仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『Moonshot(ムーンショット) ファイザー 不可能を可能にする9か月間の闘いの内幕』(光文社)――。
写真=iStock.com/Massimo Giachetti
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■【イントロダクション】

新型コロナウイルスと人類の戦いには、まだ終わりが見えない。だが、これまでの間に私たちは、希望につながるいくつかの強力な武器を手に入れている。その筆頭に挙げられるのが「mRNAワクチン」だ。

とりわけファイザー製のワクチンは、巨大企業らしからぬスピードで開発・製造され、世界を驚かせた。

本書では、通常ならば何年もかかる新型コロナウイルスワクチンの開発・治験・製造を、わずか9カ月で成し遂げた製薬企業ファイザーのCEO自らが、その間の奮闘と内幕を詳細に語っている。

2019年1月にファイザーCEOに就任した著者は、15カ月後に新型コロナウイルスによるパンデミックという緊急事態に遭遇、世界有数のメガファーマ、そして「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす」というパーパス(企業目的)を掲げる企業として、ワクチン開発により一人でも多くの人々を救う決意を固める。一刻も早くそれを実現するために選ばれたのが、当時まだ製品化されていなかったmRNAワクチンだった。

著者はファイザー会長兼CEO。1993年同社に入社。グローバル・ワクチン・オンコロジー・コンシューマー・ヘルスケア各部門のグループ・プレジデント、ファイザー・イノベーティブ・ヘルス部門グループ・プレジデント、COO(最高執行責任者)など数々の幹部職を経て現職。

『Moonshot(ムーンショット) ファイザー 不可能を可能にする9か月間の闘いの内幕』
アルバート・ブーラ著
柴田さとみ訳
光文社
2022年6月 288p 1870円(税込)
原書:『Moonshot』(2022)

準備のない者に幸運は訪れない――プロローグ
1.非常事態
2.「当然」が常に正しいとは限らない
3.大きく考えれば(シンク・ビッグ)不可能も可能になる
4.ライトスピード(光速)
5.至上の喜び
6.過去、現在、未来
7.製造――第二の奇跡
8.公平――言うはやすく行うは難し
9.政治の地雷原を抜けて
10.希望の光
11.信頼の科学
12.患者さんとイノベーションのためのアジェンダ

■ファイザーが科学イノベーション企業になれた理由

パンデミック以前に劇的な変革によりイノベーション企業へと変貌

2018年1月1日、私はファイザーの最高執行責任者(COO)に任命された。それからの1年間は、最終的に会社のトップに就くための準備期間となった。(*1年後に)CEOに任命された私は、数カ月のうちに会社の事業ポートフォリオを再編し、コンシューマー・ヘルスケア事業部門と特許切れ医薬品を扱うアップジョン事業部門をファイザー社外のより良い場へと手放した。

この二つの事業は、2018年にはファイザーの総収益の25パーセント以上を占めている。ただし、前者は市場シェアが低く、後者は下降傾向にあった。コンシューマー・ヘルスケア事業は、合弁会社という形でグラクソ・スミスクライン社の一般用医薬品部門と統合された。一方、アップジョン事業はマイラン社と統合され、新会社ヴィアトリス社の一員となった。

会社をスリム化する一方で、数十億ドルを投じて科学力とパイプライン(*新薬候補)資産の強化にも取り組んだ。まず、数カ月のうちに4社のバイオテクノロジー企業を買収する。さらに、新たな強みの構築にも乗り出した。その一例として、CEO直属のポジションとしてファイザー初の最高デジタル責任者にリディア・フォンセカを任命した。彼女に最優先で取り組んでもらった課題の一つが、研究開発分野のデジタル化を通じて、より優れた連携と透明性とスピードを実現することだった。

こうして私がCEOに任命された6カ月後には、ファイザーはいくつもの事業を擁する複合企業(コングロマリット)から、科学イノベーションにひたすら注力する企業へと変貌を遂げていたのである。

■「我々がやらずに、ほかにいったい誰がやる?」

それは私がファイザーのCEOに就任して15カ月目のことだった。新型コロナウイルスの感染拡大が、みるみるうちに世界規模の脅威のパンデミックへと発展した。

アルバート・ブーラ著、柴田さとみ訳『Moonshot(ムーンショット) ファイザー 不可能を可能にする9か月間の闘いの内幕』(光文社)

今回の新型ウイルスは通常とは違うという点で、私と、研究開発部門のトップであるミカエル・ドルステンの意見は一致していた。そして、私たちはワクチンを最優先で目指すという考えに傾いていく。

ファイザーのワクチン生産能力が他社と一線を画している理由の一つは、初期研究から後期試験、臨床開発まで、すべての段階が一貫して高度に統合されている点にある。さらに、とっておきの切り札として、我が社には世界トップクラスのワクチン・チームがいる。チームを率いるのはタフで勇敢なドイツ人女性科学者、キャスリン・ジャンセンだ。

私は、ミカエルにこう言ったのを覚えている。「我々がやらずに、ほかにいったい誰がやる?」

■「パーパス・サークル」と呼ばれる幹部用の会議室

2020年3月、私はファイザー本社ビルに向かい、幹部用の会議室の扉を開けた。私たちはこの部屋を「パーパス・サークル」と呼んでいた。

この部屋の壁には「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす」という我が社のパーパス(企業目的)が大きく打ち出されている。一方の壁には、幹部一人一人が持ち寄った写真が飾られていた。それぞれが個人的に心揺さぶられた患者さんの写真だ。私たちの下す決定が、患者さんという最も大切にすべき存在にとって、どれほど重要な意味をもつか。そのことを常に忘れないためである。

