女優の安達祐実が4日、自身のインスタグラムを更新。30年間、所属してきたサンミュージックを11月末で退所すると発表した。安達は、「子供だった私を導き、共に歩んでくださった事務所の方々には、大変感謝しております」と感謝の気持ちをつづり、今後については「独立という道を選ばせていただき、今後も俳優として、真摯に一生懸命お仕事をさせていただく所存」であると説明。一部では、独立して同社と業務提携を結ぶと報じられている。

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 安達は2歳からモデルとして芸能界デビューし、子役として活躍。12歳で映画『REX 恐竜物語』(1993年公開)に初出演し、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。1994年放送のドラマ『家なき子』(日本テレビ系)では主人公を演じ、名セリフ「同情するならカネをくれ」は同年の新語・流行語大賞にも選ばれ、社会現象を巻き起こした。“天才子役”の称号を手にした安達は現在、“永遠の美少女”ともいわれ、ファンを魅了し続けている。

 そんな安達は2002年、俳優・黒田アーサーとの熱愛で連日ワイドショーをにぎわせていた。話題のネタになったのは当時、21歳の安達に対し、黒田が42歳だったことだろう。

 「2人は、1999年のミュージカル『オズの魔法使い』の共演で知り合い、2002年から交際をスタートさせたよう。その後はオープンな交際を続け、2004年10月に旅先から帰国する姿がキャッチされるなど、結婚は秒読みともいわれていました。この頃の安達は、TBS系『愛の劇場』35周年の企画『よい子の味方』に昼の帯ドラマ初出演で初主演に抜擢。女優としても着実に飛躍する一方で、破局説もたびたび流れました」(芸能ライター)

 2005年4月、2人の破局が報じられると同月、安達は都内で破局会見に臨んだ。さっぱりした表情の安達は黒田との結婚について、「結婚してもいいかなと思ったこともあった」と告白。だが、「お互いのタイミングが合わなかった」と説明し、「結婚の踏ん切りがつかなくて、一緒にいても同じことを繰り返すなと…。ズルズルしてしまうし、自分の世界を広げたかった」と打ち明けた。また、安達は黒田からの具体的なプロポーズはなかったとしながらも、「そういう雰囲気を感じた」と赤裸々に語った。3年間の交際で結婚も考えた2人だったが、一部スポーツ紙ではその気になれない安達と結婚に意欲的だった黒田との間に“温度差”が生じて破局に至ったと報じられた。

 さらに、安達は母親のタレント・安達有里についても言及し、黒田との交際を反対されていたと激白。安達は21歳差のギャップは感じなかったとしながらも、「(母を)心配させて胸が痛みました」と複雑な心境を述べ、「最後の1年間は迷いながら一緒にいました」と洗いざらい打ち明けた。最終的に「何となく終わったなという雰囲気に」と吐露。破局は同年3月半ば、黒田と話し合う中で安達から切り出し、「最終的には私を尊重」したと真顔で応え、黒田とは「親友みたいに仲がいい」とわだかまりのなさを強調した。

 安達と有里との確執は知られるところだが、一部のネットニュースは黒田との交際が発端であると報じている。

 そして同年9月、安達はスピードワゴン・井戸田潤との“スピード結婚と妊娠”を発表し、2006年4月に長女を出産。一方の黒田は2007年2月、23歳年下の一般女性との結婚を発表するも2008年8月にスピード離婚。安達も2009年1月に離婚に至り、2014年11月にはカメラマンの桑島智輝氏と再婚し、2016年に長男を出産した。

 今年9月、安達は40歳を迎えた。年齢を感じさせない透明感は今なお健在だ。今回の独立は安達の活動の場を一層、広げていくだろう。