2019年に話題になった「老後2000万円必要問題」。青山学院大学大学院の榊原正幸教授(会計学)は「金融庁の報告書をよく読むと、2000万円はかなり甘い金額であることがわかります」と指摘。さまざまな説を検証して導き出した、本当に必要な老後資金額の最終結論とは--。

*本稿は、榊原正幸『現役大学教授が教える「お金の増やし方」の教科書』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■「老後2000万円」について触れているのはごくわずか?

2019年の6月あたりから、いわゆる「老後2000万円必要問題」が世間を騒がせたことは、記憶に新しいところです。

この「老後2000万円問題」は、2019年6月3日に公表された報告書(正式なタイトルは、「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書 『高齢社会における資産形成・管理』」。以下、「報告書」と記す)の中にある記述が発端でした。

「え!? 老後に2000万円も必要なの!? そんなの聞いてないよ〜! どうするんだ〜」というのが、世間の多くの反応のようでした。

正式タイトルからもわかるように、この報告書はもともと「資産形成とその管理」の話であり、その内容は多岐にわたります。しかも、騒ぎになった「老後2000万円問題」については、この報告書の「1.現状整理」の「(3)金融資産の保有状況」にチラッと書かれているだけなのです。

その原文を引用します。

「(2)で述べた収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1300万円、30年で約2000万円の取崩しが必要になる」

ここにある(2)とは、「(2)収入・支出の状況」のことで、具体的には【高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)】の「実収入」と「実支出」が示されていて、「実収入」が20万9198円で、「実支出」が26万3718円となっており、「平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている」と述べられています。つまり、

約21万円−約26万円=マイナス約5.4万円
約5.4万円×12(カ月)×30(年)=約2000万円

ということです。「老後2000万円問題」とはつまり、単なる算数の問題なのですが、この一文が独り歩きして、世間を騒がせ、政府を揺らがせることにもなったのです。

■「報告書」が本当にいいたかったこととは?

この報告書全体としてのメッセージはむしろ、足りない分の収入をどのように確保するかに置かれています。具体的には、

1 就労継続の模索=長く働いて収入を増やす
2 自らの支出の再点検・削減=支出を減らす
3 保有する資産を活用した資産形成・運用=資産運用で収入を増やす

といった「自助」の充実をしましょう、ということを述べています。

私がかねてから思っていた「資産運用を抜きにしては人生100年時代を生き抜くことはできない」ということを、この「報告書」はまさに代弁してくれています。しかしマスコミはこの部分を無視し、「2000万円」という数字だけをセンセーショナルに報じたのです。

「報告書」の原典を通読してみてわかったのですが、この「報告書」は、多くの識者の知恵を結集して、かなり誠実に書かれたものです。原典はホームページにて全文が掲載されていますので、皆さんにも是非一度、お読みいただくことをオススメします。

■「老後2000万円問題」についての私見

さてここで、「老後2000万円問題」について、私なりの考えを少し披露させていただきたいと思います。

私は、いわゆる御用学者ではないので、この問題に対して火消し役的な意見を述べるつもりはありませんし、また、火に油を注ぐつもりもないです。ただ、この問題も、やはり「本質」をとらえなければならないと思うのです。

「老後に1300万円〜2000万円が必要だ」とした「報告書」はあくまでも、現在における「老後の収入」の「平均値(約21万円)」と「老後の支出」の「平均値(約26万円)」から「収支差額」を示したに過ぎないのです。

それが月額およそ5万円のマイナスで、30年で計算するとおよそ2000万円になると述べているだけなのです。このことは前にも述べました。

そして、このことが示しているのは、本質的には「現在のところ、平均的な日本人は、老後に毎月およそ5万円の貯金を取り崩しながら生活することができている」という事実です。「報告書」はそのことを示したに過ぎないのです。

「現在のところ、平均的な日本人は、平均的にいって、月額およそ5万円のマイナスに耐えられていますよ」ということですね。

各世帯の貯蓄総額は2000万円とは限らず、もっと多いかもしれないし、少ないかもしれないのです。ただ、「毎月5万円の貯金を取り崩しながら生活している」という実態を浮き彫りにしたというだけなのです。

そして、もし毎月の収入額が将来的に下がるのではないかという不安があるのであれば、それを見越して多めに貯金をしましょうねという、「当たり前のこと」を確認できたというだけのことなのです。

