不況が迫ると、「物々交換」が盛んになる。
現在、インフルエンサーを取り巻く(マーケティングの)状況ほど、この言葉が当てはまるものはないだろう。しかし、本当にそれほど単純な話だろうか。インフルエンサーマーケティングの現場からの声を聞いてみよう。
「バーターエコノミーが勢いを取り戻している」
デジタルマーケティングエージェンシー、ウォルフェンデン(Wolfenden)のソーシャルメディア担当幹部、エミリー・ディーン氏はこう話す。「運営コストが危機にあるとき、インフルエンサーとの仕事では、従来の報酬を支払うアプローチではなく、無料の商品提供を増やす傾向があることは確かだ」。
また、スカイスポーツ(Sky Sports)の司会者で、インフルエンサーエージェンシー、ルーム(The Room)の共同設立者であるアレックス・ペイン氏は、次のような見解を示す。「ブランドは運営コストの危機に直面しており、インフルエンサーとの関係などに使える予算が減っている。その結果、ブランドがお金ではなく、商品やサービスを引き換えにする『バーターエコノミー(物々交換経済)』といったようなものが勢いを取り戻している」。
明確にしておくが、この記事は、あるトレンドがインフルエンサーマーケティングを席巻していると主張するものではない。それどころか、こうしたバーター取引の復活は始まったばかりだ。そしてそれは、一部のインフルエンサーに影響を及ぼしているに過ぎない。すなわち、予算の厳しいマーケターからの提案を、断りたくても断れない人たちのことだ。彼らは人気のインフルエンサーに比べてフォロワー数が少なかったり、影響力が小さかったりするため、受け入れざるを得ない。
「インフルエンサーとしてフォロワー数が増えるほど、またそれ以上に重要なビュー数が増えるほど、ブランドに対する価値が高まるため、より多くのお金を要求できるようになり、また交渉においてより大きな発言権をもつようになる」と、マーケティングコンサルタントで、インフルエンサーを扱うタレントエージェントのクリスチャン・ディブラット氏はいう。「商品交換型の取引は、小規模なインフルエンサーには有効であり、また言うまでもなく、商品とお金を提供するより、商品だけを送りたいマーケターのいるブランド側にとっても好都合だ」。
長期的なパートナーシップ構築の手段
このトレンドが、小規模なインフルエンサーにとって悪いものとは言いきれない。少なくとも、これらの取引が正しい方法で用いられるなら、つまり、単なるコスト削減策としてではなく、より長期的なパートナーシップを構築するための方法として扱われるなら、悪い話ではないだろう。米DIGIDAYが取材した6人の広告業界幹部の言葉を信じるなら、今のところそれは間違いないといえそうだ。
とはいえ、インフルエンサーが現金の見返りなしに働くことを求められているという点では、商品提供の復活が手放しで喜べる話でないのは確かだ。マーケターが、費やすお金を増やすのではなく、減らす方向に傾いていることを忘れてはならない。たとえそれが理由であっても、マーケターは、インフルエンサーにとってこの関係が手間をかけるに値するものになるようにしなくてはならない。少なくとも、それがビジネスのためだ。
セレーナ・ゴメスのHBO番組『Selena + Chef』を担当するマーケターは、明らかにそのような考えが頭にあったようだ。インフルエンサーたちに送られてきた高級そうなトランクには、トレンディなインテリアショップCB2の調理器具、キッチンウェアブランドのアワープレイス(Our Place)の鍋、セレーナ・ゴメスの会社レア・ビューティ(Rare Beauty)の美容製品などがぎっしり詰まっていた。おまけに、同番組の特製グッズも山ほど入っていた。
「それが重要なのは、このような商品提供には、用意して発送するのにコストがかかるからだ。何のための商品提供であり、何を送るかに力を入れることが非常に重要だ。興味を引くものでなければ、インフルエンサーは投稿してくれない」と、ティヌイティ(Tinuiti)のシニアバイスプレジデント兼パートナーシップマーケティング責任者のクリスタル・ダンカン氏はいう。
マーケターは、インフルエンサーに何かを送ったからといって、投稿してもらえる保証などない。したがって、このような商品提供は、マーケターのコスト節約術として考案されてはいるが、安上がりだとは限らない。予算が削減されつつある現状にあっても、必ずしも特効薬といえる戦略ではないのだ。ただし、インフルエンサーに推奨してもらうことで、キャンペーンの効果を高めることはできる。
「最近、あるクライアントのために、商品提供と有料の両方でインフルエンサーと仕事をしたが、同じ期間内に、商品提供を得たインフルエンサーは、有料インフルエンサーの8倍の売り上げを生み出した」と、ウォルフェンデンのディーン氏は述べている。
「絶対に報酬があってしかるべきだ」
この種のマーケティングでは、これまで同様、オーセンティシティ(真正性)が何より重要だ。
現在の状況を生き延び、成功するインフルエンサーは、お金をもらって宣伝するものを投稿するのではなく、社会的大義や真の情熱をもって発信し、コンテンツを作成している人たちだ。その彼らが、お金以外のものと引き換えに仕事をしなければならない現状を考えると、このままではよくない。しかし、広告主が財布の紐を緩めるまでは、こうしたバーター取引で成功を収めることが、インフルエンサーがもはやバーター取引の対象にならないほど大きな存在となるための鍵になるかもしれない。
「インフルエンサーは、何かを推薦することでオーディエンスへのアクセスを提供するだけでなく、自分たちなりのレンズを通してブランドのメッセージを伝えることで、外部委託のクリエイティブディレクターとして、専門知識を提供している。これには絶対に報酬があってしかるべきだ」と、インフルエンサー・インテリジェンス(Influencer Intelligence)のコンテンツおよびリサーチ担当責任者、サラ・ペニー氏はいう。「ブランドは、予算制限によって戦略の的を絞り込むかもしれないが、それよりもむしろ、結果を出してくれそうな相手とのパートナーシップを確保することに、特に力を入れるようになっている。当社のプラットフォームでは、ブランドが引き続き幅広いインフルエンサーにアクセスしている」。
こうしたことはすべて、必ずしも目新しい動きではない。インフルエンサーマーケティングには、ポジティブな反応(を含むあらゆる反応)を得られる保証のない無料の商品提供と、ブランドがインフルエンサーのオーディエンスに発信するメッセージをより細かくコントロールできる有料のコラボレーションという、ふたつのアプローチが常にあった。しかし、景気後退を背景に、いまは前者が勢いを増している。
[原文:As ad budgets are slashed in the absence of cash, marketers are ‘bartering’ influencers]
Seb Joseph(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:黒田千聖)