アメリカのウォルト・ディズニー社が苦戦している。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「外部から招いたプロ経営者により、映画などのコンテンツ制作ではなく利益の出る事業が重視されてきたことが要因の一つだ」という――。
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2022年9月30日、フロリダ州オーランドで、ハリケーン「イアン」の後にウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートが再開しマジックキングダムのメインストリートを歩く観光客たち - 写真=AFP/時事通信フォト

■なぜ「ディズニー映画離れ」が起きているのか

黒人アリエルを起用したことで話題になった『リトル・マーメイド』は2023年5月から興行を開始し、世界的にみれば5.6億ドル(約800億円、レートは当時のもの。以下同)。悪くはないが、2.5億ドル(約357億円)の制作費をかけたにしては想定よりも低い結果であったし、特に人種問題と縁遠い日本市場でいえば2カ月間での結果は約30億円、明らかに「失敗だった」と言える数字だろう。

『リトル・マーメイド』に限らず、ディズニー映画は、ここ最近ヒット作に恵まれていない。国内の興行収入100億円を超えた作品は、アニメでは『アナと雪の女王2』[133.7億円(興行通信社調べ。以下同)、2019年11月公開]、実写では『アラジン』(2019年6月公開)以降生まれていない。

日本の映画市場において、実はコロナ期は革命的な変化をもたらした。洋画と邦画の逆転である。洋画は『スター・ウォーズ』の1970年代後半から勢いを伸ばし、1980〜2010年代の40年にわたって日本映画市場の5割を占めてきた(2000年前後は洋画7割時代すらあった)。

だがコロナで物理的に「洋画」の制作・上映ができなかった2020〜21年を経て、実は2022年においても日本市場における洋画シェアは3割と、回復していない。

この期間、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(404.3億円)、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(102.8億円)、『ONE PIECE FILM RED』(197.1億円)、『すずめの戸締まり』(148.6億円)、どれほど多くの邦画・日本アニメの大作が生まれただろうか。

洋画シェア3割(しかない)世界線は実は1960年前後の日本映画黄金期以来、初めての数字だ。それはすなわち洋画のなかで日本人の心に最も響いてきた「ディズニー」から日本人の心が離れ始めているということでもある。

■日本だけでなく世界でも不調

1950年代に大映が日本市場へのライセンス窓口となり、任天堂がトランプを作ってきた時代からずっと日本市場に根差し、1959年にウォルト・ディズニー・エンタープライズを設立して以来、外資でもっとも日本に張ってきた企業といっても過言ではないだろう。

ディズニー離れは日本だけで起こっている現象ではない。米ウォルト・ディズニーが8月9日に発表した【2023年4〜6月期決算】で、最終損益は4億6000万ドルの赤字(前年同期は14億900万ドルの黒字)だった(日本経済新聞8月10日配信)。

赤字の最大の要因は「Disney+」の不調だ。自社の動画配信サービスからコンテンツの一部を削除したことに伴い、24億4000万ドルの減損費用を計上したという。

一時はNetflixやAmazon Primeに迫る勢いだったDisney+は、2022年12月末をピークに、会員数が減少。今年2月には、動画配信サービスの成長の鈍化による赤字で、ウォルト・ディズニーは従業員7000人をレイオフを発表した。

いったいディズニーに何が起こっているのか。直近の窮状を皮切りに、今回はその一つの遠因ともいえる「経営者の世代継承問題」について分析してみたい。

■「Disney+」失速の要因

発端はディズニー7代目CEOとなったボブ・チャペック(Bob Chapek)だ。

2020年2月に6代目アイガーから引き継いでトップとなったチャペックは、1993年入社以来四半世紀にわたってディズニーに勤め、映画部門・コンシューマ部門・パーク部門を歴任し期待の「プロパー社長」でもある。コロナ期の2年間をDisney+という配信事業にコミットし、1.6億人もの有料サブスクライバーを集め、Netflixに次ぐOTTメディアを育て上げた。

2019年11月のサービス立ち上げ当初は「2024年までに6000〜9000万人」と計画していたDisney+はコロナ期の追い風に吹かれ、HuluやDSPN+まで合わせてディズニーグループで2.35億有料登録者にまで到達。なんと3年でNetflixに並ぶサイズに急成長したのだ。

チャペックはこの勢いに乗じて、2024年までに現状1.6億人のDisney+だけで2.2〜2.6億人まで成長させようと意欲的だったが、2022年後半期にこの急発進のためのコンテンツ投資、広告費などもろもろのしわ寄せが顕在化する。

好調に見えたはずのDisney+だけで年間40億ドル(約5714億円)の損失、さらには2022年10〜12月だけで10億ドル(約1428億円)の損失、この「Go BIG or GO HOME(勝つか止めるか)」のNetflixとのチキンレースにしびれを切らしたのは、ディズニーの株主たちだった。