この「報告書」から読み取れることは、本質的には、こういった「当たり前のこと」だけです。大騒ぎするようなことでしょうか。

■そもそも、こんなことは「何をいまさら」という話でしかないです

しかも、この「老後に、いくら貯蓄が必要か?」という議論は、マネー雑誌や週刊誌等でさんざん取り上げられてきています。私もその多くに目を通してきていますが、最小は「ゼロでいい」という説もありますし、最大では「1億円は必要!」という扇動的なものも目にします(なお、この「1億円必要」という説は、支出総額だけを取り上げていて、年金収入や労働収入を無視した不適切なものです)。

榊原正幸『現役大学教授が教える「お金の増やし方」の教科書』(PHP研究所)

これらの「0円〜1億円」という大きな幅のある諸説を私なりに吟味して総括した結果、私は結論的に「60歳時に、ローンを返済済みの家と、夫婦で金融資産3000万円を持っていて、65歳まで働いて、65歳時から毎月20万円くらいの年金収入があれば概ね大丈夫」といったところが終着点だと考えています。

こういった私の肌感覚からすれば、今回の報告書が「夫が65歳時に、2000万円」としているのは、だいぶお手柔らかなほうだと思います。「ローンを返済済みの家」については触れていませんし。

「報告書」でも「1.現状整理」の「(3)金融資産の保有状況」で、「支出については、特別な支出(例えば老人ホームなどの介護費用や住宅リフォーム費用など)を含んでいないことに留意が必要である」と述べています。ほら、やっぱり2000万円では足りないじゃないですか。余裕を見て、少なくとも3000万円は必要ですね。

それに、「ローンを返済済みの家」も必要です。「報告書」に記載された「実支出」の中には「住居費」は月額で1万3656円しか計上されていないのです。これでは家賃支払いにはほど遠い金額であり、修繕積立とか固定資産税分くらいにしかなりません。

また、老人ホームやサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に移り住む場合は、その費用は「ローンを返済済みの家」を売却することで調達できそうです。

■国民の不安を箇条書きに

ではここで、国民の不安を箇条書きにしてみましょう。

1 2000万円もない!(悲鳴)
2 2000万円なかったら、どうすればいいんだ⁉ (悲鳴)
3 年金収入が月額約21万円も受け取れそうにないんだけど、どうすればいいんだ⁉ (悲鳴)
4 年金収入が月額約21万円から下がるんじゃないか(不安)
5 持ち家がなく、ずっと家賃がかかり続けるから、毎月の支出が26万円ではすまない!(悲鳴)

だいたい、こういったところでしょう。これらについて、単刀直入に答えます。

1 2000万円もない!(悲鳴)
2 2000万円なかったら、どうすればいいんだ⁉ (悲鳴)

やはり、2000万円、いや、「3000万円とローンのない家」を持っておくしかありません(冷たいようですが、それしかありません)。

3 年金収入が月額約21万円も受け取れそうにないんだけど、どうすればいいんだ⁉ (悲鳴)
4 年金収入が月額約21万円から下がるんじゃないか(不安)
5 持ち家がなく、ずっと家賃がかかり続けるから、毎月の支出が26万円ではすまない!(悲鳴)

その分を見越して、しっかり蓄財しておくしかありません。そう考えると、2000万円では足りなくて、やはり3000万円(またはそれ以上)必要である可能性が高いです。

写真=iStock.com/marchmeena29
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marchmeena29

このように、これらの悲鳴や不安に対する答えはシンプルです。

「その分、しっかり資産を形成しておくか、支出を抑えて質素に暮らすか」です。それしかないのです。

悲鳴を上げたり不安に思ったりしていても事態は改善しません。ひたすら貯蓄に励み、それだけでは足りないでしょうから、資産運用の力を借りて増やしていくことしかないのです。

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榊原 正幸(さかきばら・まさゆき)
青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授 会計学博士
学生時代から株式投資を始めるも、知識不足のため大きな損失を出す。その反省から、自身の研究内容を踏まえた科学的な投資法を追求し、継続的に大きな成果を上げるようになる。ビジネススクールで教鞭を取るかたわら、ファイナンシャル教育の普及活動を続けている。シリーズ10万部突破の『株式投資「必勝ゼミ」』(PHP研究所)の他、『現役大学教授が実践している堅実で科学的な株式投資法』(PHP研究所)、『会計の得する知識と株式投資の必勝法』(税務経理協会)など、著書多数。
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(青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授 会計学博士 榊原 正幸)