ブラジルのベロモンテ・ダムに設置された18基の発電用タービンのうち、最後のひとつに技術者たちがスイッチを入れたのは2019年11月のことである。それは50年近くも前に始まった計画と建設において、長く波乱に満ちた旅路の最後の一歩だった。

「発電所の新設を減らせる? 既存のダムを水力発電に活用する計画が進行中」の写真・リンク付きの記事はこちら

世界4位の規模を誇るこの巨大な水力発電施設は、アマゾン川の主な支流のひとつであるシングー川の北端一帯に甚大な影響を与えた。中央のダムにせき止められた水が、下方の260平方マイル(約670平方キロメートル)に及ぶ平地と森林を飲み込んで貯水池を形成し、20,000人を超える住人が退去を余儀なくされたのである。

大型のダムを用いた水力発電施設は、ときに悲惨な結果をもたらす。住宅や動植物の生息地を水浸しにし、数十年にわたり河川の流れや水温、水質を変えてしまうこともあるのだ。

ベロモンテほどの規模をもつダムは少ないが、水力発電用のダムの新設は世界中で相次いでいる。14年の調査によると、世界各地で建設中または計画が進んでいるダムの数は少なくとも3,700にのぼると推定されている。

こうした新規プロジェクトの舞台になっているのは、低炭素エネルギーの重要な供給源となることで経済の急成長を狙う低中所得国がほとんどだ。水力発電用のダムが20年に生み出した電力量は、原子力発電と風力発電の合計に匹敵する。

一方で、世界中の河川で先を争うように進められている再生可能エネルギーの開発が、厄介な環境問題を引き起こしていることも事実だ。はたして水力発電は、ダムによる環境破壊を補って余りある利益をもたらすのだろうか。

眠れる“資産”を活用せよ

このジレンマを脱する妙案があると考える研究者たちがいる。新たにダムをいくつも建設するのではなく、既存のダムを有効活用する方法を探ってはどうかというのだ。

既存のダムが発電に使われているケースはまれで、大半は灌漑や給水、洪水の抑制、ダム湖での釣りやボート遊びに使われている。旧式の設備に最新技術を導入するレトロフィットと呼ばれる工程を経ることで、これらのダムにもタービンを設置して水力発電できるようにすれば、眠っている再生可能エネルギーの莫大な力を引き出せるかもしれない。

レトロフィット後のダム施設では、流れ落ちる水が新設された発電機のタービンのブレードを回転させ、そこから生じる電気が周辺の家庭や大規模送電網に送られることになる。「新たに建築したり増築したりする代わりに、既存のインフラを活用することでどれだけ多くのものを得られるでしょうか?」と、テキサス州にあるベイラー大学の生態学者であるライアン・マクマナメイは問う。

マクマナメイは、非発電ダム(NPD)がもつ未知の可能性について考察した論文の執筆者のひとりでもある。テキサス州中部のウェーコにある彼の研究室は、街を流れるブラゾス川に建設された非発電ダムから歩いてすぐの場所にある。自分の目の前にあるチャンスが無駄にされているのだと、彼は訴える。

米国で始まった既存ダムの活用

マクマナメイらの試算によると、既存のダムにレトロフィット工事を施したり、水力発電の設備を改良したりすることで、最大発電量を78ギガワット増やせる見込みだという。これはベロモンテ・ダム約7基分の発電量に匹敵し、英国全体の平均的な電力需要の2倍以上に相当する。

新規ダムの計画や建設が進む国々において、この違いはとてつもなく大きいものになるだろう。アマゾン川流域のダムを水力発電用に改修すると、新たに1.6ギガワット相当の発電が可能になる。これは天然ガス火力発電所ほぼ1基分に相当し、小型ダム17基の新規建設を回避できるほどの発電量だ。

また、東南アジアのメコン川流域のダムを改修して水力発電に利用できれば、この地域で新たに建設が予定されている複数のダムの発電量がそっくり余ってしまうほどの電力が得られる見込みだという。

一部の国ではこの潜在能力がすでに活用されている。米国では2000年以降に36カ所のダムにタービンが追加設置され、500メガワットを超える再生可能エネルギーを生み出せるようになった。

