小売最大手のアマゾンでは、労働環境の劣悪さがたびたび問題になっている。いったい何が起きているのか。派遣会社を通じてアマゾンの倉庫で働いた、英国人ジャーナリストのジェームズ・ブラッドワースさんがリポートする――。

※本稿は、ジェームズ・ブラッドワース、濱野大道訳『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社未来ライブラリー)の一部を再編集したものです。

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■91%が「アマゾンの仕事を友人に勧めたくない」

アマゾン従業員に対してGMB労働組合[全産業からなる英国最大級の一般労働組合]が行なった最近の調査では、次のような結果が出た。

・91%がアマゾンで働くことを友人に勧めたいとは思っていない。
・70%が不当に懲罰ポイントを与えられたと感じている。
・89%が自分は利用されていると感じている。
・78%が休憩は短すぎると感じている。
・71%が1日に16キロ以上歩いたと答えた。

「一緒に働きはじめた人たちはもう誰もいません。8人のうち残ったのはわたしだけです」とクレアは語った。彼女は髪に赤いメッシュを入れたぽっちゃり体型の19歳で、アマゾンの梱包と地元のパブでの仕事を兼業していた(※1)。

私たちは、カノックにあるウェザースプーン[イギリスやアイルランドで展開する庶民派パブ・チェーン]の2階のテーブル席に坐っていた。そのパブの薄暗い室内には、砂糖とホップの搾りかすの強いにおいがただよっていた。平日の昼下がりの店は、年金生活者、若い母親、そして失業者で混み合っている。

私たちのテーブルのうしろでは若い女性が赤ん坊に食べ物を与えていたが、彼女が使う光沢のあるプラスティック製のスプーンが、栗色のチューダー“様式風”の内装のなかでやけに目立って見えた。奥のスロットマシンの横には、みすぼらしい恰好の男性がふたり。ひとりはビールジョッキを胸にぴったり押しつけ、もうひとりはだぶだぶのジーンズのポケットに手を突っ込み、どこか不安げな表情で硬貨を探していた。

※1 クレアへのインタビュー(2016年4月22日)

■「みんな仕事が大嫌いで辞めたんです」

クレアはオレンジジュースを飲みながら、多くの友人たちは大きな希望を胸にアマゾンで働きはじめたのだと語った。しかし仕事の現実にぶち当たると、彼らの希望はすぐに打ち砕かれた。

「何人かは、もっとマシな仕事を見つけて辞めました。でも残りの友人たちは、みんな仕事が大嫌いで辞めたんです」

クレアは若い世代を代表するような典型的な女の子だった。彼女たちにとって終身雇用という概念は、フロッピーディスクやVHSのビデオテープと同じ時代遅れのものだった。以前、クレアはいまとは別のパブで働いていたものの、突如としてシフトが減らされたため、仕事を辞めることを余儀なくされた。

アマゾンが従業員を募集していると聞いた彼女は、派遣会社のトランスラインを通じて梱包の仕事に応募した。その当時の新聞には、アマゾンが数百人分の新しい雇用をルージリーにもたらしたという見出しがたびたび躍っていた。さらに19歳の若者にとって、時給7ポンドという条件もとりわけ悪いものには思えなかった。彼女はカノックにある派遣会社のオフィスを訪れて大量の書類に署名し、義務となるドラッグとアルコールの検査を受けた。

■給料の不払いがたびたび起きる

かくして、クレアはアマゾンで働きはじめた。ちょうど10月が終わるころで、彼女はクリスマスのためのお金をどうやって工面するかずっと悩んでいた。クレアは母親と一緒に実家に住んでいたものの、家賃は支払わなければならず、毎月の携帯電話代も口座から自動で引き落とされた。

アマゾンで働き出せば、少なくともちょっとしたクリスマスのお祝いはできるのではないかと彼女は踏んでいた。友人たちと飲みにいったり、家族にプレゼントを贈ったりするくらいはできるはずだと。クレアはアマゾンに仕事を探しにいき、求められたことはすべてやった。言われたとおり、求職中は失業保険の申請もしないようにした。にもかかわらず、私がそれ以降に出会うことになるほかの大勢と同じように、彼女の希望はすぐに失望に変わった。

「クリスマスの前後、トランスラインからの振込額が実際よりも少ないことが何度かあったのですが、そのお金を取り戻すのに8週間もかかったんです。たしか、3週間で27時間分の賃金が支払われていなかった。

