2020年10月にマイナーチェンジを行った「エルグランド AUTECH」(写真:日産自動車)

最近はSUVの売れ行きが好調だが、ミニバンの人気も根強く、国内で新車として売られる小型/普通乗用車の約25%を占める。

トヨタ「ウィッシュ」やホンダ「ストリーム」といった背の低いミニバンの人気低下とモデル廃止にともなって、約30%を占めていた2000年頃と比べるとミニバンの販売比率は下がったが、それでも依然として売れ筋のカテゴリーだ。

そのため、ミニバンは国産車販売ランキングの上位にも多く入る。2020年に国内で最も多く売られたミニバンは、トヨタ「アルファード」だった。2020年5月から、トヨタの全店が全車を売るようになり、姉妹車の「ヴェルファイア」が減ってアルファードが増えたためだ。

セレナは月間5700台、エルグランドは300台

アルファードはLサイズのミニバンだから、売れ筋価格帯は400〜550万円に達するが、2020年の平均月間登録台数は、7600台にものぼる。ヴェルファイアは1500台だから、約5倍の差が生じた。

ミニバンの第2位はコンパクトなホンダ「フリード」で、月間平均登録台数はおよそ6400台だった。3位はフリードのライバルとなるトヨタ「シエンタ」で6100台。4位はミドルサイズのトヨタ「ヴォクシー」で5800台、6位は同じくミドルサイズの日産「セレナ」で5700台だ。


現行「セレナ」は2016年に登場。2018年にe-POWERを追加している(写真:日産自動車)

2020年には国内で販売された小型/普通車の51%をトヨタが占めたから(レクサスを含む)、ミニバンの販売ランキングでも、上位には複数のトヨタ車が並ぶ。

その一方で、販売の上位に入る車種が少ないのは日産だ。

セレナは、前述の通りミニバンランキングの5位だったが、同社のLサイズミニバンである「エルグランド」は月間平均登録台数およそ300台と非常に少ない。セレナが月平均5700台だから、エルグランドはそのわずか5%しか売れていないことになる。

ちなみにエルグランドは、初代モデルを1997年に投入して、背の高いLサイズミニバンとして最初のヒット商品になった。1998年には1カ月平均で4700台を登録して、現在の16倍も売れていた。この後に売れ行きが激減した背景には、複数の理由がある。

販売店に尋ねると次のように返答された。

「今の日産では、軽自動車の『デイズ』と『ルークス』『ノート』『セレナ』が売れ筋だ。特にミニバンでは、セレナの人気が圧倒的に高い。エルグランドは、セレナと違ってハイブリッドのe-POWERが用意されない。運転支援機能はあるが、セレナと同じプロパイロットではない。しかも、価格は(比較的ベーシックな)250ハイウェイスターSでも約370万円だから、セレナに比べて約100万円高い」

つまり、エルグランドとセレナの売れ行きを分けた一番の理由は、“商品力”だ。エルグランドは、セレナに比べて100万円ほど高価な上級Lサイズミニバンなのにもかかわらず、セレナで人気の高いe-POWERやプロパイロットが用意されない。現行セレナの発売は2016年だが、エルグランドは2010年で基本設計が古いことも影響している。

Lサイズミニバンなのに狭い3列目

特にミニバンは、天井が高く3列シートを備えるためにボディが重く、燃費には不利だ。

現在、国内で売られるミニバンは、エルグランドとクリーンディーゼルを搭載する三菱「デリカD:5」、トヨタ「グランエース」を除くとすべての車種が、燃費のいいハイブリッドを用意する。ハイブリッドの販売比率が50%近い車種もあるから、エルグランドにハイブリッドがないのは致命的だ。

またLサイズミニバンでは、3列目シートの居住性も大切だが、エルグランドでは床と座面の間隔が不足している。3列目に座ると、腰が落ち込んで膝が持ち上がってしまうのだ。ミドルサイズのセレナよりも窮屈だから、販売面で不利になるのは当然だ。


「エルグランド AUTECH」のインテリア(写真:日産自動車)

3列目の畳み方にも不満がある。セレナやライバルのアルファードは、3列目を左右に跳ね上げて畳むが、エルグランドは背もたれを前側に倒す方式だ。畳むときの操作は簡単だが、座面と背もたれの厚みだけ、荷室の床が持ち上がってしまう。

その結果、荷室高(荷室床面から天井までの寸法)はアルファードと比べて約200mmも少なくなり、背の高い自転車などを積みにくい。エルグランドでは“快適な3列目シート”と“大容量の荷室”という、Lサイズミニバンの2大セールスポイントが弱いのだ。

ミニバンの機能を考えると、セレナの存在もエルグランドを販売するうえでマイナスに作用している。セレナはミドルサイズミニバンだから、価格はエルグランドと比べて約100万円安いが、3列目はエルグランドよりも快適だ。

畳めば自転車も積みやすい。加えてシートアレンジも多彩で、2列目の中央を前席の間までスライドさせると、収納設備として使える機能もある。e-POWERも用意される“ミニバンの優等生”ともいえる存在だから、エルグランドは比較されると不利になる。

エルグランドの運命を決めた2002年5月

Lサイズミニバン同士のライバル競争でも、不利が生じた。トヨタは1995年に「グランビア」を発売したが、売れ行きを伸ばせず、2年後に発売された初代エルグランドに販売面で惨敗した。

そこでグランビアの後継としてアルファードを開発。駆動方式を従来のFR(後輪駆動)からFF(前輪駆動)に変更して床を低く抑えた。エルグランドと比べると、乗降性、居住性、走行安定性が大幅に向上しており、フロントマスクもシャープに仕上げた。そして、このアルファードを2002年5月22日という2代目エルグランドが登場した翌日に発売して、真っ向から勝負を挑んだのだ。

