消費も伸びず、GDPも縮小します。結局、企業の首を絞めるのです。

OECD加盟38ヵ国で日本だけが「賃金下落」

♦日本人の「平均年収」の問題点

日本人の賃金は下がり続けています。[図表3]のOECD(経済協力開発機構)がまとめた平均年収の表を見ると一目瞭然です。平均年収は米国やルクセンブルクなどが7万ドル台と高い一方、日本は約4万ドル台に留まっています。

[図表3]「安い日本」平均年収はOECD加盟国で24位

過去20年間で賃金が下落した国は、OECD加盟38ヵ国で、日本だけでした。かつて1990年代初頭には、米国に次ぐ世界第2位の賃金の高さを記録した日本なのに、今はこんな厳しい状態なのです。

日本で賃金が一番高かったのは1997年ですが、この年はバブル崩壊の不良債権処理が長引くなかで金融危機が発生し、金融機関の破綻が相次ぎました。そこから恒常的な「デフレ」に陥り、デフレは物価を下げるとともに賃金にも「下押し圧力」を働かせました。また、前述のように、1990年のバブル崩壊以降、日本では低賃金の非正規雇用の労働者が増えていき、その比率は今や労働者の4割近くにも及びます。コロナ禍になる前までは生産労働者の減少もあり、人手不足も叫ばれましたが、経済学の教科書通りにはならず、企業は正規雇用(正社員)の採用には極めて慎重だったのです。

賃金の上がらない理由は、いろいろ挙げられますが、大企業がバブル崩壊以降、人件費に警戒心を強め、執拗に賃金アップを抑制してきたのが大きな原因です([図表4]参照)。

[図表4]「安い日本」この国の賃金だけが低い訳

2022年度の企業の内部留保額が約555兆円の過去最高額に膨らんだことや、労働分配率の低下を見ても明らかなのです。

◆内部留保を貯め込む大手企業

内部留保とは、企業の純利益から税金や配当、役員賞与などを引いた残りで、「利益剰余金」「利益準備金」と呼ばれるものです。いわば「企業の儲けの蓄積」なのです。

また、アベノミクスの円安効果で、輸出大企業ほど円換算の儲けが増え、輸出売上げは「消費税率0%」(かからないということ)ですから、結果として仕入れの消費税分が還付されます。「戻し税」といわれるものです。大企業の場合、輸出の売上げが巨額になるので「戻し税」は10兆円にも及びます。政権与党への大企業からの政治献金が、大企業優遇の政策につながるとの指摘もあります。

賃金が伸び悩むと消費はさらに冷え込みます。インフレによる物価高が続くと、経済成長も望めません。日本は約25年前の賃金と比較すると上昇するどころか、下落しているのが実態なのです。「低賃金」では働いても幸せになれません。

神樹 兵輔

経済アナリスト

投資&マネーコンサルタント