五輪のベンチで注目されたブルペン電話で話す姿

■日本 2ー0 米国(7日・決勝・横浜)

 野球日本代表「侍ジャパン」が悲願の金メダルに輝いた。7日に行われた東京五輪決勝の米国戦。先発の森下暢仁投手(広島)が5回無失点と好投すると、リリーフ陣も完封リレーで米国に反撃を許さずに逃げ切った。この投手陣を最後まで引っ張ったのが侍ジャパンの正捕手・甲斐拓也(ソフトバンク)だった。

 大分の後輩である森下を強気にリードし、好投を支えた。試合後のテレビインタビューでは「森下とは引かずに攻めていこう、守らずに攻めていける時は攻めていこうと話していました。森下が本当によく投げてくれましたし、投手陣がよく投げてくれたと思います」と安堵の表情で振り返った。

 MVP級の活躍だったと言っても過言ではないだろう。開幕戦のドミニカ共和国戦では土壇場の9回に同点に追いつくセーフティスクイズ。続くメキシコ戦でも同点に追いつく適時打を放つなど3安打と暴れた。準々決勝の米国戦では延長タイブレークでサヨナラの適時打。準決勝の韓国戦でも8回の勝ち越しに繋がる貴重な四球を選んだ。決勝こそ無安打に終わったものの、大会を通じて打率.385とバットでも大きな貢献を見せた。

 もちろん、リード面での貢献は計り知れない。今大会、甲斐の振る舞いで注目を集めたのが、ベンチとブルペンを繋ぐ電話を手に話す姿だ。次のイニングから登板するリリーフの投手に、対戦相手の打者の特徴や自身の感じた印象、気をつけるべき点などを伝えていたという。

 甲斐はとにかく投手とのコミュニケーションを大事にする。それは所属するソフトバンクでも同じで、投手陣との会話を欠かさない。投手が何を考え、どうしたいのか。そして自分はどう考えているのか。球場でのミーティングだけでなく、遠征先のホテルでの食事会場や、投手の部屋に足を運んで、コミュニケーションをとることも珍しくない。この日、米国の先発マウンドに上がったニック・マルティネス投手ら外国人投手が絶大な信頼を寄せるのは、こういうところにも理由がある。

五輪代表選出で溢れた胸中「とても楽しい場ではない」

 そこには、少しでも投手に不安なくマウンドに上がってもらいたい、という思いがある。投手の考えを吸い上げ、自分の考えを伝える。投手の迷いを少しでも取り除き、投げてもらいたい。普段、チームが違う投手と捕手。さらに言えば、コロナ禍でコミュニケーションも取りづらい状況。その中で、少しでも登板前の投手とコミュニケーションを取るために、と思いついたのが、ブルペン電話を使った“もしもし甲斐です”なのだろう。

 試合後のテレビインタビューで「苦しかったですね……」と、ようやく表情を崩した甲斐。五輪中、いや、五輪を迎える前からとてつもないプレッシャーと戦っていたのだ。あとにも先にも、もうないかもしれない東京五輪。悲願の金メダルを目指す侍ジャパンの一員に選ばれた。しかも、勝敗に直結する大きな重責を担う捕手という立場。五輪代表選出という朗報にも、重圧の大きさに「とても楽しい場ではないですよ」と溢したこともある。

 五輪期間の5試合は重圧と疲労と戦い続けたことだろう。グラウンドを離れても、普段、対戦経験のない他国の打者たちのデータを頭に叩き込まねばいけない。普段から宿舎の自室で映像、データと睨めっこするのが常。ノートに選手の特徴、データを書き込み、それを頭に叩き込んだ。この五輪でも、相手の打者の特徴を記したノートは甲斐の傍にあった。

「自分のプレーよりも勝ったのが1番。打てなくてもチームが今日みたいに勝てればと思いました。チームが勝ったのが1番です」。こう語る表情は疲労とプレッシャーから解き放たれた安堵に満ちていた。侍ジャパンの正捕手として金メダルに導いた甲斐。影のMVPと言っていいだろう。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)