日本では法規制なし 「六価クロム」は危険?

水銀、鉛、カドミウム、六価クロム。これら4種の重金属は自動車への使用が厳しく制限されている。

【画像】運行再開の事業者も【日本を走るBYD製電気バス】 全36枚

欧州ELV(廃車)指令を筆頭に、中国版/韓国版ELV、そして日本では自動車メーカーで組織される一般社団法人日本自動車工業会(以下、自工会)の自主規制で使用が完全に禁止されるか一定量、特定部品への使用に制限されている。


京都府の京阪バス(写真)などではBYD製のEVバスを保有。BYDの六価クロム使用報道後、一部の事業者ではバスの運行休止の対応をとったが、報道から1か月が経過した現在はどのような対応をとっているのだろうか。

そして、これら4重金属の中で2月下旬からの約1か月間、日本の自動車界、EV界に大きな衝撃を与えたのが「六価クロム」である。

2月16日に日野自動車がBYDからOEM供給を受けて製造販売する予定だった小型電気バス「日野ポンチョZ EV」(BYDの小型電気バス「J6」がベース)の発売凍結を発表して大きな騒動となった。

一般メディアも含めて事情に詳しくない人から見ればBYDが「禁止されている六価クロム使用を隠していたのか!」「中国製の自動車は危険だ!」などBYDがとても悪者のように思えてしまうかもしれないがそういうことではない。

後述するが三菱ふそうの大型バスや大型トラックなどに現在もBYDバスと同じく金属部品の硬化処理や防錆などのために六価クロムが使われている。

なお、日本には自動車の部品に六価クロムの使用を禁ずる法令や規制はない。

あるのは自工会が定めた「2008年以降に新型車として生産、販売される自動車(乗用車・大型車含む商用車)には六価クロムを使用しない」という自主規制だけである。

自主規制であるため「六価クロムの使用禁止」の対象となるのは自工会の会員会社が製造販売するクルマ、またはOEM供給を受けて会員会社のブランドで販売する車両である。

それゆえに、同じBYDが製造する電気バスでも、
・自工会メンバーではないBYDブランドで販売する「J6」は自工会自主規制の対象外
・自工会メンバーである日野自動車が販売する「日野ポンチョZ EV」は自主規制の対象
となる。

発がん性 でも乗車時は「毒性ゼロ」?

なぜ六価クロムは自動車部品への使用に関して世界中で厳しく規制されるのか?

自工会の自主規制ふくめ欧州や中国、韓国、米国などでの規制はいずれも「廃車時の処理」を考慮した規制である。


BYDの六価クロム使用報道後、一部の事業者ではバスの運行休止の対応をとった。

金属部品の強化や防錆を目的とした鍍金(メッキ)に使われる六価クロムは発がん性物質であり、毒性が強い。

廃車時の処理を適正な環境でおこなわないと、有害物質が土壌に流れ出すなどして環境や人体に悪影響を及ぼす。そのため自動車製造時の段階から六価クロム不使用を推進することになった。

毒性が問題となるのは「廃車時」(リサイクル処理など)であることはわかったが、それでは普通に自動車として運転したり乗車したり、メンテナンスをしている際に悪影響はないのだろうか?

これについて自工会に聞いたところ、「弊会では自動車使用時の人体や環境への影響については調査しておりません」とのことであった。

そこで、六価クロムを扱い、70年以上の歴史をもつメッキ業者に尋ねてみたところ……「最も重要な点は『クロム』という物質は金属化しているクロムと化合物状態のクロムとで使用場所や性質、毒性も変わるということです」

「1.金属クロム(金属になっているクロム、メッキ皮膜になっているクロム)はゼロ価のクロムですので、廃棄時も無害です。人の体が触れるような部分(車室内など)の部品や一般家庭で使うステンレス製品、サスペンションに使われるピストンロッドにも使われています」