それでお母さんがACAS[賃金の不払いや不当解雇などの個人的な労働紛争を解決するためのイギリスの公共機関〈助言斡旋仲裁局〉]に何度か連絡して、解決しようとしたんです。ACASに連絡したとアマゾンに言ったら、その次の週に給料が支払われました。でも3カ月も経過すると、また同じことの繰り返しになる」

■40時間分の給料が「2時間半分」しか払われない

クレアが最初の未払い金を取り戻すと、すぐにトランスラインの不払いが再び始まった。

「その2週間後、40時間分の給料として18ポンドが支払われました。これって、たった2時間半の分の額ですよ」

つまりその週、クレアの労働に対して時給45ペンスしか支払われなかったことになる。そのときもまた、未払い金を取り戻すのに数週間かかった。

「ほんとうは262ポンド支払われるべきだったんです。トランスラインは『申しわけありませんが、みんなの支払いがごちゃまぜになってしまって』と説明しました。給与明細をもらったときには、『心配しないでください、まちがっているのは明細だけですから』と言われたんですけど。アマゾンで働いて半年のあいだに、7回も同じようなまちがいがありました」

クレアとしては、トランスラインの不払いについて雇用審判所に訴えるという選択肢もあったが、その費用はあまりに高すぎた。2013年7月に雇用審判のための手数料が導入されて以来、雇用主に不満のある従業員は審判所に提訴するために最大で1200ポンドの手数料を支払わなければいけなくなった。結果、手数料が導入される前年に5847件だった申し立て数は、1年後の2014〜15年に1740件に減り、前年比で70パーセントのマイナスを記録した(※2)。

※2 https://www.theguardian.com/money/2017/jan/31/employment-tribunal-cases-down-70-since-fees-introduced

■その日暮らしの労働者にとっては死活問題

より専門的な仕事に就いたとき、給料の支払いは週払いから月払いへと変わる。企業としても、そのほうが安上がりになる。当然ながら、給与計算を年に52回行なえば、12回行なうよりも費用と時間がかかる。一方、その日暮らしの生活を送る人々はすぐにお金を必要としており、最初の小切手を受け取るまでに1カ月も待っている余裕などない。

労働市場の底辺にいる者たちにとって、貯金に頼るという考えは別世界の話でしかない。中流階級の人たちにとって、超高金利のサラ金から金を借りるのが別世界の話であるのと同じだ。そのため、トランスラインのような派遣会社は週ごとに労働者に給料を支払う。あるいは、少なくともそういうルールになっている。

「そのせいで、家賃を支払うためにお母さんから何度もお金を借りる羽目になりました。もし実家を出て部屋を借りていたら、まちがいなく完全にアウトだったでしょうね。18ポンドしか支払われなかったときは、そのすぐあとに40ポンドの口座引き落としがありました。ほんとうは260ポンドなのに、140ポンドしか支払われなかったこともあった。その週には80ポンドの支払いと40ポンドの口座引き落としがあって、残り20ポンドで生活しなくちゃいけなかった。

わたしには運よく別の仕事があって、その週の日曜日に100ポンドが入ってくる予定でした。でも、アマゾンとトランスラインがそんなことを知るはずもありません。わたしは会社に言ったんです。『残りのお金はいつもらえるんですか?』。そうしたら、『来週支払う』と向こうは答えました。当日振込ができないからだ、とかなんとか言って」

写真=iStock.com/gorodenkoff
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■アマゾン社員の気まぐれでペナルティが付いてしまう

派遣会社を通してアマゾンの労働者に認められた権利は限定的なものだったが、これらの不充分な権利でさえたびたび無視された。アマゾンの社員たちは恐ろしいほど気まぐれだった。とくに、ポイント制の懲罰制度に関しては気まぐれ度が増した。この制度では、病欠、遅刻、ピッキングのノルマ未達成を理由に従業員に懲罰ポイントが与えられた。

「6ポイントになると、リリース(解雇)です。友だちのひとりは、4ポイントまで溜まったことがありました。はじめは、規定よりも早く退勤したという理由でポイントが与えられましたが、彼女は実際にはそんなことはしていませんでした。