(*パーパス・サークルで)私が有効なワクチンを記録的スピードで開発してほしいと指示したとき、ファイザーのチームには数多くの選択肢があった。

我が社の研究チームは、アデノウイルス、組み換えタンパク、結合型、mRNAなど、ワクチン開発の基盤となる数多くの技術プラットフォームを扱ってきた。そのため、私はチームへの最初のタスクとして、どのプラットフォームに賭けるべきかを提案してほしいと求めた。彼らはチーム内で協議し、そして驚いたことにmRNAプラットフォームを用いる案を提示してきたのだ。

私はmRNA技術をとても買っていたし、この技術がインフルエンザワクチンの開発に変革をもたらす可能性は十分にあると考えていた。とはいえ、それが実現するのはまだ数年先になるだろうと思っていたのも事実だ。

mRNAプラットフォームを選べば、その他の利用可能なオプションと比べてリスクと複雑性ははるかに高くなるのは明らかだ。ただし、これは問題解決へと至る最速の道でもある。それに、ワクチン専門家である彼らがこれだけリスクの高い選択肢を推すということは、相当に深い確信があるのだ。私の直感は、これが正しい選択であると告げていた。

■「18カ月」のプランに「まだ(スピードが)足りない」

通常の状況下であれば、ワクチンの開発には何年もの月日がかかる。しかし、4月に行われたテレビ電話会議で、キャスリン・ジャンセン率いるチームは、第三相試験(*人間を対象とした最終段階の臨床試験)を2021年後半までに完了させるという積極果敢なプランを提示する。このプランの肝となるのは、数年はかかる必要な作業を18カ月に短縮することだった。

「このプランではまだ足りない」、私はチームに告げた。「10月までにワクチンを準備しなくては」

1週間後、チームは新たなプランを提示してきた。それは、順調にいけば2020年10月末までに試験を完了できる、創意工夫に満ちたプランだった。

(*ワクチン候補を絞り込むための)第一相・第二相試験はとても巧みにデザインされていた。すべてのワクチン候補が研究所から出そろうのを待つのではなく、最初のワクチン候補ができあがった時点で試験をスタートするのだ。そして見込みの低いワクチン候補を早い段階で振り落とす。

チームはさらに、有効性60パーセントを目指して第三相試験をデザインしていた。FDA(アメリカ食品医薬品局)がワクチン承認の基準として定める条件は、最低でも50パーセントの有効性だ。

当社の数学者が行った統計分析によれば、このレベルの有効性(60パーセント)を目指す場合、統計的に有意な有効性を示すには、少なくとも合計164件の感染症イベント(参加者がその病気にかかること)が必要になる。そして、1万から1万5000人規模の治験を行えば、1年以内にこの件数に至れる可能性がある。チームはそれより大がかりな3万人規模の治験を目指すことにした。

数日後、私は世界に向けて、ファイザーがこの世界的パンデミックに対抗できるワクチンを10月までに開発するつもりであることを発表した。

写真=iStock.com/Massimo Giachetti
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■「時は命なり」の姿勢が成功のもっとも重要なファクターに

2020年3月19日、私たちはワクチンに特化したミーティングを行った。その後この会議は、現在に至るまで「プロジェクト・ライトスピード(光速)」と呼ばれることになる特別チームの定例ミーティングへと形を変えていった。このプロジェクトでは、誰もが光速に等しいエネルギーで任務を進めることが求められる。

通常、CEOを交えたミーティングに臨むときは、あらかじめ関係者の意見を「すり合わせて」おくものだ。だが、このプロジェクトではそんなことをしている時間はない。データが乱れ飛び、リアルタイムで決定が下されていく。私たちは無駄をはぶいて必要なことを必要なときに必要な分だけ行う「ジャスト・イン・タイム」の精神で物事を進めた。

私はよくチームに「時は命なり」と伝えた。今思えば、この「時は命なり」という姿勢こそが、プロジェクトを成功に導いた最も重要なファクターだったように思う。それまで誰も成し遂げたことのないような、とてつもなく高い目標を掲げることで、人間の創造性は驚くほどに解き放たれる。

■60パーセント目標だった有効率が95.6パーセントに達する

11月8日に第三相試験の結果がわかると知っていたのは、ファイザー社内でもごく一部の人々だけだった。

ワクチン臨床研究開発担当シニア・バイスプレジデントのビル・グルーバーが口を開いた。「いいニュースです。治験は成功しました」

だが、物語のクライマックスは15分後に訪れる。「有効率は?」「95.6パーセントです」

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翌日、私たちはプレスリリースを発表した。その朗報は、またたく間に世界に広がった。あらゆる国のメディアがこれをトップで報じ、多くのニュース番組がこの話題で一色となる。何カ月にもおよぶ暗黒のときを経て、世界は初めて希望につながる明るいニュースに出会ったのだ。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメント by SERENDIP

ファイザーが短期間に新型コロナウイルスワクチンの開発・製造に漕ぎ着けたのは、もちろん同社の技術者たちや、提携したドイツのバイオ企業ビオンテックの力によるところが大きいのだろう。だが、強力な使命感のもと、ファイザーの技術者や幹部たちにパーパスを意識させ、叱咤(しった)激励しながら不可能を可能にしたブーラCEOのリーダーシップは、手放しで賞賛されるべきものだと思う。ワクチン完成後、ブーラCEOは、下位中所得国と低所得国には利益を度外視した価格設定を行うとともに、供給が行き渡るよう尽力した。これはファイザーの社会的企業としての側面を強調するとともに、製薬業界全体の信頼度を上げる効果もあったのではないだろうか。

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