「2.クロム化合物(亜鉛メッキ+クロメート皮膜処理)は三価と六価のクロムがあり、六価のクロム化合物(今回の記事内でいう「六価クロム」)は有害です」

「『亜鉛メッキ』は亜鉛から成るメッキ皮膜の上に、仕上げとしてクロメート皮膜と呼ばれる薄いクロム化合物から成る皮膜をつけます。この皮膜はクロム化合物(金属クロムではない)となるために、仮にそれが六価クロメート皮膜の場合は酸性雨などによって溶出の危険性があります」(前述のメッキ業者)との答えだった。

欧州ELV指令や自工会が自主規制しているのは「2」のクロム化合物で、廃車時、リサイクル時に適切な処理をしていれば何の問題もないが、不正に廃棄された車両が長年放置されているような場所だと、酸性雨などによって六価クロムが溶出し、雨が降るなどして流れ出し、土壌にしみこんで人体や環境に悪影響を与える危険もある。

すべての車両が適切な廃車処理をされるとは限らないため、それなら最初から六価クロムを使用するのはやめようというのが「六価クロム使用禁止」の考え方である。

自工会で規制も三菱ふそうは使用しているワケ

話を自工会の自主規制に戻そう。

BYD製電気バスは販売凍結という措置をとられているが、六価クロム使用をカタログに明記している三菱ふそうの大型バス「エアロクイーン/エアロエース」はどうなのか?


自工会が自主規制で定める六価クロムの使用禁止は2008年1月以降に発売された「新型車」が対象。三菱ふそう製品の一部には、六価クロムを使用している旨が記載されている。    三菱ふそう

三菱ふそうは自工会の会員会社であるから自主規制の対象では?

筆者が調べたところ、エアロクイーン/エース以外にも幼児バスなどでもおなじみの三菱ローザやスーパーグレートVなどの大型トラックにも六価クロムの使用がカタログに明記されている。

こちらはエアロクイーン/エアロエースのカタログにある「環境仕様表」の一部である。

環境仕様表の中の「環境負荷物質使用状況」に六価クロム使用に関する記載がある。「金属部品類、ボルト・ナット類の防錆目的コーティングに使用(ただし、一部三価クロムに代替済)」とのことである。

これはなぜ問題にならないのか? 結論から言うと自主規制の「対象外」であるので何の問題もない。

自工会が自主規制で定める六価クロムの使用禁止は2008年1月以降に発売された「新型車」が対象だからだ。

三菱ふそうの大型観光バス「エアロシリーズ」は2007年8月29日に新型式で発売され、それから同じ型式で継続生産されている車両であるから、六価クロムが使用されていても自工会自主規制の対象外となる。

三菱ふそうのマイクロバス「ローザ」も同様。他メーカーではいすゞエルフ100(ガソリン/ディーゼル)、エルフCNG(天然ガス)にも「金属部品類、ボルト・ナット類の防錆目的コーティングに使用」と明記されている。

「六価クロム」報道 BYDジャパンの対応は?

BYDは六価クロムの使用が明らかになって以来、2月23日に最初のリリースを出して対応をおこなってきた。

BYDのEVバスは防錆剤において六価クロムを含んだ溶剤を一部使用しているが、前述したようにめっき処理をすると「六価→ゼロ価」となるので通常の車両運用においてはまったく問題がない。


六価クロム使用報道時のBYDジャパンのプレスリリース。1か月が経過した現在は、「お客さまと協議のうえすでに順次当該部品の交換作業を開始しております」と同社広報担当。    BYDジャパン

廃車時においても同様で指定のリサイクル事業者を通じて当該物質の無害化処理をおこなったうえで処分するとしている。

「2023年末に日本国内で納車を予定している新型EVバス」とは、新型K8と新型J6のことであるが、これらは自工会自主規制に準拠した素材で車両を製造販売するとのことだ。

また、現在どのような対応をおこなっているのかをBYDジャパンに聞いたところ、「お客さまと協議のうえすでに順次当該部品の交換作業を開始しております」(同社広報担当者)との回答を頂いた。

2月27日には「当社乗用車に関するお知らせ」として、 BYDの乗用車が「EU ELV指令」(欧州廃車指令※後述)に準拠しており六価クロムの使用はないことをお知らせしている。

ELV指令は自動車からの廃棄物発生抑制と廃車時の環境負荷の低減を目的に定められたもので、六価クロムを含む4物質を含有しないことを定めている。

2023年1月より日本で販売している「BYDアット3」をはじめ、今後販売を予定している「ドルフィン」「シール」などBYDの乗用車も、当指令に準拠していることが発表された。

一時運行休止のBYDバスは続々運行再開!

