上司である学年主任から猛烈なパワハラを受けた、私立高校の教師の紀明さん(仮名・45歳)。常軌を逸した学年主任のパワハラの実態とは?(写真:nonpii/PIXTA)

「パワハラが原因でうつ病になった」「職場で受けた仕打ちのせいで人と接するのが怖くなった」「就労が困難になり困窮した」……ブラック企業という言葉が定着して久しい日本社会では、こういった体験を見聞きすることは決して珍しくないだろう。

本連載ではそうしたハラスメントそのものについてだけでなく、まだ十分に語られてきていない「ハラスメントを受けた人のその後の人生」について焦点を当てる。加害者から離れた後の当事者の言葉に耳を傾けることで、被害者ケアのあり方について考えられると思うからだ。

今回インタビューに応じてくださったのは、東北地方にある私立高校に勤務する紀明さん(仮名・45歳)。パワハラというと若者がターゲットとなるケースが真っ先に思い浮かぶが、紀明さんは45歳。彼のような年代の労働者も標的となりうるのだ。

生徒の前で学年主任が罵倒、さらし者になって尊厳傷つく

──本日はよろしくお願いします。答えるのがつらい質問のときには、例えば「スキップ」などと言ってもらえればすぐ別の話題に切り替えますのでおっしゃってください。

ありがとうございます。そうさせてもらうかもしれません。

──では、簡単に経歴を教えてください。

東北地方のある私立高校に勤務している40代の教員です。30代後半の頃に今の職場に転職しました。

パワハラをしてきたのは、私の受け持ちのクラスの学年主任。年上の男性で、新卒で就職してからずっと今の学校にいるベテランです。地位としては上に校長も理事長もいますし、そこまで高いポストというわけではないと思うのですが、キャリアが長いのと威圧的な態度から、現場レベルでは権力がその人に一極集中しているような状態です。

生徒がいる前で怒鳴られることが常態化

──どのような問題行動があったか、言える範囲で教えていただけますか。

いちばんつらかったのは、人前で怒鳴られることが常態化していたことです。

職員会議のとき、ほかの教員たちの前で吊るし上げるように詰られることがよくありましたし、生徒たちの前で怒鳴られたこともありました。夕方、生徒たちが職員室を掃除している時間帯に怒鳴るんですよ。一度や二度ではなかったので、相手はそういうことをわかってあえてやっていたと思います。

「教師失格だ!」「だからお前はダメなんだ!」……など、あまりにも耐え難い言い方をされ、教師としての尊厳を傷つけられる感覚でした。生徒たちもいたたまれないといった感じで、大人のいさかいに巻き込んでしまって情けなかったです。

──どのような理由で怒鳴られていたのでしょうか。

例えば、私が自分のクラスの分の資料をコピーするときに、上司のクラスの分を一緒にコピーしなかった、といったことです。明文化されたルールではありませんでしたから、恐怖よりもまず驚きがありました。そういう、思ってもないような角度から理不尽な言動をしてくることが多い上司なんです。

また、私がいない場所でも他の職員に対して「使えないやつ」と言っていました。

──これまでインタビューさせていただいた方は皆さん20代で被害に遭っています。対して紀明さんは、40代にさしかかろうという時期で、ご結婚されていて、お子さんもいらっしゃるときでした。

自分自身、いくつになってもこういうことは起こりうるんだということに驚きました。ただ、環境次第ではいくつでも起こりうるのだと思います。

これは後で知ったことですが、上司は私が勤務し始める前にも、別の教員に似たようなハラスメントをしていたようです。職員室で長時間怒鳴られて泣き出してしまった教員の逸話が語り継がれています。

──こういった被害については、身近な人が相談相手になるかどうかが非常に重要ですが、ご家族にはこのことを話されていたんでしょうか。

というか……妻もなんです。妻も同じ職場で、同じ上司からパワハラ被害を受けているんです。

──なんと……。

私とはやられていることの内容が少し違っていて、しつこく電話をかけてきて電話口で怒鳴られるといったことが最も多い被害でした。

高学歴の同僚を貶す上司

──本連載に向けて行った聞き取りでも、ハラスメントによって電話が苦手になった方は数多くいらっしゃいました。電話の着信画面を見ると動悸がするようになった人や、電話に出ることもできなくなってしまった人など。

妻も似たような状況だと思います。

妻の場合、上司から目をつけられた理由は「大学院卒である」という点でした。上司は自身の学歴に対して強いコンプレックスを抱いているようで、その反動として自分より高学歴の同僚を貶すことに執着しているようでした。

中でも妻は特に強烈な悪意が向けられ、「大学院なんて出て何になるんだ?」「院卒なのにこの程度の仕事もできないのか?」といった調子で日々突っかかられていました。そのほか、私同様に同僚の前で怒鳴りつけられることが日常的にありました。