次は、アマゾンのバスが故障して遅れたのに、それでまた1点。病院にいる子どものために早退したら、また1点。働きはじめたばかりのころにわたしも、出勤中に車の事故に遭ったことがありました。だけど、なんとか遅刻せずに会社に着いたんです。でもすぐに帰宅させられ、懲罰ポイントが与えられてしまった。意味不明ですよ。『わたしは不慮の事故に巻き込まれたわけだし、帰れと言ったのもあなた方です。なんでわたしがポイントを与えられなきゃいけないの?』って感じです」

■アマゾンが運行するバスが遅延しても「1ポイント」

クレアはアマゾンにこれ以上長く勤めようとは考えていなかった。すでに懲罰ポイントが5点分溜まっており、あと1点で“リリース”だった。はじめの1点は交通事故に対するものだった。次に、ノルマに達していないという理由で点が与えられた(「梱包の仕事でそんなことはありえません」と彼女は訴えた)。

アマゾンが運行するバスが遅れたとき、さらに点が追加された。会社が残業を強制しようとしたとき、また1点(「これは強制的なものだと言われましたが、『もう5週間も強制残業をしているので、これ以上は絶対にできません』と言って断わったんです」)。

そして片頭痛で休んだときに、5点目が追加された(「わたしはひどい片頭痛持ちで、『診断書を提出しましょうか?』と会社に訊いたんです。そうしたら、『その必要はない。いずれにしろ懲罰ポイント追加だ』とかなんとか言われてしまって」)。

クレアはさらに、トランスジェンダーの友人についてのあるエピソードを教えてくれた。仕事中、彼はひどい辱めを受けたという。

「わたしにしてみれば、人種差別と同じくらいひどいことです」とクレアは強い口調で言い、労働者階級にまつわる固定観念に早口で異議を唱えた。彼女のその言葉は、労働者階級がさまざまな社会問題に対して絶望的なほど古い考えのままであるという安易な見方を否定するものだった。

■トランスジェンダーへの配慮もない

「彼はトランスジェンダーで、ほんとうの名前はエリーズだったんですけど、エリオットって呼んでほしいと会社に頼んだんです。でも、トランスラインはそれをかたくなに拒んだ。向こうはその友だちをエリーゼと呼ぶので、彼はただ無視していました。

わたしは怒り心頭でしたよ。『彼はトランスジェンダーで、男性ホルモンの投与も受けてる。だから正確にいえば、彼は男性なの。それに、エリオットと呼ぼうがエリーゼと呼ぼうが、あなた方にどんな問題がある?』って言ってやりたかった」

「向こうは理由を説明したんですか?」
「彼女は女の子だからって言ってました。『“あれ”が付いてないだろ』って」
「誰がそう言ったんですか?」
「トランスラインのマネージャーです」

誰もが羨むアマゾンのブルーバッジ(正社員の証=編集部注)を手に入れるのは、どこまでも困難なことだった。飛び抜けて優秀であることはもちろん、ちょっとした違反を犯すことさえ許されなかった。

「まったく休みを取ることもできません」とクレアは説明した。「それに、つねに完璧に基準をクリアしなくちゃいけない。すべてに対して、いつも100パーセントの力を出し切らないといけないんです」

■正社員登用を夢見た友人に降りかかった悲劇

クレアのある友人は、9カ月の契約期間の終わりに近づくにつれ、ブルーバッジ獲得への期待を膨らませていった。そのために、彼は身を粉にして働いた。本から台所用品まで、何十万もの商品をアマゾンの顧客のために棚から取り出した。ピッキングの目標基準をつねに上まわり、いつも時間どおりに出勤した。そしてなにより重要なことに、仕事のほぼすべての側面を支配する無数の細かいルールをなんとか破らずに切り抜けた。

にもかかわらず、この勇ましい新たな経済――病は許しがたい罪だとみなされるダーウィン的弱肉強食の世界――は、唾を吐き捨てるように彼を解雇した。彼が犯した罪は、“生意気にも”風邪を引くということだった。彼はトランスラインの規則にしたがい、始業の1時間前に会社に電話し、マネージャーに風邪を引いたことを知らせた。しかし、そんなことにはなんの意味もなく、派遣会社にクビを言い渡されたのだった。

■これはもはや「人間の否定」である

アマゾンで働き出して2週目、私は体調を崩して1日欠勤してしまった。病気になるということはここでは罰すべき罪なので、私には“ポイント”が与えられた。脂っこいジャンクフードばかりを食べて1日まさかの10時間半労働を続ければ、健康自慢の労働者でも病気になってしまうにちがいない。