■2005年から続く後継者問題

2022年11月8日にFY2022の決算を発表したチャペックは、莫大(ばくだい)なコンテンツ投資によるDisney+の大赤字についてさらりと流すような説明を行い、反発した株主の投げ売りを招いて株価は即日で13%落下。

現経営陣のなかでもチャペックに対する不信感が強かったことも助長し(取締役会長のボブ・アイガーがチャペックと関係が良好でなかった点も大きかった)、その12日後にはチャペックはなんと解雇されてしまった。たったの999日間の在任期間だった。後任は「6代目」として15年間在任していたアイガーが「8代目」として前任社長が返り咲くことになってしまったのだ。

これまでディズニーのトップ在任期間は長かった。その分、継承ストレスも相当なものだ。2005年にあった5代目マイケル・アイズナーから6代目アイガーへの交代も、一筋縄ではいかなかった。

取締役会が機能する米国企業では、社長の選任は取締役会マターだ(本来の株式会社のあるべき姿ではあるが)。社長に指名権はない。そもそも21年在任して「名経営者」として名を馳せ、100億円以上もの年収を得ていたアイズナー自身が、創業家で株主でもあるロイ・ディズニーと泥沼の論戦を繰り広げていたのだ。

創業家のロイを取締役から外そうとするアイズナーに、ロイは「(アイズナーを辞めさせて)ディズニーを救おう」というキャンペーンを張り、徹底的に抗戦した。

■相次ぐM&Aによる成長

ABCのスポーツ部門のトップとして1995年にディズニーグループ入りしたアイガーにとって、ともに10年にわたって仕事をしてきたアイズナーの失脚は、自身のポジションの危機でもあった。

「社内からの社長昇格候補にあがっているのはアイガー1人。基本的には社外で社長適任者を探す」とアイズナーに言われたアイガーは、そこに条件をつきつける。

「社内の社長候補者は自分1人だということをプレスリリースに出してくれ」

外部の変革者でないとディズニーを変えられないとみられていた当時、アイガー就任の風向きは非常に悪く、こうした“公式の継承権”の助けなしにはCEOになることはなかっただろう。

トップが変われば方針はがらりと変わる。6代目アイガーが、就任後最初の取締役会で提案したのは、傷みきった祖業のアニメ制作部門を補強するために、ピクサー買収に向けてスティーブ・ジョブズと交渉してよいか、というものだった。

それまでピクサーは映画配給権でディズニーと揉めに揉めており、ピクサートップのスティーブ・ジョブズは当時のディズニーアニメ作品を「目を覆いたくなるような駄作ばかり」と罵り、「二度とディズニーとは付き合わない」とまで言い放っていた(2004年時点)。

そうした険悪なピクサーを取り込むことはかなりリスクある戦略で、辞めたアイズナーからも直々に「やめてくれ。バカなことをするんじゃない」「奴らの実力なんて知れてるじゃないか?」と大反対した。結果は、われわれが知るように、結果だけみればピクサーの買収は大成功。

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■もはやディズニーは映画の会社ではない

そしてそこでアイガーが築いたスティーブ・ジョブズとの深いつながりがなければ、次のマーベルの買収も、その次のルーカスの買収も実現しなかっただろう。次々にM&Aを成功させた中興の祖であるアイガーに再び舵をとってもらおうという選択肢は、この文脈でいえば理解できないこともない。

そもそもディズニーとは何の会社なのか。

配信のDisney+もあれば、スポーツ興行のESPNもある。地上波のABCも入れれば、立派な「メディア企業」であり、われわれがイメージするアニメ映画やディズニーランドなどのパーク事業というのは「一部のコンテンツ事業」に過ぎない。

そのディズニーが大きな変革を遂げたのも、実はアイガーの前の、外から来た5代目CEO・マイケル・アイズナーの辣腕(らつわん)のお陰だった。

■なぜ映画がヒットしなくなったのか

振り返ってみるとディズニーは実は意外なほど「晩成の会社」でもある。1923年に創業者ウォルト・ディズニーが20歳のときに兄ロイの助けも借りて“3社目”に起業したものが現在のディズニーの原型だが、そこから5度の破産の危機も乗り越え、ウォルトが亡くなる1966年になってようやく1億ドルの会社に成長。

