配偶者の「不貞」について法的責任はどこまで認められるのか。弁護士の森公任さんと森元みのりさんの共著『妻六法』(扶桑社)より、「貞操義務違反」について紹介しよう――。(第2回)
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

■夫婦間の裏切りは民事上の不法行為

信頼していた夫が、自分とは違う人と知らないところで愛を育んでいた。

愛する人の心変わりや裏切りによるショックや怒り、いま自分が育む家庭がどう変わってしまうのかという不安で、多くの人はいても立ってもいられない心境になるはずです。

心が張り裂けそうな状態で、冷静に現状を把握することは難しいかもしれません。

しかし、夫の不貞が判明した後、自分が選んだ決断をよりよい形で進めるためにも、不倫に関する法的な解釈をぜひ知ってほしいと思います。

愛する人に裏切られた。その気持ちは、本当に耐え難いものだと思いますが刑法には不倫を罰する法律はありません。

しかし、配偶者以外の人と性的な関係を持つことは、夫婦の関係を損なう大きな要因になり得ます。そのため、夫婦には、「貞操義務」という、配偶者以外の人と性的関係になってはいけないという義務があります。

夫婦に貞操義務がある以上、民事上は、不貞は夫婦間の貞操義務違反となり、あなたの受けた精神的な苦痛は、配偶者には貞操義務違反として、不倫相手には配偶者の貞操義務違反行為に加担した不法行為として、慰謝料の請求ができます。

傷ついた心はお金で回復できるものではありませんが、慰謝料の請求は、相手を罰するという意味であなたが行使できる権利です。

なお、民法には、夫婦間の貞操義務を明記した規定はありませんが、民法第752条の夫婦間の協力扶助義務、民法732条の重婚の禁止、民法770条1項1号に不貞が離婚原因と規定されていることから、夫婦は相互に貞操義務を負うことを当然の前提としていると解されています。

では、法律的に「不貞行為」だと考えられる条件とは、どんなものでしょうか。

夫婦関係が破綻していたら不貞行為と認められない

(1)夫婦としての実体があること

不貞は貞操義務違反ですが、婚姻届けを出していない内縁関係にも貞操義務はあると解されています。

一方、婚姻届けが出されていても、すでに長期にわたり別居するなどして、婚姻関係が破綻して婚姻そのものが形骸化している場合には、不貞による婚姻関係破綻の責任を問われることはありません。

大切なことは、夫婦としての実体があることです。夫が不倫をしていた時期に、妻と婚姻関係にあり、なおかつその関係が破綻していないことが重要です。すでに夫婦関係が破綻していて別居などをしている場合は、不貞行為だと認められません。

また、配偶者が浮気相手に、「自分は独身だ」、「妻はいない」などと公言しており、浮気相手が夫を既婚者だと認識していなかった場合は、その不貞相手は、不貞行為に加担している認識はなかったことになるので、不貞の責任を問うことはできません。

(2)きわめて親密な関係になること

「肉体関係を持っていた」と認定されなければ、貞操義務違反にならないわけではありません。よく、「最後の一線は超えていない」という抗弁が出されますが、「最後の一線」を超えなくても貞操義務違反になります。

たとえば、

・デートをした
・メールやLINEを頻繁にやりとりし、会話が友人知人の一線を越えている
・手をつないだ
・キスをした
・お互いに裸や体の一部をうつした性的な写真を送りあった

などの場合も、貞操義務違反となります。

(3)お互いが自分の意志で不貞行為を行っている

3つ目のポイントは、「お互いが自由な意志のもと、交際していたか」です。

レイプなどをはじめ、どちらか片方、あるいは第三者から性的関係を強要するような状況での肉体関係であれば、「不倫」や「浮気」とはみなされません。

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■慰謝料を手に入れるには「証拠」が必要

夫が不倫をしていた場合、夫とパートナーに慰謝料を請求することができます。そのためには、「不貞行為があった」と証明する証拠が必要です。

たとえば、

・ホテルからふたりで出てきた場面など、性的関係を思わせる写真
・恋人のように手をつないで歩いている写真
・「愛している」、「結婚したい」など、親密な関係があったことを思わせるメールや音声の記録

など。これらの証拠を確保したら、慰謝料を請求することができます。

■夫と浮気相手は連帯債務

離婚をせず、婚姻関係を継続するという決断を取る場合、夫と不貞相手双方に50〜200万円ほど請求できます。夫と浮気相手は、連帯して債務を負っている関係になり、どちらかが支払えば、どちらかがその支払い額分だけは債務を免れます。

ひどい夫から身を守るための法律
民法 第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法 第710条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

■念書の約束が認められないケース

Q.一度不倫した夫に、次も同じことをさせないように、「次に不倫したら、慰謝料として1億円払います」という念書を書かせました。法的な効力はあるのでしょうか?

