【識者コラム】オサスナ戦で決めた“出来すぎていた”オマージュ弾

 SNSで上げられていたその動画を見た時は、感動以上に背筋が寒くなるような感覚があった。

 リーガ・エスパニョーラ第11節、バルセロナ対オサスナ(4-0)の試合で生まれたリオネル・メッシのゴールである。

 ニューウェルズ・オールドボーイズ時代のディエゴ・マラドーナのゴールとそっくりなのだ。二つのゴールシーンを見比べるとほぼ同じ。右からカットインして左足で右上へシュートを叩き込んだ後、メッシはユニフォームを脱いでイエローカードを貰っている。バルサのジャージの下に着ていたのは、マラドーナが在籍していた時のニューウェルズの背番号10だった。

 ただ、その動画を見て不思議に思っていたのだが、マラドーナのゴールシーンで背番号10が左右逆になっている。実は、ニューウェルズでのマラドーナの得点は左からカットインして右足で決めたもので、メッシとは左右が逆だったのだ。動画ではその向きを逆にして、メッシのゴールシーンに合わせていた。だから10番が鏡に映したように逆になっていたわけだ。

 マラドーナはニューウェルズでは、公式戦5試合しかプレーしていない。得点はエメレクとの親善試合でのもので、ニューウェルズではこの1点しか決めていない。メッシが着ていたニューウェルズのユニフォームはまさにこの試合のマラドーナが着ていたのと同じで、胸スポンサーも同じ。左右の違いはあれどもゴールまでの過程はそっくりで、ユニフォームまで同じというのはあまりにも出来すぎていた。

 ニューウェルズは、メッシが子供時代にプレーしていたこともある地元の名門クラブ。マラドーナ在籍時のユニフォームを着ていたのは、偶然ではないはずだ。

 ちょっと恐いと感じたのは、カットインした瞬間にメッシはおそらくマラドーナのゴールをなぞろうとしていたのではないか、ということだ。

 メッシは前半にも、マラドーナの「神の手ゴール」をやりかけている。ゴール前に浮き上がったボールにジャンプして手を伸ばしたが、そのままゴールに入る軌道でもあり、メッシはボールに触れていない。ただ、ボールを手で触ろうとしたポーズがマラドーナと少し似ていた。

瞬間的に「いける」と思ってそのとおりに決めてしまうのは少し恐いくらい

 2016年、メッシはヨハン・クライフのPKを再現してみせている。肺がんであることを発表し、闘病生活にあったクライフへのエールだった。

 メッシはPKをシュートせずに軽く横へ流し、走りこんで来たルイス・スアレスが決めている。クライフがこのPKをやったのは1982年、キャリアの晩年にアヤックスでプレーしていた頃だ。クライフはPKをイェスペア・オルセンにパスした。オルセンのリターンをクライフ自身が決めているので、メッシのPKは完全なコピーではないのだが、病床のクライフはとても喜んでいたそうだ。

 今回もマラドーナのものとは左右逆なので“完コピ”ではないけれども、やはり天国のマラドーナは喜んでいることだろう。

 それにしてもPKなら機会さえあれば真似できないこともないが、流れの中で似たようなゴールを決めるのは、運と圧倒的な実力がなければできることではない。カットインからのシュートはメッシの十八番ではあるが、瞬間的に「いける」と思ってそのとおりに決めてしまうのは、凄いを通り越して少し恐いくらいだった。

 ヨハン・クライフとディエゴ・マラドーナ。タイプはまるで違うが、ともに近代を代表するスーパースターだった。2人とも、メッシとともに生き続けているように思えた。(西部謙司 / Kenji Nishibe)