コロナワクチン接種の担当を兼務することになった河野太郎規制改革担当相(写真:AP/アフロ)

通常国会の召集に合わせたように、菅義偉首相がコロナワクチン接種の担当に河野太郎規制改革相を起用する「サプライズ人事」(政府筋)を断行した。

河野氏は「ポスト菅」の有力候補の1人で、政治家としては桁違いの200万人超のツイッターフォロワー数を含め、政治家としての発信力は抜群だ。

その一方で、政界では「唯我独尊」(自民幹部)ともみえる立ち居振る舞いから「自民党の異端児」(閣僚経験者)と呼ばれ、ワクチン接種という「極めつけの難事業」(政府筋)の総合調整役としての疑問や不安も指摘されている。

失敗すれば河野氏の責任に

河野氏はコロナ担当の就任時に、NHKの看板番組だった「プロジェクトX」を引き合いに出して早期ワクチン接種実現への決意を語った。しかし、永田町では「成功すれば自らの手柄、失敗すれば河野氏の責任という、菅流の狡猾な人事」(自民長老)との声も相次ぐ。

1月18日に召集された通常国会は「文字通りのコロナ国会」(自民国対)だ。7日の緊急事態再宣言による感染防止の成否が「菅政権の命運を決める」(政府高官)とみられており、菅首相のコロナ対応をめぐる与野党攻防も国会の開会冒頭から緊迫している。

注目を集めた菅首相の就任後初の施政方針演説は、相変わらずの棒読みに加え、言い間違えや読み間違えが際立った。SNS上でも「まったく心に響かない」などの書き込みがあふれ、主要メディアでも辛辣な論評が目立つ。

野党側は「感染拡大は後手後手に終始している菅政権による人災」(枝野幸男立憲民主党代表)と猛攻撃。政権危機にもつながる政治的苦境を打開する菅首相の「窮余の一手」(政府筋)が、河野氏のワクチン担当への起用だった。

菅首相は18日夕、官邸でのコロナ関係閣僚協議の場で、「新型コロナウイルスのワクチン接種を円滑に行うため、政府の総合調整に当たってほしい」として河野氏をワクチン担当相に指名した。その後、菅首相は「ワクチン接種は感染対策の決め手だ」と力説し、河野氏起用の理由については「規制改革担当として、(多くの)役所にわたる問題を解決してきた手腕だ」と、河野氏の突破力への期待を強調した。

菅首相の突然の指名に、河野氏は「『プロジェクトX』みたいな、結構大きな仕事になるんだろうな」と戸惑いを隠さない一方で、「国民の協力をいただきながらやらなきゃいけない。1人でも多くの方に、1日でも早く(ワクチンを)打っていただけるような仕事をしっかりとやっていきたい」と述べ、各省との調整に不退転の決意を表明した。

ワクチン接種に広がる自治体の不安

ワクチン接種は、すでにアメリカを始め多くの国で始まっており、日本の出遅れ感は否めない。世界各国が激しいワクチン争奪戦を展開する中、日本は2020年秋以来、官邸主導でワクチン確保に邁進。菅首相は「早期にワクチンの安全性を確認し、できれば2月下旬にも最優先の医療従事者に対する接種開始にこぎつけたい」と繰り返してきた。

ただ、ワクチンには依然として重大な副反応の有無など未知数の部分が多い。安全確認のための国内承認手続きも、「拙速は許されない」(感染症専門家)のは当然だ。しかも、「全国民にいきわたるような大量のワクチン確保や、接種のためのマンパワーと関連施設の準備などはまったくの手探り状態」(厚生労働省幹部)だ。

河野氏も「私は、このワクチンの接種に必要なさまざまなものの『ロジ』をやる認識でいる」と緊張した表情で語った。ロジとはロジスティクスの略で、物流管理を意味する。ワクチン接種の実務を担う地方自治体には「必死に準備を進めるが、経費負担や人員確保での政府との調整が滞れば大混乱になる」(有力県知事)との不安が渦巻く。

河野氏は、大胆な行政改革など、霞が関の前例主義と秩序を破壊する政治家として現在の地位を築いた政治家だ。史上最長政権となった安倍晋三前内閣では外相、防衛相の要職を歴任。菅内閣では規制改革相として、かねてからの持論であるハンコ廃止に猛進し、短時間で結果を出すなど菅首相の期待に応えてきた。

河野氏は「霞が関のタブーに挑戦し、従来の官僚的発想を打破して目的を遂げる」(自民幹部)のが得意技。これに対し、コロナワクチンの接種という前例のないプロジェクトで、経験や実績を持たない各省庁や自治体を総合的にまとめ上げるには、丁寧で柔軟な調整能力が必要となる。つまり、「河野氏の破壊主義とは真逆の任務」(閣僚経験者)で、与党内でも「ワクチン接種はハンコ廃止とはまったく違う」と河野氏の調整力への疑問と不安も相次ぐ。

