今季から移籍した強豪のチップ・ガナッシ・レーシングで再出発

 世界三大レースの一つ、インディアナポリス500マイル(インディ500)の決勝(5月28日)まで1か月を切った。自動車インディカー・シリーズで14年目を迎えた佐藤琢磨にとって、自身3度目の制覇は悲願。4月20日にはインディアナ州インディアナポリスにある本番のコースで合同テストに参加するなど大舞台への準備を進めている。

 佐藤は昨シーズン終了後、新しい所属先がなかなか決まらなかったが、1月中旬に名門チーム「チップ・ガナッシ・レーシング」への移籍が発表された。新チームで臨む今シーズンはインディ500を含むオーバルコースの5レースに限定出場する予定。例年、シーズン終了直後に所属先が決まっていたことを考えれば、異例の年越しとなった。前年まで在籍したデイル・コイン・レーシング(DCR)を離れ、オーバル限定で参戦するという決断は容易ではなかったという。複数のオファーがあったという中で、強豪への移籍を決断したのは「インディ500を勝つ」という原点に回帰したからだった。

 DCRも、その前のレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)でも優勝請負人としてチームを優勝争いに押し上げる期待を背負って走ったが、今回はトップチームの一員として勝利を目指す機会に恵まれた。すでにインディ500で勝つためのファンデーションがあるチームで挑めるのは、46歳にとっては心強いい。「ずっとトップチームを目標にやってきた。アンドレッティ時代にそういう境遇で走りましたけど、これだけチャンピオンシップを勝っている、ある意味ペンスキーとガナッシの2強なので、その中で走れるのを非常に楽しみにしていました。そういう素晴らしい機会を頂けたのは感謝しかないです」と目を輝かせている。2021年にインディ500を制したエリオ・カストロネベス(ブラジル)もスポット参戦だったことを考えれば、長丁場のシーズンでインディ500に照準を合わせて戦うのは悪いことではないだろう。

 4月1〜2日にテキサス州フォートワースで行われた自身の初戦となったシリーズ第2戦は序盤にリタイア。初めてスポットで戦うことの難しさも味わった。担当エンジニアのエリック・カウディン氏はレース後取材に応じ、「彼のミスではなく、不運な側面があった。He was in wrong place at wrong time」とかばい、「インディ500までに準備する時間があるので楽しみ」と変らぬ期待を込めた。事前にテストなども行えず、1日の予選では約半年ぶりに走ったという佐藤は「難しかったですよ。半年ぶりのレースだし、テストもまったくできていないし、このチームとも初めてなので。予選までは単独での車づくりなので、そこまでは完璧にできたと思うんですよね。自分をベースラインに他の3台につなげられた。決勝は難しいことはわかっていたけど、もう少ししっかりと2、3スティント目にどういうようなバランスになるかというのを見たかったですね」と厳しい口調で振り返った。

カウディン氏が見た強み「琢磨は経験に基づいた技術的な理論がある」

 これまでチップ・ガナッシ・レーシングにとって、佐藤琢磨というレースドライバーは手強い相手だった。とりわけ、2020年のインディ500には苦い記憶がある。シリーズ王者6度のスコット・ディクソン(ニュージーランド)が終始レースをリードしながら、終盤に佐藤が猛スピードで現われ、一騎打ちの末に優勝を奪われた。最後はイエローコージョンが出たため、最後まで走っていれば勝敗は分からなかったという声もあったが、ディクソンは佐藤のマシンのスピードに脱帽していたという。

 カウディン氏は「琢磨は経験に基づいた技術的な理論がある。長く一緒に仕事をしたトニー・カナーンはフィーリングを大切にするドライバーだったが、琢磨はシュミレーターで得た情報を元に何が必要かを的確に指摘してくれる。エンジニアとしてはすごく仕事がしやすいし、次のレベルに押し上げるのに役立つ。うちには4人の優れたドライバーがいて、各自から正確な情報を得ることができるのは強み」と話す。ディクソンを筆頭に、21年王者で通算4勝のアレックス・パロウ(スペイン)、昨季インディ500を制したマーカス・エリクソン(スウェーデン)らの実力者にインディ500で2勝を挙げている佐藤が加わり、さらに強力な布陣となった。「4人のフィードバックはとても信頼できるので手早く改善することができると思う」(カウディン氏)と、万全な態勢でインディ500に挑む。

 チームメートのパロウは第2戦後に「インディカーで豊富な経験がある琢磨の加入はチームにとって素晴らしいこと。彼と一緒にインディ500を戦うのを待ちきれないよ。今回は一緒にいる時間が短かったけど、準備期間があるのでいろいろと聞くことができる。彼の知識と経験はとても貴重」と、佐藤が持つ「ノウハウ」に興味津々だ。チームはオーバルで強さを見せているが、マクラーレンやペンスキーらライバル勢も差を縮めてきているだけに油断はできない。佐藤の加入は、強豪の優位性をより強固にするための重要なピースだった。そして、佐藤のレースに対する熱心な姿勢と知識はすでにチームから認められている。カウディン氏は「いつも我々が最初にガレージに来て、帰るのは最後。彼の熱心さに驚かされているよ。他のドライバーたちも琢磨の意見に耳を傾けているし、既に5、6年チームにいるかのようにとけ込んでいる」と話す。

 インディ500の公式練習は5月16日から始まり、20、21日の予選を経て、28日の決勝まで準備期間がとられている。ここでどこまで仕上げられるかがカギとなる。2017年と20年にインディ500を2度制覇している佐藤にとっては、キャリア終盤に巡ってきた大きなチャンス。これまでとは違う期待感を背に11号車が走る先に、3度目の栄冠があるのか――。その答えは5月28日、30万人を超える観客の前で出るだろう。

(岡田 弘太郎 / Kotaro Okada)