いわゆる「空間除菌グッズ」の感染予防効果は証明されていない。それでも売られ続けているのはなぜか。内科医の名取宏さんは「業界構造の問題がある。空間除菌以外の『健康に良い』とされる商品でも同じことが起きている」という――。
写真=時事通信フォト
景品表示法違反で措置命令が出された大幸薬品の空間除菌剤「クレベリン」=2022年1月20日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■気休めで使うにしてもリスクが高い

いわゆる「空間除菌グッズ」は、空中に二酸化塩素などの化学物質を放出することで空気を消毒すると称される商品です。以前から販売されていましたが、新型コロナウイルスが流行してからずいぶんと売り上げを伸ばしました。しかし、新型コロナウイルスの感染予防を目的として人がいる空間に化学物質を放出することは、海外を含め、どの公的機関も推奨していません。

その理由は、空間除菌による感染予防効果が証明されておらず、また潜在的に害があるからです。感染を予防するには一定以上の濃度が必要ですが、ウイルスは不活化させるのに人体にはまったく害を及ぼさないという都合のよい化学物質は存在しません。実際に、空間除菌グッズによる健康被害の事例は複数報告されています(※1)。気休めで使うにしてもリスクが高いと私は考えますが、実際にはいまだに広く使用されています。

※1 プレジデントオンライン「気休めにしては危険すぎる…現役医師が『空間除菌グッズは使うな』と断言する理由」(2021年4月23日)

■空間除菌グッズは医薬品ではなく「雑貨」

空間除菌グッズは、医薬品ではなく「雑貨」として販売されています。空間噴霧用の消毒剤として承認された医薬品はありません。雑貨を販売する際にはっきりと効果効能を謳えば法律違反ですが、ほのめかすだけなら合法です。多くの消費者が勝手に感染予防の効果があると誤認すれば、空間除菌グッズは売れます。そこで法律には触れないように、しかし消費者の誤認を誘うような宣伝が行われてきました。

新型コロナウイルスが流行する以前から、空間除菌グッズの宣伝方法については問題視されていました。たとえば今から8年前、2014年に消費者庁は景品表示法違反(優良誤認など)に当たるとして17社に措置命令(行政処分)を出しています(※2)。それにもかかわらず、不適切な宣伝は続きました。

※2 日本経済新聞「『空間除菌』根拠なし 消費者庁、17社に措置命令」(2014年3月27日)

■消費者庁が「クレベリン」に措置命令

2022年1月にも、「クレベリン」を販売する大幸薬品株式会社に対し、景品表示法に違反する行為が認められたとして、表示をやめることなどを求める措置命令が出されました(※3)。商品パッケージやウェブサイトにおいて、電車やバス、オフィス、ベビーベッド、玄関、トイレ等の場所において身の回りの空間に浮遊するウイルスが除去される効果が得られるかのように表示されているものの、その裏付けとなる合理的根拠が示されなかったというものです。

実際に使用される現実の環境下で想定通りの性能を発揮するとは限らないにもかかわらず、効果があるかのように消費者に誤認させているというのが、消費者庁の指摘です。

※3 消費者庁「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」(2022年1月20日)

実験室内の環境で空間除菌グッズが空気中のウイルスや細菌を不活性化させるというデータはありますが、理想的な条件が整った実験室と違い、実際の生活空間は気温や湿度、部屋の大きさや換気状況がそれぞれ異なります。よしんば空気中のウイルスを不活化させるが人体には安全である濃度があるとしても、そのちょうどよい濃度を保つことがはたしてできるのでしょうか。

■「措置命令に従えば解決」ではない

大幸薬品は当初、法的に争う姿勢を示していましたが、一転して2022年5月、「弊社商品の表示に関するお知らせ」にて、室内空間に浮遊するウイルスや菌が除去される効果等が得られるかのように示す表示が「一般消費者に対し実際のものよりも著しく優良であると示すものであり、景品表示法に違反するもの」であると認めました(※4)。

※4 大幸薬品「弊社商品の表示に関するお知らせ」(2022年5月3日)

実験室内だけではなく、実際に空間除菌グッズが使用される生活空間でも効果があると言えるデータがあるなら、大幸薬品はそのデータを示せばいいはずですが、私の知る限りではそのようなデータはありません。景品表示法違反を認めたのは、このまま消費者庁と争うのは得策ではないという企業の経営上の判断があったのではないかと思います。

そして、消費者庁の措置命令を受けて大幸薬品のウェブサイトから過大な宣伝文句がなくなりました。ただし空間除菌に関する問題が、これで全部解決したわけではありません。クレベリンの販売は続けられています。雑貨として販売すること自体は合法ですし、主力商品をいきなり販売停止にするわけにはいかないのでしょう。これまでの宣伝で空間除菌には効果があると誤認したままの消費者による購入も期待できます。それに大幸薬品以外のメーカーも空間除菌グッズを売っています。

■「誇大宣伝を行うほうが利益になる」業界構造の問題

振り返って考えてみると、誇大宣伝を行うほうが企業の利益になるという業界の構造自体に問題があったのではないでしょうか。空間除菌に限らず、とくに健康食品やサプリメント関係の広告は目に余るものが多いです。商品の実質的な価値を高めることではなく、法律の網をかいくぐって宣伝して売ることに企業努力が傾けられているように見えます。