米国にはまだ多くの可能性が眠っている。米エネルギー省が16年に発表した報告書によると、今後30年かけて非発電ダムをレトロフィットすることで、米国の総発電量を4.8ギガワット増やせる見込みだという。

20世紀半ばのダム建設ブームが去って久しい米国や西欧などの国々では、水力発電量を少しでも増やしたい政府にとって、残された唯一の選択肢がレトロフィットなのかもしれない。「いまあるダムは今後も存在し続けるのですから、その活用法を探す努力をすべきです。各国間で協力しながら最善策を見つけようではありませんか」と、マクマナメイは言う。

すべてのダムが最適ではない

とはいえ、ダムの改修に着手する前に、さまざまなデータを改めて確認してみたほうがいいかもしれない。レトロフィット後のダムの実際の発電量の正確な予測は容易ではない。既存のダムがすべて改修に適しているとは限らないことがわかっているからだ。

例えば、農地の灌漑用に建設された貯水ダムにタービンを設置する計画がもち上がったとする。作物の成長期には、当然ながら貯まった水の大部分が農地に向けて放出されるので、水流を発電に使うことはできないのだ。

また、貯水量が1年のうちわずかな期間しか発電可能な水位に達しない地域もある。そうなると、とたんにダムの改修はさほどの名案に見えなくなってしまう。

同じようにエネルギー省の依頼で実施された米国内のダムの改修に関する最近の調査では、改修後の発電量の予測があまりに楽観的であったことが明らかになっている。平均して実際の発電量の3.6倍もの発電量が予測されていたというのだ。

この調査からは、レトロフィットが最も功を奏したのは、もともと船の航行を助ける目的でつくられたコンクリート製のダムであることが判明している。ダムの多くは、船が通りやすいように水路の幅や深さを調整する役割を担っている。「これはひと筋縄では解決できない複雑な問題です」と、マクマナメイは言う。

ダム建設による環境破壊の影響

一方、ブラジルのような国々では、いまだに大型ダムの建設がいくつも予定されている。「発展途上にあり、国全体の生活水準の向上に力を入れている国々にとって、電力はどうしても必要なのです」と野生生物保護学会(WCS)の水生動物部門シニアサイエンティストのマイケル・ゴールディングは指摘する。

ブラジルの最新の10カ年エネルギー計画によると、29年までに新たに9基の大型ダムの竣工が予定されている。大切なのはダムの建設をやめさせることではなく、環境破壊を最小限に抑えて建設できるよう、適切な調査をすることだとゴールディングは指摘する。「多くの場合、環境への影響を調べる体制は十分ではありません。調査対象エリアがダムの付近に限定され、下流や上流への影響は対象外になることもよくあるのです」

なかでもベロモンテ・ダムは、大型ダムが周辺の環境に及ぼす影響の大きさを示す格好の例だ。このダム施設の出現により、シングー川の「ビッグベンド」と呼ばれる全長62マイル(約100km)の一帯に流れ込むはずだった水の80%が行き先を変えられてしまったのである。

この一帯は、ナマズの仲間であるゼブラプレコの唯一の自然生息地として知られる場所でもあった。ゼブラプレコは目を引く縞模様で水生動物研究者たちを魅了する魚だ。「この魚は非常に大きな絶滅の危機に晒されています」と、フロリダ国際大学Tropical Rivers Lab(熱帯河川研究室)の博士研究員であるティアゴ・コウトは言う。

ダムの寿命という課題

ダムが魚類に与える影響の大きさについては、世界各地で検証されている。ワシントン州ではエルワダムが川の上下流域を分断するかたちとなり、サケの生息可能域が90%も失われた。エルワ川をすみかとしていた魚の一部は完全に姿を消し、キングサーモンのようにかつての数分の1にまで数を減らした魚もいる。

とはいえ、いかに巨大なダムでさえ、最終的には役割を終えることになる。エルワダムの最後まで残っていた部分も14年に撤去された。数十年にわたり2基のダム施設に遡上を阻まれていたキングサーモンは、いま少しずつエルワ川の上流に戻りつつある。完全に元の状態に戻るには、なお数十年を要する見込みだ。

「ダムの寿命は永遠ではありません」と、フロリダ国際大学のコウトは言う。「条件に恵まれながら、期待される最低限の力を発揮していないダムはたくさんあるのです」

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