本研究を主導した伊吹友秀准教授はこの映画から着想を得て、ロボットやAIでは実現できない、あるいは実現すべきでない看護実践の要素を明らかにするために、看護実践で重視されている倫理的概念のうち、ロボットやAIには実装できないものが存在するのかについて検討をおこなったという。
●研究結果の詳細
本研究では、看護における代表的な倫理概念(アドボカシー、アカウンタビリティー、コーポレーション、ケアリング)をロボットやAIが実現できるかどうかについて、現在のロボット技術やAI技術の進展とあわせて分析を行った。
●「アドボカシー」とは
「アドボカシー」とは、看護師は患者やその家族に寄り添い、擁護者となることを指す概念。アドボカシーの概念を分析した先行研究によると、アドボカシーには (1) 医療ミスや医療従事者の能力不足や不正行為などから患者を守る「患者保護 (safeguarding)」、(2) 診断・治療・予後に関する情報を患者に提供する「告知 (apprising)」、(3)患者自身の価値観に寄り添う「価値観の尊重 (valuing)」、(4) 患者・家族・医療従事者間のインターフェイスとなる「仲介 (mediate)」、(5) 医療における不公正の問題を制度に問う「医療提供における社会正義の擁護 (championing social justice in the provision of healthcare)」の5つの要素がある。
このうち、「患者保護」、「告知」、「医療提供における社会正義の擁護」は、適切な学習などの課題はあるものの、ロボットやAIに比較的容易に実装が可能な一方、「価値観の尊重」や「仲介」は、患者との感情的なコミュニケーションを必要とするため、実装が困難であると考えられるという。
●「アカウンタビリティー」とは
アカウンタビリティーは、自分自身の行動に対して合理的な説明をする能力のこと。ロボットやAIの行動はアルゴリズムに基づいているため、説明可能なアルゴリズムを搭載したロボット・AIであれば、行動の理由(原因)を説明すること自体は可能なので、その点では実装可能と言える。しかし、その説明の責任が誰に帰属するのかなど、説明の概念そのものの議論がまだ十分に深まっていないという問題がある。一般的に、アカウンタビリティーとは、単に命令に従ったり先輩看護師の真似をしたりするだけではなく、自分の行動の理由を説明する能力を必要とする。この点で、ロボットは今後、指示や命令の模倣を越えて、自らの行動を選択できるかが問われることになると予想される、とした。
●「コーポレーション」とは
「コーポレーション」とは、他者と適切に協働し、医療や看護の目標を達成するための看護に従事する能力のこと。看護業務の部分的な機械化はすでに行われていることから、将来的には人間とロボットの協働も十分に可能であると考えられる。ただし、単なる連携を越え、協力しあう関係を築き上げるためには、ロボット看護師がコミュニティの一員として認識される必要がある。
●「ケアリング」とは
「ケアリング」は、看護において特に重要な倫理概念として認識されているという。幅広い要素を含む概念ですが、「思いやること」、「ケアすること」「介護」、「ケアを受けること」に焦点を絞って分析し、特に、「ケアする」・「ケアを受ける」という要素を中心に論じた。「ケアする」に関しては、ロボットが人間と同じように人の感情を理解できるかという哲学的な問題はあるが、少なくとも外見的には、ロボットがそうした感情を理解し、適切に対応できるようになる可能性はあると言える。「ケアする」を実装する上での課題もたくさんあるが、「ケアを受ける」側には、それ以上に難しい問題がある。それは、患者がロボットやAIをケア提供者として受け入れられるかどうかという問題だ。