今後、通勤定期券の割引率が経営課題になることは必至だ(takeuchi masato / PIXTA)

全国の鉄道会社のなかでも主要な存在となるJR東日本JR東海JR西日本JR九州のJR旅客鉄道上場4社(以下JR4社)、そして大手民鉄15グループ16社(以下大手民鉄)の2022年3月期第1四半期の決算が出そろった。

鉄軌道事業または鉄軌道事業が含まれる事業セグメントの営業収支を見ると、JR4社は全社営業損失を計上した一方、大手民鉄は東武鉄道、小田急電鉄、東急の東急電鉄、名古屋鉄道、阪急阪神ホールディングスの阪急電鉄・阪神電気鉄道、西日本鉄道の6グループ7社が営業利益を計上している。

2022年3月期通期業績予想を見ると、JR4社と大手民鉄との明暗がはっきりと分かれた格好となっている。JR4社中で鉄道事業を含むセグメントで営業利益を見込んでいるのは1000億円のJR東海だけ。JR東日本は連結では740億円の営業利益を見込むものの運輸事業セグメントでは400億円の営業損失を見込む。同じくJR九州も連結では106億円の営業利益を見込むものの運輸サービスセグメントでは123億円の営業損失を見込む。

【2021年9月14日21時30分 追記】記事初出時、JR東海の鉄道事業を含むセグメントの予想数字に誤りがあったため上記のように修正するとともにJR東日本とJR九州について加筆しました。

一方、大手民鉄では業績予想を未定とする京成電鉄と東京地下鉄とを除いた13グループ14社のうち、西武ホールディングスの西武鉄道、東急の東急電鉄、南海電気鉄道の3グループ3社を除く10グループ11社が営業利益を予想した。JR4社合わせた営業損失は795億〜465億円、大手民鉄13グループ14社合わせた営業利益は582億円だ。

JRと大手民鉄の変化率はほぼ同じだが…

JR4社も大手民鉄も、端から見るとどちらも似たような存在ではある。


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数字上でも、国土交通省がまとめた「鉄道輸送統計調査月報」によれば、2021年4〜5月の輸送人員はJR4社にJR北海道、JR四国を含めたJR旅客会社6社(以下JR6社)が11億5514万6000人(1日平均1893万6820人)、大手民鉄が12億8420万5000人(同2105万2541人)であった。コロナ禍前となる2019年同期の輸送人員に対する比率を求めると、JR6社は70.7%、大手民鉄は70.9%とあまり変わりはない。にもかかわらず、JRと大手民鉄の営業利益はなぜこれほどまで明確な違いが生じたのであろうか。

その理由のカギとなるのが定期券である。鉄道輸送統計調査月報の輸送人員を、定期乗車券を使用した旅客(以下定期旅客)とそうでない普通乗車券などの旅客(同定期外旅客)とに分けてさらに比率を求めると相違が見られるのだ。対2019年同期の比率は定期旅客ではJR6社が79.8%であったのに対し、大手民鉄は75.1%と4.7ポイント少ない。一方で定期外旅客はJR6社が57.0%、大手民鉄が65.0%と今度は大手民鉄のほうが8.0ポイント上回る。

以上から2021年4〜5月の輸送人員の動向をまとめてみよう。コロナ禍ながら通勤・通学のために定期乗車券を利用する旅客の客足はJR6社、大手民鉄とも戻りつつあると言える。一方で、観光、商用、その他の用件で普通乗車券などを利用する旅客の客足の戻りは鈍く、しかもその傾向はJR6社のほうがより深刻だ。そして、定期外の旅客の客足が戻らないことがJR6社の今後にも暗い影を落としている。

2018年度の「鉄道統計年報」には定期旅客、定期外旅客それぞれの輸送人員、旅客運輸収入が公表されているので、定期または定期外旅客1人当たりの旅客運輸収入が推計できる。そして営業費は旅客別には発表されていないので、旅客全体の数値を基に旅客1人当たりの営業費を求め、定期または定期外旅客1人当たりの営業損益を算出した。

JR6社の定期旅客の営業収支は明らかに悪い。1人当たり244円の営業損失となっている。その内訳は通勤定期は233円、通学定期は283円のともに営業損失。割引率の大きな通学定期旅客はやむをえないとしても、通勤定期旅客ですら営業利益を計上していない。

輸送需要の回復が裏目に?