A.法律的には、1億円は難しいでしょう。

公正役場で公的な文書として作成した契約書である公正証書であっても、あまりにも無謀な内容は認めてもらえません。夫が念書にある約束を破った場合、不倫の慰謝料相場である数百万円ほどであれば認められます。

夫にサインをさせた念書でも、必ずしもあなたを守ってくれる存在ではないということをぜひ覚えておいてください。

■不貞行為に対する慰謝料は、請求できる期限に注意

・慰謝料は不貞行為を知った3年以内に請求を

慰謝料を請求する上で、注意しておきたいのが「時効」です。不倫相手に慰謝料を請求する権利期間は、不貞行為の事実と不倫相手を知った日から、3年間です。

配偶者の不貞行為と不倫相手が判明した日から3年以内に慰謝料を請求する必要があります。

・3年以上前の不貞行為についても、20年以内なら請求できる

不倫相手がわからなかった場合や、不倫に気が付かなかった場合は、どうなるのでしょうか? 「5年前に夫が不倫していたことを知った。このまま、泣き寝入りするしかないのか……」と思ってしまいますが、こうした事態に備えて設定されているのが、20年間の「除斥期間」と呼ばれる期間です。

不法行為から3年以上が経過していたとしても、その行為から除斥期間の20年間以内であれば、慰謝料を請求する権利があるのです。

夫の不倫の事実を5年後に知ったとしても、その不貞行為が20年以上前でなければ、慰謝料を請求することは可能です。

関連法律
民法 第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1.被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
2.不法行為の時から20年行使しないとき。

■離婚に関する慰謝料は不倫相手には請求できない

夫の不倫が発覚したことで、離婚を考える人もいるでしょう。不倫が原因で離婚をすることになった場合、大切な夫との関係性を壊した不倫相手に対しても、慰謝料を請求したいと考えるかもしれません。

夫が既婚者であることを知っていた、あるいは知ることができたにもかかわらず、夫と肉体関係を持った不倫相手に精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料を請求することはできます。

しかし、夫婦の関係性において、不倫相手は第三者です。「夫婦関係が破綻した」のはあくまで夫婦間の問題であると考えられるため、離婚によって受けた精神的ダメージの分の慰謝料を不倫相手に請求することはできません。

■風俗通いも慰謝料を請求できる

Q.夫が風俗に通っています。それを知って以来、心が苦しくて眠れません。精神的にも大きなダメージを受けているため、夫に慰謝料を請求することはできますか? また、相手の風俗嬢にも請求できるのでしょうか。

森公任・森元みのり『妻六法』(扶桑社)

A.できます。風俗通いも「貞操義務違反」になります。

風俗通いも、配偶者以外の人と肉体関係を持つ以上は、貞操義務違反とみなされます。

妻側が夫の風俗通いによって精神的な苦痛を受けたり、婚姻関係の継続に支障をきたすと感じたりした場合は、慰謝料請求を求めることができます。

しかし、相手の風俗嬢に対する慰謝料については、ケースバイケースですが、それが法的に許されたサービスを超える性行為なら、営業の一環とはいえず、賠償請求できます。たとえば、いかなる場合でも性交渉という営業は認められていませんから、当然、賠償の対象になります。

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森 公任(もり・こうにん)
弁護士
1951年新潟県生まれ。中央大学法学部卒業。1981年弁護士登録(東京弁護士会)。1983年森法律事務所設立。離婚、相続などの家事事件を数多く取り扱っており、家事事件の受任件数は全国トップレベルを誇る。
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森元 みのり(もりもと・みのり)
弁護士
東京大学法学部卒業。2006年弁護士登録(東京弁護士会)。2006年森法律事務所入所。森法律事務所でおもに離婚案件を担当しており、数多くの女性の悩みに応えている。
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(弁護士 森 公任、弁護士 森元 みのり)