というのも、河野氏は防衛相時代に陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の計画停止を自民党も含めた関係部署への根回しもなく発表し、混乱と激しい批判を招いた。

2020年9月の規制改革相就任直後に自ら設置した「縦割り110番」も、すぐさまオーバーフローとなり、約2カ月での中断を余儀なくされた。このため、自民党内では「単なる目立ちたがり屋」(若手)との批判も少なくない。

コロナ担当起用は「河野封じ」か

河野氏はコロナ担当に着任後、すぐさま任務遂行に走り出している。最大の焦点となる接種の具体的段取りなどについて、河野氏は20日のツイッターで「うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ」「新聞各紙が『政府関係者』なる者を引用しているけれど、全く根拠のないあてずっぽうになっている。信用しない方がいいよ」と書き込み、炎上現象を引き起こした。

厚労省は2月中旬のワクチン承認も視野に審査を急ぐ方針で、先行させる医療従事者(約1万人)への接種についても、公的医療機関を中心に準備を進めている。政府部内では65歳以上の高齢者や基礎疾患がある人などを優先させ、一般国民への接種は5月以降にするとの見通しも公言されている。「河野氏の(ツイッターへの)書き込みが混乱の原因になる」(政府筋)との批判も出ている。

自民党内では今回の河野氏起用を政局絡みでとらえる向きもある。コロナ対応の迷走で菅内閣の支持率は下落に歯止めがかからず、自民党内にはさまざまな形での菅降ろしのうごめきが浮上している。河野氏起用もそうした動きに絡んで注目されたからだ。

各種メディアが実施する世論調査では、ここにきて必ず「次の首相にふさわしい政治家」という質問が設定されている。支持率急降下の菅首相を追い抜く形でトップ争いをしているのは石破茂元幹事長と河野氏だ。9月に予定される自民総裁選の最有力候補ともなりかねない河野氏を、自らの政権の命運を握るワクチン担当に指名した菅首相の思惑を「体のいい河野封じでは」(自民幹部)と勘繰る向きも少なくない。

河野氏は、菅内閣のナンバー2実力者の麻生太郎副総理兼財務相の率いる党内第2派閥「麻生派」に所属している。その一方で、首相候補人気ランキングで上位常連の小泉進次郎環境相とともに、「本当の後見人は菅首相」(無派閥菅グループ)ともみられている。

このため「今回の河野人事は、不仲と言われてきた菅首相と麻生氏が手を組んだ結果」(細田派幹部)との見方もある。「菅首相が早期退陣に追い込まれても、河野氏を後継首相にすることで、菅、麻生両氏がキングメーカーの地位を確保する狙い」(同)との読みからだ。

菅首相の支持率急落への致命的ミスとなったのが、GoToトラベル全国一旦停止を表明した2020年12月14日夜に「8人ステーキ会食」を行ったことだ。それが、派閥会長辞任で次期総裁レースから脱落したとみられた石破氏への期待につながった格好だが、その石破氏は首都圏の緊急事態再宣言発令直後の8日夜、出張先の福岡市の高級割烹で「9人フグ会食」を行っていたことを週刊文春に暴露された。

週刊文春報道は新たな石破つぶしか

石破氏は記事掲載前の文春記者の直撃質問に支離滅裂な説明をして、結局全面謝罪に追い込まれた。それ以来、菅首相のコロナ対応に対して、鋭い批判も影を潜めている。ただ、自民党内では「今回の文春砲には何か裏がある。ポスト菅に絡む新たな石破つぶしの謀略では」との憶測も広がる。

まさに、「自民党らしい闇試合の様相」(自民長老)でもあるが、そのこと自体が、菅政権に対する国民の不信感を拡大させている。

菅政権の命運を握る形となった河野氏が口にしたプロジェクトXは、正式題名は「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」で、戦後高度成長期に不可能と思える難題に挑んで成功した先人達の苦闘を、独特のドキュメンタリーとして紹介して一時代を画した番組だ。

そして、多くの国民の心に染み込み、今も歌い継がれるのが同番組の主題歌「地上の星」だ。独特の歌唱法と印象深い歌詞で誰もが知る、シンガーソングライター・中島みゆきの代表曲で、出だしの「風の中のす〜ばる〜」を聴いて、自らの人生を苦悩を振り返った国民は数知れない。そして、物悲しい中島みゆきの歌声は、さびの「地上の星は今 何処にあるのだろう」で終わる。

菅首相が施政方針で訴えた、国民の安心と希望のための地上の星となるのがワクチン接種だ。河野氏は、カラオケ自慢の石破氏とは対照的に「破壊的な大声の音痴」(同僚議員)として知られる。河野氏が首尾よく「地上の星」を輝かせることができるかどうか。菅首相と河野氏の命運は接種の本格化が見込まれる桜の季節までに決まることになりそうだ。