ところで、六価クロム使用の報道を受けて、BYDの電気バスを導入している事業者の中にはBYD製バスの運用を休止するところもあった。

ところが、1か月が経過し現在はその多くがすでに運行を再開している。


京都府のプリンセスラインバスは多くのK9を保有。使用休止することなく通常どおり運行している。

休止をしていない事業者を含めて現在の運行状況をいくつか紹介してみたい。

長野県「e-ミライ号」(BYD J6)

2023年2月7日から小諸市内巡回線(千曲小学校遠距離通学便及び小諸高原病院通院支援便)として運行していたが、六価クロムの件を受けて運行を一時休止。3月10日から運航を再開。

千葉県 平和交通バス(BYD K8/J6)

2021年5月に国内初めてK8を路線バスに導入。使用を休止した期間はなく通常運行中。

東京都 恩賜上野動物園(BYD J6)

2020年7月より恩賜上野動物園の東園と西園を結ぶシャトルバスとして小型電気バスJ6を運行。六価クロムによる使用休止はなし。

京都府 プリンセスライン(BYD K9)

日本におけるBYDバスの先駆である同社は2015年から京都市内の路線バスとしてK9を運行。使用休止期間はなく通常運行中。

京都府 京阪バス(BYD J6/今年3月上旬よりK8を新規導入)

六価クロムの件を受けて運行を一時休止していたが、2023年3月現在、運行を再開している。

大阪府 阪急バス(BYD K8)

六価クロムの件を受けて2月下旬からK8の投入路線で従来のディーゼルバスが代わりに運行されていたが、現在はK8の運行が再開されている。

なお、2月22日に予定されていた納車発表会が急遽中止となった西武バスは現在も運行を開始していないが、「BYDからの報告をもとにお客さまへの安全が確立されれば運行への準備をすすめていきたい」(西武バス広報担当者)としている。

もっとも厳しい 「EU ELV指令」とは?

BYDジャパンの乗用車に関する報告リリースにも出てきた、「EU ELV指令」(欧州廃車指令)について紹介しておきたい。世界に先駆けて定められたもっとも厳しいとされる欧州の規制はどのような内容なのか。

EU ELV指令 第4条(2)(a)

EU加盟国は2003年7月1日以後に市場投入される車両の材料および構成部品が、附則IIに記載する事例ならびに定めた条件に適合する場合を除き、鉛、六価クロム、水銀、カドミウムを含有しないことを保証するものとする。※六価クロム閾値0.1 wt%


発売凍結になった日野ポンチョZ EV。発売凍結が解かれる日もそう遠くはないと考えられると筆者。    日野

そして、指令の対象になるのは、
・乗用車(乗車定員9名以下の人員運送用車両)
・小型バスなどの商用車(同じく9名以下)
・トラック(最大重量が3.5t以下の物品輸送用の車両)
・三輪自動車
となっている。

大型トラックや大型バスはELV指令の対象とはなっていない。

なお、このELV指令は2022年〜2023年に「指令」から「規制」に格上げされる見込み。そのタイミングで大型商用車も対象にすべきでは? という提案も出されているが、2023年3月現在では大型商用車は対象とされていない。

EU ELV指令に関しては、自工会の自主規制も「EU ELV指令と整合した形」をとっている。ただし、自工会は大型商用車(バスやトラック)も対象にしているところがEUとは異なっている。

最後に、最も気になる「日野ポンチョZ EV」の発売だが、こちらについて日野自動車に確認したところ、「発売凍結を発表した状態から何もお話できることはありません」とのことであったが、これまでのBYDジャパンの対応から察するに、発売凍結が解かれる日もそう遠くはないと考えられる。