2020年11月7日、署名活動休止の記者会見で高須院長の肩をもむ河村市長(写真・朝日新聞)

「高須さんは被害者だと、私は思っております。それに、河村さんも被害者なんですわ」

 そう訴えるのは、「愛知100万人リコールの会」事務局で、活動の先頭に立つ「受任者」を務めていた水野昇氏(68)だ。彼は、大村秀章・愛知県知事へのリコールをめぐる「署名偽造事件」で、署名の偽造に気づいた “第一発見者” でもある。

 この事件では、「リコールの会」で会長を務めた高須クリニックの高須克弥院長(76)や、活動を支援した河村たかし・名古屋市長(72)の関与が問われている。だが水野氏は、本誌の取材にこう明言する。

「 “黒幕” は、事務局長を務める田中孝博氏です。今回の件は、彼の “独り舞台” なんです」

 もともと、大村知事リコールの趣旨に賛同して運動に参加した水野氏だったが、当初からさまざまな疑問を感じていたという。

「田中氏はまず、受任者の数から、ねつ造していたんです。リコールの成否は、実際に署名を集める受任者の人数によって決まります。彼は、受任者は『7万人いる』と称していましたが、7万人おれば1人が5人の署名を集めれば、35万人の署名が集まるでしょう?

 ところが、実際に集まった署名は10万人分にも届かなかったわけで、受任者7万人という数字自体が、ねつ造だったわけです」(水野氏・以下同)

 水野氏は、事務局に不信感を抱きながらも、みずからは署名を集め続け、2020年9月末までは我慢したという。だが、必要な署名用紙の発送も大幅に遅れるなど不備が続き、水野氏は「これ以上は、つき合っとれん」と事務局と袂を分かち、瀬戸市内で独自にリコール活動を続けた。

 ところが、署名の最終提出日である11月4日に「作業を手伝ってほしい」と、ボランティアから連絡があった。水野氏は、尾張旭市の選挙管理委員会で、書類整理を手伝うことになったのだが――。

「夜の11時半でした。このとき、選管に提出する署名簿のなかから、偽造されたものを見つけたんです。現場では全然集まってなかったので、『いったいどうするんかな』とは思っていたけど、まさか署名簿の偽造に手を染めるとは、思いもよりませんでしたわ」

 不正な偽造署名簿を見つけた水野氏は、その署名簿を抜き取り、SNSなどで公表した。すると水野氏は、高須氏から「窃盗容疑」で刑事告訴されたという。

「高須さんは、田中氏の虚言を信じきってますので、そうなりますわ。11月4日に名古屋市内のホテルで集計したとき、署名は『70万筆ある』と事務局は言っとった。でも実際には偽造署名を含めても、43万5000筆しか集まっていなかったわけです(その8割超が不正署名とされる)。

 なのに不自然なことに、大村知事は同じ日の記者会見で、『関係者から(署名の)数は少ないと聞いとる』と、わざわざ言っとるんです。これ、何をか言わんやでしょ。

 僕はこう思っとるんです。田中氏は、大村知事側には正確な情報を流しとったけど、会長である高須さんには、(大量の署名が集まったという)嘘の情報を流しとったんじゃないかと。これが事の顛末ですわ」

 この推測が事実だとすれば、田中氏はいったいなぜこんなことをする必要があったのだろうか。目的について、水野氏はこう推察している。

「田中氏は、最初から大村知事をリコールするつもりはなかったんでしょう。もともと彼は “大村派” なんです。

 大村知事の政治団体『日本一愛知の会』から県議選に立候補して落選し、2年前の県議選では大村知事と争う側に立った。それで今回、大村陣営に戻るお土産代わりに、リコールを失敗させる作戦を練ったんじゃないかな」

取材に応じた水野氏。一貫して、高須氏や河村市長を擁護する(写真・花井知之)

 ならば、なぜ偽造までして、署名の数を増やす必要があったのだろうか。

「彼は、愛知5区での日本維新の会の公認候補として、次の衆院選に出るはずでした。そして、“高須マネー” と河村市長の人気を借りて当選したい、という思いもあったんでしょう。

 なのに、今回のリコール運動で、あまり署名の数を集められなければ、“高須マネー” を引っ張ってこれんようになってしまう。そのためには、そこそこの数の署名は必要で、数を増やすために、ねつ造をしたわけです」

 田中氏は元愛知県議で、2月25日に日本維新の会の愛知5区支部長を辞任している。

「私は、彼とは5〜6年前からつき合っておったんです。2年前の県議選では、河村市長を紹介しました。彼は、県議を務めていた2001年に、産廃業で失敗して破産し、議員報酬の差し押さえまでされとる。人間は一度過ちを犯しても、発奮して頑張ればいいと思っとったけど、彼はダメでした。

 いずれにしろ、4月11日の名古屋市長選の告示までには、愛知県警は一定の “結果” を出すと聞いています」

 県警の捜査について、元東京地検特捜部検事のベテラン弁護士は、こう解説する。

「今回のケースは悪質な印象を受けるので、偽造の首謀者が逮捕される可能性は高い。資金提供や指示など、具体的な証拠や供述があれば、共謀が認められた関係者が逮捕されることもあり得ます」

 水野氏から “黒幕” と名指しされた田中孝博氏は、本誌の取材にこう話した。

「いまは、強制捜査が始まっていますので、この事案については、軽々な発言はできません。捜査当局に迷惑のかからない状況になれば、お答えさせていただくつもりでおります。ご質問があれば、私の顧問弁護士にご連絡ください」

 しかし、弁護士事務所に取材を申し入れると「個別案件については、取材をお受けしておりません」との返事だった。

 水野氏が “被害者” とかばう高須氏に取材を申し入れると、代理人弁護士が回答した。

「偽造には、まったく関与しておりません。署名簿を盗んでマスコミに売った人(水野氏)の言うことは、信用できません」

 リコールの会から逮捕者が出るかもしれない状況を、高須氏はどうとらえているのか。

「万が一、そのようなことになれば、あらゆる活動について私が責任者ですから、あらゆる責任を取ります」

 水野氏は、こう慮る。

「高須さんがもし逮捕されたとしても、事実が究明されれば、『(逮捕は)気の毒だった』という評価で収まってしまうと思います。あの人、自分は大将のつもりで、『部下のやったことは自分の責任』と思うとる感じがしますが、間違った大将意識が強いんですよ。

 しかし忘れてはならんのは、署名の偽造というのは、民主主義社会で保障されるべき、『住民参加』という基本的な権利を脅かす、悪質な犯罪だということです」(水野氏)

 この問題には、右も左も関係ない。必ず、真相を究明せねば――。

(週刊FLASH 2021年3月23日号)