しかし、受けて立つ2代目エルグランドは、十分な開発費用を掛けられていなかった。


2002年発売の2代目「エルグランド」(写真:日産自動車)

当時の日産は経営危機に陥り、1999年にはルノーと業務提携を結んだ。2代目エルグランドはその最中に開発されたから、プラットフォームは初代と共通で駆動方式もFRだ。機能に代わり映えがせず、シンプル志向のデザインは好き嫌いがわかれた。

その結果、アルファードは発売の翌年となる2003年に、月間平均7000台を記録したが、2代目エルグランドは3000台にとどまった。初代エルグランドは、前述の通り1998年に月間平均4700台を登録していたから、2代目はアルファードの影響を大きく受けて伸び悩んだ。

さらに2010年に発売された3代目となる現行エルグランドは、3列目の居住性や荷室に不満を抱え、アルファードと比べて約100mm低い全高から外観のインパクトも弱く、2012年(2011年は東日本大震災で伸び悩んだから除く)の月間平均は1500台程度であった。発売後に頻繁な改良を行わなかったこともあり、2020年には月間平均300台まで下がっている。

全長が4800mmを超えるLサイズミニバンには、ホンダ「オデッセイ」もあるが、2020年の登録台数は月間平均で800台だ。つまり、好調に売れているLサイズミニバンはアルファードだけなのだ。


「オデッセイ」は2020年11月にビッグマイナーチェンジを実施(写真:本田技研工業)

この「一強多弱」の売れ方は、1990年代までのLサイズセダンに似ている。比較的求めやすい価格帯では「マークII」「クレスタ」「チェイサー」の3姉妹が圧倒的な売れ筋だった。

さらに、1クラス上価格帯では「クラウン」の人気が絶大で、最上級クラスは「セルシオ」(現在のレクサスLS)の独壇場という具合。これに対抗すべく、当時の日産はLサイズセダンでも、スポーティな性能と雰囲気を強調していた。

クラウンの売れ行きが下がった今(2020年の月間平均は1900台)、1カ月に7000台以上を安定して売るアルファードは、クラウンに代わる存在だ。

今は売れ筋カテゴリーがミニバン、SUV、コンパクトカーと多様化して、マークIIやクラウンのような「トヨタVS他メーカー」の構図が見えにくくなったが、「アルファードVSエルグランド&オデッセイ」には、当時の「一強多弱」が濃厚に残っている。

「日産車=低価格で実用的なクルマ」のイメージ

ブランドイメージの変化もある。2020年に国内で新車として売られた日産車の内、「デイズ」や「ルークス」などの軽自動車が43%を占めた。そこにノートとセレナを加えると、国内で売られた日産車の73%に達する。つまり、今の日産のブランドイメージは「軽自動車+ノート+セレナ」なのだ。

エルグランドのように価格が370万円を超えるミニバンは、今の日産のブランドイメージには合っていない。「スカイライン」も1カ月の平均登録台数は320台だし、「フーガ」にいたっては70台程度にとどまる。


「フーガ」は2019年12月の仕様向上以来、変更を行っていない(写真:日産自動車)

オデッセイが低迷するホンダも同様だ。2020年におけるホンダの国内販売は、「N-BOX」の1車種だけで32%を占めた。「N-WGN」などを含めた軽自動車全モデルを合わせると、ホンダの国内販売の実に53%が軽自動車となる。

そこにコンパクトカーの「フィット」とフリードを加えると71%で、「ステップワゴン」や「CR-V」「アコード」といったホンダの中上級車種が占める割合は3割にも満たない。

以上のように、日産とホンダの売れ筋は軽自動車とコンパクトカーが中心になった。ブランドイメージも「小さくて実用的なクルマのメーカー」だ。そうなると「日産車を買うならルークスかノートでしょう」と判断され、エルグランドのようなLサイズの高価格車は、車名は知っていても購買の対象にはなりにくい。


現行「ルークス」は「デイズルークス」から改名して2020年2月に登場(写真:日産自動車)

その点でトヨタは、一部のOEM車を除くと軽自動車を用意せず、ブランドイメージの小型化を抑えている。だからこそアルファードも好調に売れると言える。

日産やホンダが抱える「ブランドイメージの低価格化」は、高価格車の販売を低迷させるだけでなく、そうした車種の商品開発や改良に消極的になり、より一層販売を落ち込ませるという悪循環を招いている。エルグランドやオデッセイは、まさにその悪循環に陥っていると言える。

とはいえ、トヨタも安泰ではない。今はアルファードが好調に売れているが、全店が全車を扱うようになったから、今後は売れ筋車種がコンパクトで低価格の「ヤリス」や「ヤリスクロス」に偏っていくと考えられる。日産やホンダの過去を振り返ればわかる通り、系列化を撤廃して全店が全車を扱う体制に移行すると、低価格化が急速に進む。

アップサイジングのストーリーを描けるか?

これからの商品開発や販売促進では、小さなクルマに乗り替えるダウンサイジングに流されず、アップサイジングの消費動向を生み出すことが重要となる。

セレナのユーザーに「次はエルグランドに乗りたい」と思わせるクルマ造りや宣伝をしなければならない。


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系列によって車種がわかれていた時代は、異なる車種には乗り替えにくい面もあったが、今は同じ店舗ですべての車種を購入できる。このメリットを活用すれば、アップサイジングの流れを作っていけるはずだ。

そうなると、Lサイズの上級車種を開発するときも、つねにミドルサイズやコンパクトカーに乗るユーザーを意識する必要がある。その目線から「アップサイジングしたくなるクルマ造り」を行う。ユーザーや販売店がアップサイジングのストーリーを描ける開発をしない限り、エルグランドのような高価格車が売れ行きを伸ばすことは難しいだろう。