JR6社それぞれを見ると、JR東海に至っては定期旅客1人当たりの営業損失が1185円にも達しており、しかも通勤定期旅客でも1148円の営業損失と尋常ではない数値となっている。何とか健闘していると言えるのは定期旅客1人当たりの営業損失を127円に抑えているJR東日本だ。通勤定期旅客1人当たりの営業損失は118円となっており、運輸旅客収入や営業費のさじ加減で黒字への転換も夢ではないかもしれない。

他方、大手民鉄14グループ15社では定期旅客1人当たりで4円の営業利益を、10地下鉄事業者は16円の営業損失をそれぞれ計上している。後者はJR6社同様に赤字ではあるが、それでも1人当たりの営業損失ははるかに少ない。

以上をまとめると、2022年3月期第1四半期はコロナ禍から輸送需要が回復しつつあるものの、JR4社にとってはかえって裏目に出たとなる。定期旅客「だけ」が戻ってくるのであれば全体的に輸送需要が落ち込んだほうがまだよいと、JR6社の関係者たちは考えているかもしれない。

定期旅客の営業収支になぜこれだけの差が生じているのだろうか。それは国鉄時代から継承された運賃制度に原因があり、JR6社の営業努力が足りないからではない。

『平成28年版 都市交通年報』(運輸総合研究所、2020年3月)には10km乗車したときの1カ月通勤定期運賃の割引率が掲載されている。同書で最新の数値である2014(平成26)年度の割引率はJR東日本・JR東海・JR西日本の本州3社の幹線では49.3%であったのに対し、大手民鉄の東武鉄道は32.4%、名古屋鉄道は42.1%、近畿日本鉄道は37.5%、大手民鉄の一員でもあり、地下鉄事業者でもある東京地下鉄は36.2%であった。名古屋鉄道の割引率がJR3社に近いが、それでも差は7.2ポイントと大きい。いま挙げたなかで最も割引率の低い東武鉄道と比較すると16.9ポイントもの差が開いている。

実は大手民鉄も、そして東京地下鉄の前身の帝都高速度交通営団も創業時から一貫して通勤定期運賃の割引率がJR、そして前身の国鉄と比べて低かったのではない。『平成28年版 都市交通年報』には1974(昭和49)年度の数値も載っており、国鉄の50.0%に対し、東武鉄道は52.9%、名古屋鉄道は40.8%、近畿日本鉄道は46.1%、帝都高速度交通営団は53.3%であった。名古屋鉄道を除き、国鉄と同水準か、かえって割引率が大きいところさえ存在したのだ。

かつての東京メトロは赤字体質だった

通勤定期運賃の割引率の高さは物価の上昇率を抑えようとする行政側、当時の運輸省の低運賃政策によるもので、決して国鉄、大手民鉄が望んだものではない。いまでは信じられない話かもしれないが、帝都高速度交通営団は低運賃制度に加え、高度経済成長期に多数の路線を建設したこともあって長年にわたって赤字体質であった。

ところが、1973(昭和48)年の石油ショック後の電力費の高騰によって大手民鉄の鉄軌道事業部門は一気に経営危機に陥り、運輸省も大手民鉄側の要求を認めざるをえなくなる。長年の課題であった通勤定期運賃の割引率は段階的に引き下げられ、1978(昭和53)年度には東武鉄道が39.0%、名古屋鉄道は36.7%、近畿日本鉄道は39.2%、帝都高速度交通営団は39.4%と現在並みの水準となった。逆に言うと、このころに通勤定期運賃の割引率の引き下げが認められなかったら、今日大手民鉄各社は存在していなかったであろう。

