空前のペットブームの一方で動物虐待事件が増えている。特に多いのが猫への虐待。何度となく繰り返す虐待犯も少なくないのだ。では、なぜ猫は虐げられるのだろうか――。
【写真】ビールの缶も…荒れたAの自家用車内
「明らかに暴力で直視できないほどに変わり果てた姿の猫を目にすることがここ数年増えてきました。人間よりもはるかに力の弱い猫への暴力は“悪魔の所業”と言っても過言ではありません」
そう怒りをあらわにするのは沖縄県内で猫の愛護活動などを行う男性。8月12日、沖縄県名護市で子猫1匹の死骸が見つかっている。付近では以前から不審な死に方をした猫の死体が見つかっており、虐待事件とみられる。
標的にされやすい猫
猫の虐待事件は沖縄だけで起きているわけではない。
警察庁が発表した昨年の動物愛護法違反で検挙した件数は102件。虐待された動物は猫が最多で57件だった。
「狙われる動物は圧倒的に猫が多い。ですが実際の虐待件数は検挙数より多いんです。動物愛護法44条では猫をみだりに殺したり、傷つけた者は5年以下の懲役、または500万円以下の罰金に処することが定められています。それにもかかわらず猫は虐待され続けているのです」(動物虐待問題に詳しいライター)
6月22日、49歳(当時)の男、Aが動物愛護法違反と銃刀法違反の疑いで千葉県警に逮捕された。Aは猫に向けて空気銃を発砲、100匹以上を殺傷したとみられる。
「Aは2019年2月以降に八千代市や千葉市など県内複数か所の公園や住宅地などで同様の犯行をしたと述べています。これまでにも空気銃で撃たれた猫が発見されており、警察では10件以上の被害を確認しており、余罪を調べています」(捜査関係者)
Aの犯行とみられる最初に撃たれた猫が確認されたのは'19年12月、千葉市内にある公園での虐待事件だ。撃たれた6匹のうち、1匹は瀕死の状態で発見され、回復困難で安楽死となった。
「逮捕のきっかけは昨年12月、八千代市の住宅地で猫の死体が発見された事件。この猫は内臓出血により死亡。弾は右前脚から体を貫通し、左前脚まで到達していたそうです」(前出・ライター)
警察の調べに対し、Aは「弱い立場の猫を(虐待することで)征服した気分になった。捕まえた猫に自宅で熱湯をかけたこともある」などと供述していたという。
Aの身勝手な犯行により100匹以上もの猫が傷つき、苦しみ、そして、死んだ。
Aは逮捕された今、本当に反省しているのだろうか。
猫への悪意はいずれ人間に
かつて猫13匹を殺傷、その様子を撮影しインターネット上に投稿していた男、B(当時52)は裁判で「飼っていたメダカが殺されたり、糞尿の被害に遭って猫を駆除したかったのは事実。だが、駆除より虐待動画の投稿が目的になった」「猫を憎んでいた」などと供述。だが、傍聴した関係者によるとBは法廷でも反省している様子は終始見られなかったという。
動物虐待事件をテーマにした映画を作る北田直俊監督はこれまで動物虐待犯本人やその家族と対峙してきた。
「虐待犯は一様に悪びれる様子はありません。家族も同様の反応で“たかが猫を虐待しただけでなぜ自分の家族が裁かれなければならないのか”というような状況です」
実は虐待を“社会正義”と正当化し、個人的な怒りを動物に向ける虐待犯は多い。
冒頭の愛護関係者は「特に猫の命を軽視する人間が多すぎる」と憤る。ほかにも動物がいる中でなぜ猫ばかりが狙われるのか。
国際社会病理に詳しい桐蔭横浜大学の阿部憲仁教授に聞いた。
「まず、動物虐待犯には特有の性格タイプがあるとみられています。
動物に対しての無知、偏見を持っているタイプ。苦しむ姿を見たいサディストタイプ。動物の命を支配したいパワー&コントロールタイプ。親からの虐待発散のため動物に危害を加える危険信号タイプの4つがあります」
さらに猫は自由に動き回り、犬のように従順ではないことからも嫌悪し、虐待のターゲットになりやすいという。
虐待の対象が動物から人間へと向かうことはあるのか。
「猫に危害を加えることは、その人間が仕事や家庭などでの個人的な事情から他人に対して明らかな攻撃性を抱えていることを意味します。ですが人間に手を出すのはハードルが高すぎる。そのためモノではなく、より人間に近い猫を虐待するのです」(阿部教授、以下同)
