ハイラックスが好きだ」

text:Takahiro Kudo(工藤貴宏)editor:Taro Ueno(上野太朗)

「ハイラックスが好きだ」

とはいえ、トヨタ・ハイラックスに今どきのクルマとして特別「すごい」ことがあるかといえば、そうでもない……。

トヨタ・ハイラックス(8代目)    トヨタ

むしろ自動車メディア的に最新のクルマと比べたら、決してポジティブな結果にはならないだろう。そんなハイラックスがどうして筆者の心を刺激するのか……。その理由を考えてみよう。

ハイラックスとは、トヨタが展開しているピックアップトラックのことだ。ピックアップトラックとは一般的にはエンジンを車体前方に搭載してボンネットを備えるタイプのトラック。

かつては日本のあちこちで見かけたが、エンジンをフロントシートの下に積むキャブオーバートラックと比べて「全長に対して荷室長が短い」という荷物運搬車としては致命的なウィークポイントがあるので、商用車としては廃れてしまった。

そのためハイラックスは日本での販売台数が減少し、2004年7月に日本国内の販売をいったん終了している(その後も海外販売は継続)。

2017年に復活「今どきのハイラックス」

そんなハイラックスだが、2017年9月に、約13年もの「お休み」を経て日本で復活した。発売がはじまったのは、8代目となった新型(7代目は日本販売なし)だ。

実は、この販売休止からの復活という流れが、日本におけるハイラックスの立ち位置を大きく変えた。

トヨタ・ハイラックス(8代目)    トヨタ

従来のハイラックスはあくまで質素な商用モデルが中心で、プロユース色の濃いモデルだった。しかし復活したハイラックスは、日本において商用ニーズはメインと考えられていない。

ボディはダブルキャブ、駆動方式は4WDのみ。車高が高いスタイリングはクロスカントリー4WDのような無骨な雰囲気で、トヨタの公式ウェブサイトでも「SUV」にジャンル分けされているほどだ。価格もベーシックタイプで約350万円スタートだから、上級SUV水準である。

実車に触れると、ちょっと驚く。時間の流れを感じるからだ。インパネには立派な加飾が備わってチープさがないし、メーターだって透過照明式で上質。衝突被害軽減ブレーキだって備わる。

日本仕様は上級グレードを中心とした構成とはいえ、時間の流れはハイラックスをかつての質素なトラックではなく、普通に「乗用車」として乗ることができる水準に仕立てたのだ。

過去のハイラックスから比べると「ハイラックスってこんなに乗用車ライクなクルマだっけ?」と思うけれど、これが今どきのハイラックスである。

変わらない乗り味がそこに

運転してみると、あらためて驚く。「懐かしい」というか「変わっていない」のだ。インテリアとは裏腹に。

もちろん古いハイラックスに比べると乗り心地も静粛性も進化しているけれど、今どきの乗用車とは比較にならないくらい古典的な乗り味が受け継がれている。

トヨタ・ハイラックス(6代目)    トヨタ

しかし、ここで声を大にして言いたいのは「それがいいのだ」ということ。どことなく心が落ち着く感覚がそこにある。

昨今はモーター駆動のクルマがもてはやされていて、たしかにそのスムーズでシャープな加速感は心地いいけれど、そこから純ガソリン車に乗り換えると「こういうのが落ち着くよね」という気持ちになることはないだろうか。

妙に懐かしい乗り味のハイラックスに乗ると、そんな地に足がついたような感覚を覚えるのだ。それは「やっぱり田舎はいいなあ」みたいなノスタルジックな感覚かもしれない。時代に流されない強い信念のようなもの……と言えばやや言い過ぎかもしれないけれど。

ハイラックスの強さと自由

とはいえ、単なる「懐かしい乗り味のクルマ」だけで片付けられないのは、ハイラックスには「強さ」というバックボーンがあるからだろう。具体的には悪路走破性へのこだわりである。

車体の骨格は強靭なラダー・フレーム。4WDシステムは、古典的な副変速機付きのパートタイム式。はっきり言って古臭いし、いまどきのSUVと比べてしまえば洗練されているとは言い難い。

トヨタ・ハイラックス(初代)    トヨタ

でも、それが悪路走破性とハイラックスのキャラクターを引き上げていることは疑いようがなく、骨太な「ヨンク」が減った今だからこそ魅力的に見えてくる。

もしかするとそれは、MT信仰と同じ心理かもしれない。クルマが便利で快適になればなるほど、どんどん自動化されて運転が楽になる。そんな状況だからこそ、ハイラックスに組み込まれるあえての古典的メカニズムにMTと同じクルマとの一体感を得る喜びを感じるのではないだろうか(日本向けハイラックスはMTがなくATだけど)。

さらに声を大にして言いたいのが、ハイラックスには自由があること。2つの自由だ。

1つは移動の自由。ハイラックスには極悪路に足を踏み入れることができる「ランドクルーザー」のような高い悪路走破性があり、それはたとえ悪路を走る機会なんてなくたって所有するだけで冒険心をくすぐる。移動の自由は本能を刺激するのだ。

もう1つはヒエラルキーから解放される自由。いま、日本で正規販売されているピックアップトラックはハイラックスのみである。すなわちライバルがいない唯一無二の存在なのだ。だから上下関係など存在せず、ヒエラルキーに縛られることがない。孤高の存在なのである。

筆者がハイラックスに惹かれる理由……それはロマンなのだろう。

道具感あふれる強靭なメカニズム、高い悪路走破性、そして、懐かしさを感じつつクルマを運転している実感にどっぷりと浸れる乗り味。そのうえ移動の自由が得られ、ヒエラルキーという閉ざされた感覚からも解放。すべてがロマンなのだ。

そしてハイラックスとは「こうでなきゃいけない」という常識から解き放し、自由への扉を開けてくれるツールではないだろうか。

アメリカではピックアップトラックはたくましさの象徴?

ところで、アメリカ(米国)ではどんなクルマが売れているかご存じだろうか。

2019年の新車販売データを見ると、一般的な乗用車の1位はトヨタRAV4で44万8068台。しかしこれは総合ランキングでは4位に過ぎない。3位はシボレー・シルバラード、2位はラム・ピックアップ、そして1位はフォードFシリーズ。そう、どれもピックアップトラックなのだ。

フォードF-150ラプター

その販売台数は3位のシルバラードでもRAV4を12万台以上も上回る27万639台。2位のラム・ピックアップになれば63万3694台。そして1位のFシリーズはRAV4の2倍となる89万6526台なのだから日本の感覚からするとただただ驚くしかない。

アメリカは、新車販売ランキングのトップ3をピックアップトラックが占拠するピックアップトラック大国なのである。ハイラックスとはサイズが違うとはいえ、アメリカ人もまた、ピックアップトラックが大好きなのだ。

北米でピックアップトラックを所有するのは多くが男性で、その理由は「フロンティア・スピリットを感じさせるたくましさの象徴だから」らしい。

それは筆者がハイラックスに惹かれる理由とは違うけれど、セダンやミニバンやSUVでは味わえない魅力があるという部分では共通しているのではないだろうか。