だがそこから20年近くは作品としてのヒットには恵まれず、1980年代に入ったディズニーはワーナーやコロンビアなど大手映画会社の後塵を拝し、買収の危機にあった。

その時点で創業60年の“老舗”映画会社だったディズニーを救ったのが、5代目アイズナーである。

TV局のNBCや映画会社のパラマウントを渡り歩き、1985年にディズニー5代目CEOにヘッドハンティングされた彼は、保守的なライセンス事業から自社物販であるディズニーストアの展開、ビデオ販売の開始など新機軸を次々と打ち出し、ミラマックスやABC・ESPNの買収も手掛け、21年の在任期間で、売り上げを約20倍、利益を約200倍にしたスーパー経営者でもある。

ディズニーは映画・テーマパークの会社から、メディア・コンテンツの会社にすっかり変身した。

アイズナーとアイガーによるM&A戦略を成功させ、巨大化したディズニー帝国は1980〜2010年代にわたる40年間に売上高は、9億ドル(約2030億円、1980年)⇒827億ドル(約10兆6800億円、2022年)と成長した。この礎を作ったのは、アニメ制作を専門としていたわけではない「外部からの専門経営者」である。

ここに、ディズニー不調の理由の一つがある。投資家からのプレッシャーを一身に受ける専門経営者にとって、大事なのは利益であり、株価だ。当たるかどうかわからない新しい作品に賭けるよりも、過去の成功作を踏襲する方が安全だ。その結果、おもしろい作品より儲かる作品に流れているのは否めない。ディズニーの根本は良質なオリジナル作品だ。それが軽視されてきてはいないだろうか。

■映画事業の売り上げは全体の10%

実はディズニーに似た企業が日本にもある。ソニーだ。業態が違うと思われるかもしれないが、会社の成長曲線、そして中身を分解してみると、この2社の現在の事業ポートフォリオは意外にも酷似している。

ソニーの売上高はこの40年で、9002億円(1980年)から11.5兆円(2022年)と10倍以上に成長している。その軌跡はディズニーと同じで、現在、2社はぴったりと並ぶようなサイズ感でそびえたっている。

ディズニーの約10兆円の売上高は世界各地のテーマパーク事業で2〜3割、コンシューマーグッズが約2割、映画制作で1割といったところ。売り上げの残り半分は、地上波ABCやスポーツケーブルのESPNといった流通・メディア事業が占めている。

ソニーはゲーム事業3割、音楽・映画で1割ずつとコンテンツだけでもはや売り上げの半分である。残り半分がメーカー部分の半導体やファイナンスといったところだ。

つまり、どちらも目玉となる「コンテンツ」部分は5兆円前後で、営業利益率の違いはあるものの、直近3年に限っていえばむしろソニーのほうが利益構造はしっかりしている。

■ソニーの社長の条件

ディズニーのダイナミックな世代継承に比べると、ソニー側は基本的に社内昇格を中心としている。第5代の大賀典雄(1982〜95)までは「創業者時代」と言われ、井深・盛田から直接薫陶を受けた第一世代が仕切っていた。

激震が走ったのは6代目出井伸之で50周年の節目に取締役で若手だったところを“14人抜き”でトップに据えたのは、まさに“創業者”のひとりとしてソニー遺伝子を継ぐ大賀しかできないジャッジだっただろう。

7代目ハワード・ストリンガー時代はソニーの電機部門の調子も悪く、混迷を極めていたが、第8代平井一夫、第9代吉田憲一郎、第10代十時裕樹と比較的安定の継承スタイルが踏襲されたこの10年間でソニーのポジショニングはみるみる盤石化した。

ストリンガー以外はすべてソニーに入社し、グループ外を渡り歩いたことのない「プロパー経営者」である。

こうしてみると、ディズニーの経営とソニーの経営は、そのまま米国の経営と日本の経営の差でもある。だがどうして、ソニーのプロパー経営者純血主義が見劣りするか、というとそういうことはない。少なくともチャペックのような早期の交代劇はなく、各経営者が5〜10年ほどのタイムスパンでコンスタントに継承し続けているのがソニー・スタイルだ。

■プロパーがいいのか外部がいいのか

では経営成績としての2社を比較してみると、実際にはわれわれが想像するようなものとは大きく違うことがわかる。

当然ながらCEOの突然の解任、といった事態も起きようもない。一概にどちらが正解でどちらが誤りかといったことが言えないのは組織経営では当然ある話だが、コンテンツ企業となるとさらにその複雑性は増す。

ただ一つ言えることは、ウォルト・ディズニーの意思を築きエンタメ産業の一丁目一番地にあるようなディズニーですらその経営基盤は盤石とは言いがたく、1人のリーダーによって黒にも白にも変わりえること。

逆にリーダー依存性が比較的弱いソニーグループから、特に「ソニー」という名前すら冠さなかったアニプレックスから「鬼滅の刃」のような巨大キャラクター版権が生まれ、そこにYOASOBIや米津玄師といったアーティストがコラボし、世界チャートでトップを飾るようなコンテンツ事例が現れているのだ。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)