病気で休むと1日分の給料を失った。すると生活の貧しさに拍車がかかり、さらに体調は悪くなった。アマゾンがそんなことを気に留めている様子はなかった。結局のところ、彼らがこの残酷なシステムを開発したのだ――いかなる種類の病気であれ、家で寝ていた者は罰を受ける。

アマゾンのほかの多くのルールと同じように、病気に関するルールもまた、仕事のあらゆる側面において従業員はズルしようとするという暗黙の前提の上に成り立っていた。すべての病気は、「前夜に町で飲んだくれて二日酔いになった怠け者」と同義だった。どんな状況であれ、“ほんとうに病気にかかった”わけではなく、ただ仕事をサボりたいだけだと判断された。

写真=iStock.com/Christian Horz
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■「病気は自分で治さなくてはいけないということです」

そのため、充分な時間の余裕をもって休むことを派遣会社に伝えたとしても、罰は免れなかった。お知らせいただきありがとう、ではポイントを加算しておきます。事前の電話連絡を怠った場合には、(当然といえば当然ながら)3ポイントが加算された。連絡したうえで1週間病気で休むと5点が溜まり、クビの一歩手前の状態となる。似たように、もし仕事に1分遅れると1ポイントが加えられるだけでなく、15分の時間給に相当する額を失う可能性があった。

全体として、従業員に対する思いやりはどこにも見当たらなかった。「私たちはあなた方をここで必要としています。とにかく、病気は自分で治さなくてはいけないということです(※3)」とアマゾンのスーパーバイザーは初日に私たちに語った。食堂にはいつも大量の咳止めドロップが置いてあったが、その理由は働きはじめてすぐにわかった。

※3 スーパーバイザーの発言(2016年3月23日)

■欠勤した翌日、派遣会社の人間がやってきて…

体調不良で欠勤した翌日に仕事に戻ると、金縁の眼鏡をかけた落ちつきのないトランスラインの社員が私を探しにやってきた。その男はクリップボードを腋(わき)に挟んだまま、長い通路を一つひとつのぞき込み、私のほうに近づいてきた。派遣会社の用心棒(倉庫内を歩きまわってミスや“非行”について従業員に知らせるのが彼の仕事)としては、驚くほど押しの弱い性格だった。

彼は怯えた服従的な犬のような眼でこちらを見やり、違反について警告した。ほかの何人かのマネージャーたちとはちがい、嫌々仕事をしているのは明らかだった。彼はどもりながら言葉を濁しつつ、書類の言葉を読み上げた。が、その気の小ささによって、すべての警告は薄っぺらにしか聞こえなかった。他者に対してなんらかの権力を振るう仕事よりも、図書館員にでもなったほうがよさそうだった。

■「アマゾンでは、そういうルールになっているんで」

ジェームズ・ブラッドワース『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社未来ライブラリー)

それでも彼は、前日の私の欠勤に対してポイントが与えられることをなんとか説明しおえた。それが罰であると明言こそしなかったものの、事実上の罰であることはまちがいなかった。男がだらだらとしゃべりつづけるあいだ、頭に怒りが込み上げてきたが、なんとか言葉を呑(の)み込んだ。

しかしながら、体調を崩したという理由だけでこのように罰を与えるのは合法なのかと訊かずにはいられなかった。それも、正しい手順に則ってシフトが始まる1時間前までに電話連絡をしたというのに。彼の答えは、教師が5歳児の質問に与えるのと同じものだった。

「アマゾンでは、そういうルールになっているんで(※4)」と答える彼の眼には怒りではなく悲しみが浮かんでおり、それが状況をさらにやっかいにした。「おれがそう決めたからだよ」とでも言われたほうがずっとマシだった。

※4 トランスライン社員の発言(2016年4月8日)

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ジェームズ・ブラッドワース英国人ジャーナリスト
現地で影響力のある左翼系ウェブサイト”Left Foot Forward”の元編集者。大手紙インディペンデントやガーディアン、ウォール・ストリートジャーナル等にコラムを寄稿。著書に『The Myth of Meritocracy: Why Working-Class Kids Still Get Working-Class Jobs』がある。
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(英国人ジャーナリスト ジェームズ・ブラッドワース)