そして、攻撃は猫だけでは満足できなくなる可能性を多分に秘めているという。
「猫の虐待を“かわいそう”だけで終わらせると社会にとって大変危険です。人間に対する攻撃性を抱えた人間が社会に増幅するのを野放しにしていることになりますから」
『たかが猫くらい』ではない
では、虐待犯は逮捕後に更生することは可能か。
「攻撃してくる相手には直接反撃できず、心になんらかの傷やストレスを抱えた状態で生活しています。それを癒さない限り、生活、ストレス、虐待のサイクルが改善されることはありません」
重要なのが“心の傷”を癒す時期だという。
「子どもの場合、親がしっかりと愛情を与え直すことで更生する可能性は非常に高い。しかし、虐待事件の容疑者の多くは30歳未満の成人男性。なんらかの人生の転機を迎え、過去の自分の過ちに気づくことができれば更生の可能性はなくはありませんが…」
一度ハマってしまった虐待のサイクルから抜け出すことは容易ではないのだ。
だが、猫虐待事件は増加、阿部教授は警鐘を鳴らす。
「猫を含む動物虐待の急増は日本社会が他人への“共感”が欠如してきたことの象徴です。敵意を抱き、他人を攻撃する前に猫に虐待として向けるなど悪化しています。これを放置すれば、他者への攻撃性を隠した人間で埋め尽くされるおそれがあります」
このままでは社会は信用できない危険人物があふれ、子どもを外で遊ばせることも、会話することにも危険を伴う可能性があるそうだ。
猫が虐待されない社会を目指すには何が必要なのか。
「家庭と社会、そして警察の連携です。警察には動物対策を兼任する部署を設ける必要があります」
『たかが猫くらい』ではない。むしろ動物を正しく扱うことによってはじめて、社会は正常化するという。
猫への悪意はいずれ人間に向けられる。それを止めるのは社会への愛情を向けることなのかもしれない。
お話を聞いたのは
北田直俊さん
映画監督。合同会社adg-ethics代表。動物関連の作品を数多く手がける。動物虐待事件がテーマのドキュメンタリー映画『動物愛護法』、劇映画『彷徨う魂』は来年公開予定
桐蔭横浜大学
阿部憲仁教授
全国刑務所面接委員連盟理事。'15年ノーベル平和賞公式名誉来賓。「米国凶悪犯たちの生い立ち」と各国共通の「社会問題のメカニズム」を分析。安全な家庭や社会を提言
これまでに起きた主な猫虐待事件(抜粋)
発生場所・逮捕月日/容疑者(当時)/概要/処罰
●福岡県福岡市・2002年8月7日/無職の男(27)/自宅浴室でハサミや針金を使って子猫の尻尾や耳を切ったり、首を絞めているところを撮影。虐待の様子を実況中継するなど残忍で悪質。事件後につけられた猫の名前から通称・こげんた事件とも言われる。/動物愛護法違反 懲役6か月 執行猶予3年
●神奈川県川崎市・2011年11月10日/会社員の男(45)/虐待目的で猫を譲り受けていた里親詐欺。猫を床にたたきつけてケガをさせたり、川に投げるなどして虐待を繰り返していた。複数の猫が行方不明になっており、逮捕事案以外にも猫を殺害していたと見られている。/詐欺罪 動物愛護法違反 懲役3年 執行猶予5年
●兵庫県神戸市・2016年8月16日/無職の女(31)/自宅マンションのベランダでオスの子猫を鉄製の焼却炉に入れて生きたまま殺害。その様子を動画で撮影し、SNSに投稿していた。/不起訴
●埼玉県深谷市ほか・2017年8月29日/税理士の男(52)/2016年3月から'17年4月の間に捕獲した猫に熱湯をかけたり、ガスバーナーであぶるなどして少なくとも13匹を死傷させた。その様子を撮影し、動画をネットに投稿していた。/動物愛護法違反 懲役1年10か月 執行猶予4年
●奈良県奈良市・2017年12月2日/奈良県嘱託職員の男(25)/自宅で猫2匹を殺害、その死体を同県奈良市内に遺棄した。仕事でストレスがあり、飼い猫が言うことを聞かないために怒りを募らせ、暴行を加えて殺害した。/廃棄物処理法違反 動物愛護法違反 懲役1年 執行猶予3年