ライブドアニュースの看板犬「ドアふみ」が、世の中のソーシャルグッドな活動を取材する「ドアふみの社会科見学」。

今回は、「アニマルウェルフェア(Animal Welfare)」という聞きなれない言葉について、専門に研究している東京農工大学の新村毅さんに話を聞いた。

毎日食べる卵が関係している?

最近「平飼い」とか「放し飼い」って書かれてる卵、ふつうのスーパーでも見かけるようになったなぁ…。
確かに卵の種類は増えてきていますよね。じつはその背景にあるのがアニマルウェルフェアという考え方なんです。

日本語訳は「動物福祉」で、動物の幸せを考えること。科学的には「動物の状態」として定義されます。例えば動物にとって心地よい状態をプラス、ストレスがある状態をマイナスと捉えたとき100点満点中で何点なのかを評価します。
じゃあ、飼われ方にアニマルウェルフェアが関係してるってこと?
はい。日本の鶏は90%以上がケージ飼いでして、採卵にあたって約1〜2年ケージで過ごしますが、長期間慢性的な行動制限が続くということで批判はかなり大きいです。

ほかの家畜とくらべても苦痛を強いられる時間が長いので、アニマルウェルフェアを取り入れる環境として優先度は高いんですよね。
 
そもそも鶏の飼育方法は3つあります。1つ目はバタリーケージと言って、管理しやすく生産性、衛生面でとても優秀。いっぽう鶏の行動の自由度は低い。
1羽あたりのスペースは約20センチ四方。
2つ目はエンリッチドケージ。バタリーケージよりはスペースがあり、止まり木や巣箱を設置することで、鶏本来の行動ができるよう促します。
ケージ飼いとケージフリーの折衷案といったところ。
そして3つ目がケージフリー。鶏舎内や屋外で鶏を自由にさせる飼育方法です。鶏の行動の自由度はとても高くなりますが、ケンカや病気が増えることも多い。

飼育方法はその国の食文化や気候も影響してくるので、一概にケージフリーが最適とも言えません。どの飼育方法にもメリット、デメリットがあります。

動物の幸せをめぐる考え方

アニマルウェルフェアはいまや国際基準に。
アニマルウェルフェアが最近注目されだしたのは、SDGsのように世界的な基準になってきたというのが大きいですね。OIE(Office International des Epizooties 国際獣疫事務局)という、家畜の安全基準などを決める政府間機関では動物に対して「5つの自由」が定められているんです。
1960年代にイギリスで作られた原則がもとになっている。
日本は加盟国ですし、これを無視するわけにはいきません。輸出入もありますからルールに則っていないと、最悪売れなくなっちゃう。

動物福祉と動物愛護は似て非なるもの

素朴な疑問なんだけど、アニマルウェルフェアを考えたら、卵って…動物ってそもそも食べていいんだっけ(汗)?
それよく聞かれます! まず人の動物への向き合い方、考え方には大きく2つあります。「動物の権利」と「動物の福祉」です。

権利を主張する立場は「人が動物を利用するのはNG」。なので動物を食べるのはもちろんダメ。ベジタリアンやヴィーガンはこちらのタイプで、権利に配慮する人たちと言えるでしょう。厳しいところだとペットとして飼うのも認めないという考え方もあります。

いっぽう福祉は、「人が動物を利用するのはOK」。食べますし飼います。でもだからといって、動物に対して何をしてもいいわけではなく、生きている間は生活の質をきちんと保っていきましょうという考え方です。
それでいうと、いわゆる「動物愛護」は動物の権利がベースにある考え方?
そこが非常にややこしいところでして…。さっき大きく2つって言いましたけど、3つ目がじつはあって。それが「動物愛護」です。

動物の権利も福祉もどちらかというとヨーロッパからやってきた考え方なんですが、日本にも古くから動物に配慮した考え方はちゃんとあって、それが動物愛護なんですね。

動物愛護も動物の利用を許容する点ではアニマルウェルフェアと似てるんですが、微妙に違います。
人によってそれぞれの境界線は曖昧。
例えばアンケートで「目の前に苦しんでいる動物がいます。もう助からない状態のとき安楽死させますか、させませんか?」と聞くと、イギリスの動物福祉の立場をとっている人は安楽死させるんです。

でも日本人はほぼ90%「安楽死させない」を選ぶ。目の前の苦痛より生きていることを大切にする傾向がある。動物が生きているか、死んでいるかにこだわりがあって、死を強く嫌いますね。

なので、一生を共に過ごす前提のペットは、すごく愛情をかけやすいし注目されやすい。でも最終的には殺されてしまう家畜になると話は別。「殺されちゃうのになんで配慮しなきゃいけないの?」となりがちで、あんまり共感されないんですよ。
だと思います。日本でアニマルウェルフェアの話になると、必ずこの動物愛護の壁にぶつかりますね。

0か100かでは考えられない問題

アニマルウェルフェアが理解できても、毎日食べる食材が急に高くなったら困るなぁ。
よく「じゃあ平飼いしか食べちゃだめなの?」って聞かれますけど、0か100かで考える必要はなくてそこはバランス。大事なのは割合だと思うんです。

今だと日本の生産者の約90%がケージ飼い。かつアニマルウェルフェアを知らない人は約90%。それってある意味バランスがとれてる。この割合がじょじょに変わっていけばいいな、と。消費者の意識や行動が生産者に直結しますから。

買う側が1年のうち1〜2回でも平飼い卵が選択肢に入ってくると、ケージフリーが増えてバランスが変わる。
ちなみにケージフリーの卵はケージ飼いの卵より美味しいって聞くけど、それ本当?
じつは不思議なことに科学的なデータってほぼなくて。
えっ…。
意外ですよね(苦笑)。でもヨーロッパの人たちって味がいいからという理由じゃなくて福祉的に飼われてたら買うんですよね。そのくらい消費者倫理というか、教育が進んでいます。だからあんまり味がどうのこうのっていう研究がないんですよ。

ただ日本は味がすごく大事なので、味や栄養などを科学的に明らかにする研究を集中的にやっていきたい。日本らしいアプローチでアニマルウェルフェアを広めていきたい。

これからは卵自体の選択肢は増えてくると思うので、スーパーに並んでる卵を見てちょっと考えてみる…そうした小さな積み重ねで、アニマルウェルフェアを知っている人が増え、ケージフリーの割合も増えていくんじゃないかなぁと思っています。

ヨーロッパめっちゃ進んでる…!さくっと学ぶアニマルウェルフェア

取材・文/ドアふみ
撮影・ドアふみの手伝い/編集部
漫画/龍たまこ