あと、妻が受けた中で最も悪質な仕打ちが、生徒を使って妻の根も葉もない噂を流布されたことでした。

──詳しく教えて聞かせていただけますか。

例の上司は気に入った生徒を徹底的に贔屓するのですが、そういった生徒たちに向けてありもしないことをいろいろと吹き込んでいたんです。主にLINEを使って流布していたのですが、生徒とLINEの連絡先を交換することは禁止で、服務規程に反しているんです。

しかし、先程申し上げたように現場には彼に意見できる教員がいないので、好き勝手がまかり通る状況でした。ほどなくその噂話が広まって妻自身の耳に入り、大きなショックを受けていました。

ーーLINEというと、証拠も残るわけですよね。

そうですね。複数の生徒からスクリーンショットを入手しています。

また、上司はLINEだけでなく、気に入った生徒を食事に誘ったりもしています。そういう場で教員やクラスの情報ーーたとえば教員の生徒からの評判や、生徒間の人間関係でどんな問題が生じているかなどーーを聞き出して、教員を陥れる材料を集めているんです。

生徒たちにも理不尽さは伝わっているが…

──その生徒というのはクラスで目立つような子なんでしょうか?

いえ、逆に素朴で悪気のない子を選んでいます。本人は利用されていることに気づいていないと思います。だからこそ、いろんなことを話してしまう。上司はそういうのを嗅ぎ分けるのに長けてるんでしょうね。

それ以外の大半の生徒には先程言ったような理不尽さが伝わっていて、「話が通じない人」とか「呆気にとられるような言動をする人」という認識を持たれていると思います。

例えば、ある日授業が盛り上がってクラスがにぎやかになったとき、漏れ聞こえた声に反応して隣のクラスから突然入ってきて「何をそんなに騒いでいるんだ!」と当たり散らして出ていったことがありました。学級崩壊だとか、生徒が授業と関係ないことで騒いでいたとかいったことではなく、ただ和やかに授業をしていたところに乱入してきた感じで、生徒たちはポカンとして静まり返っていました。

──そういう部分についての警戒心が薄い子を嗅ぎ分けていると。

おっしゃるとおりです。

こういった感じなので、生徒からしたら学校や教育委員会に訴えるような角度のことは起こっておらず、問題として顕在化しないんですよね。ただただ「あの先生ってなんかやりにくいね」という認識が広まって、深く関わらないようにしよう、となるだけ。

だからこそ、私のように直接被害を被った人間が孤軍奮闘せざるをえないところがあると思います。

実際、妻の件についても上に報告したんですが、状況はまったく改められませんでした。こんな状況なので、私が妻に何か相談するとか、逆に私が妻の助けになるというのではなく、お互いの傷の舐めあいのような状況にならざるをえませんでした。

──パートナーの方の件のみならず、紀明さん自身に向けられたハラスメントについても訴えを起こしたということですが。

はい。学校側に、ハラスメントについて報告し、対処を要求しました。

しかし、ケアや加害者への処罰があるわけではなく、頼りにならないどころか、明確に上司の味方についてしまって。「あくまで指導の一環」「訴えられるようなことはしていない」という姿勢を崩さず、非を認めませんでした。

上司からパワハラを受けているだけでも苦しいのに、起こっている事態について責任を取るべき上の役職の人間とも対立しなければならず、精神的に追い打ちをかけられました。

理事長までも同じようなハラスメントをしている

──上層部によってそういったハラスメントが横行する土壌が作り上げられていたんでしょうか。

そうですね。というか、理事長も加害者と似たようなことをする人なんです。自分以外の職員が理事長から怒鳴られている姿を見た経験は5〜6回では済みません。机をバンバンと叩きながら、部屋中に響き渡る大声で「バカタレ!」と叫ぶ……という行為を何度も見ています。仕事でミスをしてしまった場合もあったかもしれませんが、部屋中に響き渡る大声である必要はないはずですし、あまりにも攻撃的だと感じました。


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こういう環境で10年以上働いて少しずつ消耗し、「もうダメだ」と思い心療内科を受診したのですが、すぐに精神科へ取り次がれ、診断を経て「いったん休んだほうがいい」と休職を勧められ、半年間休職することになりました。

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これまでも本連載で取り上げてきたとおり、「人目につくところでなじる」ことはハラスメントに該当しうるということをここに改めて記しておきたい。業務上の指導は心理的安全性が確保された場で、声を荒らげずやるべきという通念が広まってきているが、まだ認識していない人もいるということがわかる。

後編では、紀明さんが学校側に訴えを起こすにあたって行ってきたことを詳しく聞いていく。綿密に利用できる制度や頼れる機関を調べ上げ、計画的に対応されてきたことが伺い知れ、似た被害に悩まされる人にとって参考になるはずだ。

(後編は10月14日の配信です)

(ヒラギノ 游ゴ : ライター/編集者)