より良いアニメ制作現場を作るためにどうしたら良いか、キャラクターデザイナーに著作権はあるのかといった、アニメ業界の問題を討論するトークイベント「アニメの未来はこの日から」が2023年8月11日、東京・池袋で開催された。

アニメ「ジャングル大帝」の動画を手掛けたアニメーターの金山明博さんをはじめとする著名なクリエイターらが登壇し、赤裸々な内情を語った。

自分が携わった作品なのに「クレジットが無い」

イベントは、日本アニメフィルム文化連盟(以下NAFCA)のキックオフイベントとして開かれた。代表理事を務める植田益朗さんはアニメプロデューサーで、サンライズ元常務、A-1pictures元社長などの経歴を持つ。アニメ業界についてファンとともに理解を深め、課題を整理し、より楽しく働ける業界にしていきたいと意気込む。

「鋼の錬金術師」「機動戦士ガンダム00」の監督を務めた水島精二さんは、アニメ映画の予告にスタッフクレジットが無いことが増えたと、憤慨している。記載を要望するも、通らなかったことがあると不満を訴える。植田さんも「機動戦士ガンダム」の制作進行を務めたときの経験を振り返り、クリエイターにとってクレジットは大切だと訴える。

「自分の名前がテレビに出た瞬間って、何とも言えない気持ちになるじゃないですか。だってそれはフィルムに全部自分の名前が焼き付くわけですから、その人のトラックレコードにもなる」

これに対しNAFCAの法務を担う石井逸郎弁護士は、「著作人格権」について言及した。著作物を公開する際に、著作者が氏名を表示するか決められる権利だ。

「監督も作品の著作者の一人であることは間違いないので、氏名の公表などは行われるはずです。しかし大体の契約書で、著作人格権の不行使をそれぞれのスタッフと結んでいるのが実情と思われます」

「呪術廻戦」の総作画監督や「るろうに剣心」のキャラクターデザインなどで知られる西位輝実さんは、キャラクターデザイナーが自ら手掛けたキャラクターについて、自身のインタビューや個展などで紹介できず、ファンサービスに用いることもできない現状に苛立ちを募らせる。

キャラクターデザイナーやアニメーターが制作会社などと契約する際にも、キャラクターという著作物に対し、著作人格権を行使しないよう買い取る契約が結ばれているという。

「平成9年7月17日の最高裁判所の判例に『キャラクター自体は抽象的な存在であって、それ自体には著作権はない』みたいな判決がありますが、作品自体に著作権があり、キャラクターであっても、みだりに複製などを行えば、著作権侵害になるという考え方がされます。実務ではキャラクターに著作権があるかのような契約が取り交わされています」(石井弁護士)

「アニメグッズを買ってアニメーターを応援」は意味がない?

西位さんは業界に入る前からアニメファンだった。関係者が自身の作品を紹介できる場が増えれば、ファンも盛り上がるのではないかと推察する。

「好き勝手したいわけではないんです。例えば個展を開きたいときの窓口が欲しい。それを作品の宣伝などうまいこと使ってもらいたいし、ファンからニーズもあると思います」

尊敬する先人らも権利者から許諾を得られなかったとして、「存在が消されるような現状がショックなんですよ」と話す。

さらにSNSのファンの間では「アニメグッズを買ってアニメーターを応援したい」といった声が広がっているが、実際はほとんど影響がないという。

「制作費を回収しないと次の作品を作れないから、アニメーターの仕事がなくならないようにという目的で買い支えるのであれば間違ってはいません。ただグッズの収益は直接自分たちに入ってくるわけではないですし、全く関係ないです」

石井弁護士によれば、キャラクターデザイナーたちに追加報酬は支払われていないという。例えば声優であれば、日本俳優連合との協定に基づき出演作が再販された場合などには追加報酬を得られるが、アニメーターたちにはそういった制度がない。

「むしろなんでデザイナーらにわざわざ新しくお金を払わなきゃいけないんですかっていう人もいました。自分が描いたものがいつの間にかグッズ化されたことに怒ったこともあります。原画クリアファイルなど、絵を使いまわされたら喜ぶと勘違いされています。悪気は無いと思うのですが、キャラクターデザインという職業を軽視していると感じます」(西位さん)

アニメ産業が拡大するにつれ、アニメファンでない関係者が増え、制作関係者やファン心理への理解が浅い人も多いと話す。

「DEATH NOTE」のキャラクターデザインや「カードキャプターさくら」の作画監督を務めた北尾勝さんも、「作り手がどこを向いているか、何を考えているのかが分かっていない人が増えた」と述べる。植田さんや石井さんは、アニメ制作関係者の地位向上に努めなければならないなどと話した。

「エンターテイメントがビジネスライクで上手くいくわけない」

コミュニケーションの重要性も話し合われた。作品数が増えたことで人手不足に陥っており、十分な後進育成が行われていないという。

アニメ「HUNTER×HUNTER」の監督を務めたことなどで知られる神志那弘志さんは、社内で十分な育成を終える前の新人が、手が足りない外部の制作会社で大役を任され、トラブルとなってしまうことがあると述べる。新人が修行を積む期間に収入が少ないのも問題であるとして、業界で新人を育てる場所を検討しなければならないと訴える。さらにリモートワークが広まり、人となりを知らないまま指導すると、十分なフォローができないという。

水島さんも、多数のスタッフで成り立つアニメ制作にはコミュニケーションが必要だと訴える。「ビジネスライクに行きましょうって話す人もいるんですが、エンターテイメントがビジネスライクで上手くいくわけないじゃないですか」などと訴える。

植田さんは「頑張った結果がいいビジネスになる」と話す。そう確信したのは、アニメ「機動戦士ガンダム」での経験だ。当時は斬新だったヒューマンドラマ路線で始まり、初期はなかなか人気が出なかった。

「僕だって最初はあの不思議なストーリーをよくわかっていなかったし、なんでこんな小難しいセリフを十何歳のブライト艦長が喋るんだとかね。最初は認められなかったわけじゃないですか。でも作ってる人たちは新しいものにチャレンジして出そうっていう意欲がすごくて、その熱気が打ち切りになってもめげずに、劇場まで持って行ったんです。それは『ビジネスだから』じゃできないんですよ」

「プリキュア」シリーズの演出や「キューティーハニーF」のシリーズディレクターなどで知られる佐々木憲世さんは、かつてはすべての工程のスタッフが1つの部屋に集って話し合っていたと述べる。指示が分かりづらいなどと喧嘩になりながらも、一つの作品に対し一丸となって取り組む環境があった。現在は多忙なスケジュールから流れ作業のようになっており、指示が出しっぱなしとなることもあると漏らす。

「宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち」演出や「劇場版マクロス△絶対live!!!!!!」副監督などで知られるヤマトナオミチさんは、最近携わった作品で直接会えたスタッフは限られていると明かす。意思の疎通がうまくいかなければスタッフ同士も不完全燃焼になるとして、「プロジェクトを設計する意図は、プロジェクトを箱というレベルで考えてほしい」と円滑なコミュニケーションを行えるチーム作りを呼びかけた。

イベントには業界関係者やファンが約100人来場し、「興味深かった。有名な人だけでなく業界全体の内情をヒアリングして欲しい」という声もあった。

(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)