■年末商戦を前に3000件超の倒産ラッシュ

最近、わたしたちの雇用・所得環境の先行きに黄色信号をともすデータが出ている。ここへきて、企業の倒産件数が増加し始めている。東京商工リサーチによると2022年4〜9月期、全国の企業倒産件数は3141件だった。これまで、緩和的な金融環境などに支えられて倒産件数は抑えられてきた。しかし、国内で事業を運営する企業を取り巻く環境の厳しさは増し始めている。

写真=時事通信フォト
シャッターを下ろした店舗(=2022年6月13日、東京都新宿区) - 写真=時事通信フォト

今後、国内企業はより厳しい事業環境を迎えるだろう。年初来、世界経済は米国の底堅い個人消費に支えられてきた。しかし、ここにきて状況は徐々に変わり始めている。米国の個人消費の勢いは弱まり始めた。年末商戦を控える中、それは、世界経済にとって大きなマイナスだ。

今後、米国ではインフレ鎮静化のために、連邦準備制度理事会(FRB)が金融引き締めを強化しなければならない。金利は上昇する可能性が高い。それによって、個人消費はさらに落ち込むだろう。そうした動きが鮮明になるにつれて、わが国の企業倒産件数は増加する展開が予想される。

■リーマンショック以降、倒産件数は減少傾向だったが…

年初来、わが国の企業倒産件数は増えている。9月は599件の倒産が発生した。前年同月比で18.61%の増加だ。徐々に、倒産件数増加の勢いは強まっているように見える。年度の上半期(4〜9月)でみると企業倒産件数は3年ぶりの増加に転じた。近年、わが国の企業倒産件数が低位に抑えられてきたことを考えると、状況は弱い方向に変化していると考えられる。

リーマンショック以降の各年度上半期の企業倒産件数は、多少の増減を伴いつつも、傾向としては減少してきた。東京商工リサーチが定期的に公表している半期ごとの全国企業倒産状況を見るとそれがよく分かる。

2008年度、09年度の上半期の倒産件数は、リーマンショック発生による世界経済の成長率の低下の影響などによって7800件前後だった。2010年度以降は倒産件数が減少した。2015年度の上半期以降は4000件台前半で倒産件数が推移した。2015年度上半期の倒産件数は4388件、2019年度上半期は4256件だった。

■サービス業を中心に「ゼロゼロ融資」で延命を図ってきた

新型コロナウイルスの感染症が世界全体で深刻化した2020年以降、わが国の企業倒産件数は減少した。2020年度上半期の企業倒産は3858件だった。2021年度上半期の企業倒産は2937件に減少した。

わが国では、経済のデジタル化の遅れ、ワクチン接種の遅れなどによって動線の寸断が長引いた。また、中国などでの感染再拡大の長期化によって、海外からの観光客などインバウンド需要も一時は大きく減少した。飲食、宿泊、交通などサービス業を中心に企業の事業環境は厳しさを増した。

その状況下、政府はいわゆる“ゼロゼロ融資”を実施し、売り上げが減少した事業者を支えた。具体的に政府系金融機関などが、実質無利子、無担保で融資を行った。最初の3年間は実質的に無利子、5年間は元金の返済開始が猶予されるなど、収益力が低下した企業にとってゼロゼロ融資は事業の継続にかなり重要な役割を果たした。多くの企業が元金の返済猶予期間を3年以内に設定した。

■経営体力のある企業、ない企業で二極化している

その状況が変わり始めている。わが国の企業倒産件数が増加に転じ始めた背景には大きく2つの原因がある。まず、9月末にゼロゼロ融資は終了した。今後は、融資の返済が本格的に進む。その結果、経営体力を強化できている企業と、それが難しかった(公的な資金支援に依存しすぎた)企業の実力の差が明確になり始めた。

