BMWブランドで初のPHEV専用モデルとして登場したXM(写真:BMW)

BMWが、またも賛否両論を巻き起こしそうな新型車を発表した。このブランド初のプラグインハイブリッド専用車であり、BMWのハイパフォーマンスブランドMにとって初の電動車になる「XM」だ。

車名自体、かつてのシトロエンのフラッグシップに使われた名称であり、長年シトロエンを愛用してきた1人として微妙な気持ちにさせられたが、BMWにとってみればSUVを表すXに高性能モデルの象徴であるMを組み合わせたわけで、商標問題等がクリアしているなら妥当なネーミングだろう。

でも、今回話題に上っているのは、ネーミングよりもむしろスタイリングである。


XMは2023年1月に日本で発売され2130万円のプライスタグをつける(写真:BMW)

サイドビューは電気自動車「iX」に似ていて、現在のBMWの電動車の造形の延長線上にあると感じているが、フロントマスクはまったく違う。iXは「4シリーズ(クーペ・グランクーペ・カブリオレ)」に続いて、キドニーグリルを縦方向に大幅に伸ばした姿が話題になった。

4シリーズは、高性能エンジンを積むスポーツモデルなので、エンジン冷却のために開口部を大きくすることは理にかなっているが、電気自動車のiXには不要であり、実際に穴が開いていない“キドニーパネル”になっていた。

しかしながらこの流れは昨年、フルモデルチェンジして7代目になったフラッグシップセダン「7シリーズ/i7」にも受け継がれている。


フラッグシップセダンの7シリーズ(写真:BMW)

「すべての人の目を惹きつける」

一方のXMは、キドニーグリルこそこのブランドのベストセラーモデルである「3シリーズ」と同様に横長であるが、エッジを明確にした八角形とするとともに、全体が周囲より飛び出しており、さらに外枠をクロームでフチどって、暗い場所では光を放つことで存在感を増すようになっている。

インポーターのニュースリリースでは、XMのデザインについて「すべての人の目を惹きつける、非常に個性的なデザインを有し、新たな市場セグメントを開拓する」としている。そして7シリーズなどのラグジュアリーモデルで採用している、上下2分割のヘッドランプを組み合わせたという。

では、なぜBMWはキドニーグリルをここまで目立たせようとしているのか。理由の1つに販売実績があると考えている。

今年1月10日に発表されたBMWグループの2022年の納車台数は、グループ全体では前年より4.8%減少した239万9636台だった一方で、電気自動車とプラグインハイブリッドを合わせた電動車は35.6%、Mモデルは8.4%、それぞれ台数を伸ばしている。

具体的に車種を見ると、電動車では2月17日に国内発売されたばかりの「iX1」と、以前よりわが国で展開している「i4」やiX、i7、Mモデルでは「i4 M50」「iX M60」、そしてXMなどが、台数増に大きく寄与しているという。


モデルチェンジしたばかりのiX1(写真:BMW)

この中でiX1は、エンジン車の「X1」とほぼ同じスタイリングを持つものの、残りはすべて、キドニーグリルを大型化した車種だ。この点だけ見れば、キドニーグリルの大型化は、電動車や高性能車についてはメリットになっているということになる。

もう1つ考えられるのは、メンツを重視するといわれる中国市場での伸長だ。

BMWとミニの2022年の販売台数は、中国で79万1985台、アメリカで36万1892台、ヨーロッパで87万7369台と発表されている。ちなみに2020年の数字は、中国で77万7379台、アメリカで30万6870台、ヨーロッパで91万2621台だった。

ヨーロッパが減少しているのに対し、中国とアメリカは増加しており、ヨーロッパと中国の差が縮まっていることがわかる。2022年のドイツの台数は25万2087台であり、国別では中国がほかを圧倒しているのである。

ロールス・ロイスのように

付け加えれば、BMWが21世紀初めに傘下に収めたロールス・ロイスの存在も、キドニーグリルのアピールに関与しているはずだ。

2022年、ロールス・ロイス・モーター・カーズは世界で6021台を納車し、118年の歴史上で最多の販売台数を記録したという。2020年は3756台だったというから、2年間で1.6倍という伸びを示したことになる。


ロールス・ロイス「ファントム」(写真:ROLLS-ROYCE MOTOR CARS)

ロールス・ロイスといえば、ノーズの中央にギリシアのパルテノン神殿を模したグリルがそびえることで有名だ。多くの人がこのグリルを頼りに、ロールスか否かを判別するのではないだろうか。となれば、キドニーグリルも“目立ったほうがいい”という考えになるのは、自然なことである。

しかしながらキドニーグリルを目立たせる手法は、すべてのBMWに反映しているわけではない。


2シリーズ・アクティブツアラー(写真:BMW)

2022年にフルモデルチェンジした「2シリーズ・アクティブツアラー」は、たしかにグリルの丈が伸びているが、同年やはり新型に切り替わった「2シリーズ・クーペ」については、先代と同等の大きさにとどめている。

同じ2022年には3シリーズがマイナーチェンジを実施しているが、インパネやセンターコンソール周辺が一新したのに対し、エクステリアはあまり手を入れておらず、グリルの大きさもほとんど変わらない。

さらに今年1月にアメリカ・ラスベガスで開催されたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で発表されたコンセプトカー「BMW i Vision Dee」のキドニーグリルは、高さを抑える代わりに左右が車端に達するほど横長になり、内部にLEDのヘッドランプが斜めに入っている。


BMW i Vision Dee(写真:BMW)

1950年代に少量が生産されたオープンボディのスポーツカー「507」を思わせるが、ヘッドランプをグリルの中に入れたので、かつてゼネラルモーターズのブランドとして存在したポンテアックの「GTO」や「ファイヤーバード」にも似ている。


BMW 507は1950年代のスポーツカー(写真:BMW)

同車のデザインについてBMWでは、「デジタル体験とBMWブランドのDNAを伝えることにフォーカスするために、余分な要素をそぎ落とし、意図的に簡素化した」とアナウンスしている。

たしかにフロントマスクはシンプルであり、シルエットはオーソドックスな3ボックススタイルで、サイドウインドー後端の「ホフマイスター・キンク」も受け継がれている。グリルの大型化の動きに拒絶感を抱いていたユーザーは、BMW i Vision Deeのデザインを見て、ホッと胸をなで下ろしたのではないだろうか。

「統一すること」が難しい時代へ

一連の動きを見て、「BMWは迷っている」と思う人もいるだろう。しかし筆者は、欧米以外のマーケットの伸長、電動化や自動化といった流れの中で、多様化を進めていく方向に切り替えたのではないかと考えている。

BMWの宿命のライバルであるメルセデス・ベンツも、ラグジュアリーセダンの「Sクラス」と同じクラスの電気自動車「EQS」とでは、グリルだけでなくプロポーションも違う。ところが同じ電気自動車でも、エントリークラスの「EQA」「EQB」は同クラスのエンジン車と基本骨格が共通だ。


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ドイツの自動車ブランドはこれまで、かたくなに自身の顔や形を統一してきた。それがアイデンティティの確立につながったことは事実である。でも、自動車を取り巻く状況の激変を前にして、「すべてを統一することは難しい」と感じているのではないだろうか。

カーデザインに興味がある1人として、新しい造形の提案は歓迎できることである。もちろん個々の車種についての良しあしは主張すべきだと思うが、次はどのようにキドニーグリルを料理してくるか、個人的に注目している。

(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)