国鉄も1970年代以降になって経営破綻状態に陥り、通勤定期運賃の割引率も多少は引き下げられたが、大手民鉄と比べて不十分であった。理由は示されていないものの容易に推察できる。定期外旅客1人当たりの営業利益は大手民鉄をはるかに上回る水準であるからだ。しかも、2018年度の時点でもその金額はJR北海道が346円、JR四国が196円と、失礼な言い方ながら両社でさえ大手民鉄の167円を上回っている。

定期外旅客重視の経営姿勢は、JR6社が大手民鉄に比べれば広大な路線網をもち、旅客から乗車券といった運賃のほか、各種料金を徴収しているからこそ実現できた。だが、コロナ禍で長距離旅客が姿を消し、復活の兆しどころかコロナ禍前の状況に戻らないとさえ予測する関係者もいるほどだ。

となれば、JR6社全体で輸送人員の60.9%(2018年度)を占める定期旅客からも営業利益を上げる方策を考えなくてはならない。JR東日本やJR西日本は時間帯別運賃の導入を検討しているとのことで、現実的にはラッシュ時に乗車可能な通勤定期運賃は現行よりも引き上げ、つまり割引率の引き下げが実施されるとみられる。

鉄軌道事業者の運賃は、営業費に事業報酬を加えた総括原価の範囲内で国土交通大臣の認可が得られる。そして、JR旅客会社や大手民鉄、地下鉄の場合、営業費はそれぞれのグループ内で国土交通省の定めた数式に当てはめたヤードスティック方式の基準コストを用いることとなっていて、実際の金額が基準コストを上回っていても総括原価には反映されないのだ。しかも、総括原価の算定期間は3カ年度で、コロナ禍が始まってまだ1カ年度分しか経過していない場合、運賃改定の申請すらできない。けれども、これではコロナ禍が収まる前にJR6社は虫の息となり、何社かは消滅の危機にすら瀕する。

国土交通省もそうした事情は理解しているらしい。通勤定期運賃の割引率の引き下げには柔軟な態度で臨むと言われる。というよりも、そもそも定期運賃の割引率には特に規定がないので、極端に言えば普通乗車券と同じ金額であってもよい。

収支均衡する割引率を試算してみると…

以上の前提で、果たしてJR6社の通勤定期運賃の割引率は何パーセントであれば営業収支が均衡するのか試算してみた。試算に当たり、まずは通勤定期旅客の平均乗車キロを旅客人キロ÷輸送人員で求め、その営業キロでの幹線の普通運賃から現行の割引率を求めた。仮に通勤定期運賃を旅客1人当たりの営業費にまで引き上げたとして、その営業キロでの幹線の普通運賃に対する割引率が営業収支を均衡させたときのものとなる。

常識的な割引率となったのは現行の59.1%から50.6%へと引き下げればよいJR東日本だけ。JR西日本は4.8%、JR九州は5.8%と回数乗車券をも下回る割引率となった。

割引率が求められただけでもまだよいほうだ。JR北海道、JR東海、JR四国の3社は、通勤定期旅客の平均乗車キロでの幹線の普通運賃ですら営業損失が出ていて割引率を算定できない。

通勤定期運賃に限らず、鉄道会社の営業収支を均衡させる手法として運賃の改定、つまり値上げを提案すると必ず反発を受ける。仮に鉄道が公共財であって低運賃政策を続けるべきだとしても、その分受益者となる沿線の住民は納税など何らかの仕組みで負担しなければならない。となると、現実にはJR6社の通勤定期運賃の過大な割引率の引き下げに応じるほうが現実的となる。40年以上前に大手民鉄が通ってきた道を、昨今のコロナ禍でJR6社も無視することができなくなった。早く気づくべきであったが、いまからでも遅くはない。