写真=iStock.com/kate_sept2004
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kate_sept2004

たとえ誤認であっても、ひとたび「健康によい」というイメージが定着してしまうと、その誤認につけこんだ販売戦略が可能になります。みなさんは、「がんに効果があるサプリメント」として何を連想するでしょうか。有名なのはアガリクス、メシマコブ、サメ軟骨あたりでしょうか。これらのサプリメントががんに効くという明確なエビデンスはありません。エビデンスがあったら、とっくに薬として医療の現場で使われています。

エビデンスがないのに、がんに効果があるかのように思われている理由は、かつて違法な誇大宣伝がなされていたからです。今でもこれらのサプリメントは販売されていますが、大手のメーカーはあからさまには効果効能を謳っていません。効果効能を謳うのは法律違反ですし、謳わなくてもがんに効果があるというイメージが残っているので一定数は売れるのです。

■エビデンスがない・乏しい商品はたくさんある

その他にもエビデンスがないか、きわめて乏しいまま、定着したイメージを利用して販売されている商品はたくさんあります。膝の痛みにいいとされるグルコサミン、視力向上に効果があるとされるアントシアニン、二日酔いを防ぐといわれるウコン……枚挙にいとまがありません。

写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

もちろん、これらに「全く効果がない」とは言い切ることは不可能です。いくつかは効果を示唆する興味深い報告もあります。また悪魔の証明といって、「全く効果がない」ことを証明することはできません。しかし、役に立つのか立たないのかわからないまま漫然と使用し続けるよりも、効くのか効かないのか、効くとしてどの成分がどの症状にどれぐらい効くのかを臨床試験ではっきりさせたほうが人類全体の利益になると私は思うのです。

ところが、こうした商品を販売する企業は検証に消極的です。わざわざ臨床試験を行ってヤブヘビで「効くという根拠がない」ことが明らかになる危険を冒さなくても商品は売れるのですから。最初のうちは、法律違反スレスレの、場合によっては法律違反も承知の上の誇大宣伝によって商品に対するイメージを定着させるというビジネスモデルがあるようです。今後は、空間除菌グッズも同様に、なんとなく感染予防に効果があるという人々の誤認を利用して売れ続けるのでしょう。

■誇大な宣伝に対するペナルティーが軽すぎる

では、誇大宣伝に騙されないために、どのような対策がとれるでしょうか。消費者のリテラシーを上げることには、一定の効果はあるでしょう。空間除菌に本当に感染予防効果があるなら公的機関でも採用されるはずだとか、副作用が少なくがんに効果のある成分があるなら病院でも使われているはずだとか、そうした考え方を習得することで騙されにくくなるかもしれません。しかし、得手不得手や状況によって、論理的かつ科学的に考えることが難しい場合もありますから、消費者のリテラシーに期待するだけでは心もとないでしょう。

企業が利益を追求するのは当然です。お行儀よくルールを守るよりも、行政から警告されるリスクを冒してでも積極的に宣伝したほうが儲かるならば、そうする企業が出てきます。つまり、現在は誇大宣伝に対するペナルティーが軽すぎて、やったもの勝ちになっていると私には思えます。措置命令だけではなく、売り上げの一部を課徴金として納付させる制度もありますが、十分に機能しているとは言えません。ルールを守り、効果効能を積極的に検証する企業が利益を得ることができる仕組みを作ったほうがよいでしょう。

■本当に人の役立つ技術が利益を得てほしい

「空間除菌」というアイデア自体は荒唐無稽ではなく、検証する価値は十分あります。“air disinfection”(空気消毒)で医学論文を検索してみると200件以上の論文が引っかかります。化学物質を利用したものは少なく、多くは紫外線による殺菌効果を利用しています。もちろん、紫外線は人体に有害ですので、人に直接当てることはできません。人に当たらないように部屋の上部や空調システム内部に紫外線を照射します。地下や大きな建物など、普通の換気だけでは不十分な場所では新型コロナウイルスの感染予防に役立つ可能性はあります。

一方、空間除菌を謳う商品に使われている二酸化塩素にも使いどころはあります。新型コロナウイルスでは主要な感染経路ではありませんが、病原体によっては物体の表面を介して感染します。表面を拭けば感染は予防できるものの拭くのが難しい場合だってあるでしょう。紫外線だと影になった部分は消毒できませんが、気体の二酸化塩素なら全体に行きわたります。実際に二酸化塩素ガスは、病室や車内の消毒に利用されています。空間除菌を謳う商品と違って、人のいない空間で行いますので、効果が十分に期待できる濃度で使えます。

人が生活している環境下での使用にこだわらなければ、二酸化塩素を発生させる技術は大きなビジネスになっていたかもしれません。法の目をくぐって誇大広告を打ち人々の誤認を利用して儲ける企業ではなく、本当に人々の役に立つ技術を開発する企業こそが発展することを期待しています。

----------
名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
----------

(内科医 名取 宏)