経済がウィズコロナに向かうことを念頭に置いて、新しいビジネスに取り組む、あるいはデジタル技術の導入などを加速させて事業運営の効率性を高めることができた企業は、計画通りに返済を進めることができるだろう。反対に、ゼロゼロ融資によって目先の事業継続を優先した企業は、返済の原資を確保することが難しくなった。そうした企業が増え、倒産件数が増加している。

もう一つは、コストプッシュ圧力の急速な高まりだ。日銀によると、9月の国内企業物価指数(速報)は前年同月比で9.7%上昇した。ウクライナ危機以降、世界全体で天然ガスなどのエネルギー資源や穀物などの価格上昇が勢いづき、インフレが進んでいる。

■コストプッシュ圧力に耐えられなくなっている

また、わが国では日銀が異次元の金融緩和を継続している。米国や欧州などではインフレ鎮静化のために追加利上げや量的引き締め(QT)などの金融引き締めが強化されている。日銀と、FRBや欧州中央銀行(ECB)などの金融政策の方向性の違いは一段と明確になり、内外金利差の拡大圧力は高まっている。

10月21日の海外時間には、1ドル=150円まで円が下落するなど、円安の流れは鮮明だ。エネルギー資源などの価格上昇と円安の掛け算によって輸入物価は上昇し、企業物価が押し上げられている。

写真=iStock.com/caio acquesta
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/caio acquesta

一方、わが国では賃金が伸び悩み、需要が停滞している。そのため、8月の消費者物価指数は前年同月比3.0%の上昇だ。企業物価と消費者物価の差を国内の企業は負担してきた。しかし、それが限界になる企業が増え、倒産件数が増加し始めたとも解釈できる。不動産バブル崩壊などによって中国経済が高成長期の終焉(しゅうえん)を迎えたことも大きい。国内で事業を行う企業を取り巻く環境の厳しさは増している。

■倒産件数は今後も増える恐れが高い

やや長めの目線で考えると、わが国で事業を行う企業の倒産件数は、さらに増加する恐れが高い。というのも、ここにきて世界経済を下支えしてきた米国の個人消費に息切れ感が出始めているからだ。

それを示唆するデータは複数ある。まず、中国やASEANなどの新興国から米国に向かう荷動きが鈍化している。1年ほど前の米国では、小売企業が中国などからアパレル、日用品などの輸入を増やした。米国西海岸の港湾は逼迫(ひっぱく)し、コンテナ運賃も高騰した。それは11月下旬の“ブラックフライデー”、その後の年末商戦での需要をより多く取り込むためだった。

しかし、足許ではそれとは逆に、アジアから米国向けの輸出が減少している。夏場以降、米国の輸入は減少気味だ。日経新聞の報道によると、9月のアジアから米国に向かうコンテナ輸送量は前年同月比で13%減だ。言い換えれば、米国では個人消費が徐々に鈍化し、企業は在庫の積みあがりに直面している。

■米国の景気後退の波が日本に押し寄せている

今後、米国の個人消費の減少はより鮮明化する可能性が高い。最大のポイントは、FRBが金融政策を引き締めなければならないことだ。それによって、米国の金利は上昇し、企業業績は悪化する。収益を守るために、雇用を減らさなければならなくなる企業は増加するだろう。それによって米国の雇用・所得環境は徐々に悪化し、個人消費が減少する。金利上昇が株価をさらに下落させる恐れも増している。

また、金利上昇によって、住宅ローンやクレジットカードローンなど、家計の利払い負担も増す。米国の個人消費には追加的な下押し圧力がかかり、米国は本格的な景気後退に向かうだろう。それが現実となれば、世界経済は下支えを失う。米中、さらにはユーロ圏などが景気後退に陥れば、わが国の実質GDP成長率の下振れは避けられない。

見方を変えれば、わが国では徐々にそうした展開に備える企業や金融機関が増え、その結果として倒産件数が増加し始めているかもしれない。ここから先、米国の個人消費が盛り上がり、世界経済全体が上向く展開を期待することは難しい。さらに、わが国の企業を取り巻く環境の厳しさが増し、倒産件数が増加する展開が懸念される。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)